第14話 追憶 聖女と勇者、そして英雄の邂逅
邪神とその眷属との戦い。
それは平和ボケした日本という国で生きてきた私にとって恐ろしくて堪らないものだった。
後方支援に適した回復能力を持っていたからこれまでは最前戦に行くことはなかったが、段々と戦況が悪くなってきている。
このままではいずれは私も鍛錬のための戦いではなく本当の殺し合いの場に出なければならない時が来るだろう。
そう覚悟していたからある時から突如として覚醒したかのように戦果を挙げて勇者と呼ばれるようになった邪神とその眷属に特攻の能力を与えられた青年のパーティの一員として彼を補助することになっても受け入れた。
現状で唯一と言っても良い邪神に対抗できる彼が死ねば戦況は完全に決してしまう恐れがある。
だからこそ彼が死なないように私の癒しの力でサポートするというのは理に叶った話だから。
そんな勇者に私は呼び出されていた。
誰にも知られないように一人である場所に来るようにと。
(一体何の用なのよ。こんな真夜中に人を呼び出して)
まさかとは思うが私のことをどうにかしようとしているのではないかという疑念が消せない。
聖女として振る舞うことでこれまではそういう面倒は避けてこられたが勇者というこちらの人類の唯一の希望相手では分が悪いかもしれない。
「待っていたよ」
「……こんな夜更けに、しかも一人で来させるような大切な用事とは何なのでしょうか?」
警戒心を隠さずに目の前の勇者に聖女のふるまいを忘れずそう問いかける。
だが彼の返答は要領を得ないものだった。
「気持ちは分かるがそう警戒しないでほしい。会わせたい人がいるだけなんだ」
「会わせたい人? ……貴族や王族なら御断りさせていただきます。私は聖女として教会の方針に従うと決めていますから」
最初は強い回復の力を持っていたせいで治癒魔法が盛んな教会に送られたことを災難だと思っていたが、今にして思えばこれ以上ない幸運だった。
聖女としての私の身は教会によって大切に保護されているからこそ迂闊に貴族なども手が出せないからだ。
その為には教会の権威を高めるために聖女らしく振舞うくらいはしてみせよう。
それが自分の身を守ることに繋がるのだから。
だが勇者は私の返答に首を横に振った。
「会わせたい人物は貴族でも王族でもない。僕や君と同じ立場の人間さ」
同じ立場ということは彼のパーティメンバーだろうか。
いや、それならこんな真夜中に人気のないところに呼び出す必要はない。
ただの顔合わせならこんな迂遠な方法を取らずに済むはずだ。
「その人物と会うのにどうしてこんな方法を取るのでしょうか? 何か後ろめたいことがある人物なのですか?」
チート能力を与えられた中にはその力に溺れて異世界の明暗など知ったことかとばかりに犯罪に走る者も中には存在していた。
そういった人物でもなければこんな人気を避ける必要があるとは思えない。
「そうではないよ。そうだな、君は疑問に思ったことはなかったかい? それまでそこまで注目されていなかった僕が急に覚醒したかのように邪神とその眷属と戦えるようになったことが」
「どういう意味でしょうか? 私には分かりかねます」
思ったことがあるが迂闊にそれを気取られないように返答する。
だがその態度は次の言葉で崩された。
「僕が勇者として活動できるようになったのはある人物の協力を得たからなんだ。それが君にこれから会ってもらう人物でもある」
「……まさかその人は他人の能力を強化することが出来るとでも言うのですか?」
だからこれまで大した活躍もしていなかった彼がここまでの目覚ましい戦果を挙げるようになったとすれば状況は大きく変わる。
この劣勢も覆せるかもしれない。
「いや、そうではない。けどまあ似たようなものかな。少なくとも君も僕と同じくらいに恩恵を得られると思う」
甘い話には裏があるはず。
だけどこの話が本当なら私が生き残る可能性がグッと高まるかもしれない。
私は死にたくない。
もう二度と飛行機が墜落していく最中に感じた自分が死んでいくあの時の感覚を味わうなんて絶対に御免だ。
幸いなことに治癒の力があればどんな重傷を負っても即死でない限りは死なないが、だからと言って不死という訳では決してない。
治療するには魔力を消費するからそれがなくなれば私は何の力もない無力な女に成り下がる。
迷いに迷った末にその人物に会うこと了承した。
これで騙されていたら甘い話に誘われた自分の愚かさを恨むとしよう。
そうして案内されたのは街外れの廃墟だった。
だが案内された部屋に入ってもそこには他に誰もいない。
「……ここには誰もいないようですが。まさか勇者ともあろう方が騙したのですか?」
「とんでもない。ただその前に確認しておきたいことがあるんだ」
そう言って勇者は出口を塞ぐように立ちながらこちらに質問を投げかけてきた。
「ここから先のことを知ったら後戻りはできない。どんなに後悔しても僕と共に邪神討伐の日まで戦い続けることになるだろう。その覚悟が君にあるのか、僕はそれが知りたい」
今更そんなことを聞くなんて私のことを舐めているのだろうか。
そんなものは勇者とパーティを組まされると聞かされた時に決めている。
「そうですね、まず私は死にたくありません」
「だとすれば戦うことから逃げたいと思うのが自然じゃないかい?」
「そうしても先はないのは目に見えています。私達が生き残るために勝つしかない。だったら生き残るために戦うしかないではありませんか」
覚悟を問う? その言葉は私を侮辱しているに等しい。
死にたくないからこそ私は死なないために必死だったしこれからも全力を尽くす。
これだけの治癒の力をコントロールするのに一体どれほど血の滲むような訓練を積んできたことか。
やりたくもない聖女として振る舞いも完璧にして教会の象徴という名の見世物となっているのも生き残るために必要だったからだ。
「私は私が死なないために最後まで全力で抗います。あなたなんかに覚悟を問われるまでもなく。今更そんな分かり切ったことを聞いて来ないでください。不愉快です」
「ははは、いや全くその通りだな」
背後から勇者の者ではない声が急に投げかけられて慌てて振り返る。
そこには見知らぬ男性と少年が立っていた。
先ほどまで確かに誰も存在していなかったはずなのに。
「あ、あなたは誰ですか? と言うか一体どこに隠れていたのですか?」
「えっと一つずつ説明していくけど、まずこっちの少年は勇者パーティの一員だ。諜報や偵察が得意なのは今みたいに姿を完全に隠せることからも分かるだろう?」
「……どうも」
少年の方はそれで会話は終了とでも言わんばかりに一言だけ告げるとそっぽを向く。
ただその顔には見覚えが確かにあった。
前に勇者と共に戦場に向かうのを見た気がする。
だが男の方は全く見覚えがない。
少なくとも教会が注目している異世界人のリストの中にもいなかったはずだ。
この見知らぬ異世界人こそ勇者が私に秘密裏に会わせたかった人物なのだろうか。
「あまり時間もないから単刀直入に言おう。俺が神から与えられたのは莫大な魔力、ということになっている。だがあくまで魔力しか与えられていないから魔法など魔力を必要とする技能が碌に扱えない。要するに宝の持ち腐れだと思われているって訳だ。まあ比較的使えない括りの異世界人ってことだな」
異世界人として各個人に与えられた能力は本当に様々だ。
その中には戦闘に向かないものもあれば強いからこそ扱いが難しいものもある。
また彼の言うように可能性は秘めていても現状では活用できそうもない力も存在していた。
「でもそのおかげで俺は誰の注目を浴びずに済んでいる。もう一つの能力が知られていないからな」
「そのもう一つの能力とは一体何なのですか?」
いい加減に焦れてきた私の言葉に彼はあっさりとその答えを提示してきた。
「魔力譲渡、それが少し前に見つかった俺のもう一つの能力だ」
「魔力、譲渡?」
それが指し示すことはつまり、
「そう、勇者がどうして最近になってその本領を発揮できるようになったのか。それは俺が必要な魔力を提供したからだ」
「僕の能力は非常に強力な反面、途轍もない魔力を必要とする。はっきり言って燃費の悪さは最悪な部類と言っていいくらいに。そのせいでこれまではまともに一戦するのも難しかったがそのデメリットを彼の能力が解決してくれたんだ」
その能力があれば私の治癒の力も使いたい放題ではないか。
だとしたら私は即死以外では死なないで済むことになる。
そのことが分かると同時に彼の重要性と危険性も理解した。
この世界では、魔法などの特別な力や魔道具や結界などの需要な物を動かすために、魔力を必要とする。
いわば全てのエネルギーの源が魔力なのだ。
その全ての元となるエネルギーを他人や物に与えられる、しかも神から与えられたという莫大な魔力量を誇る人物。
どの陣営だろうと彼がいることで解決する問題は数えきれないだろう。
「最悪は彼の取り合いで人類同士の争いすら起きかねない。そうじゃなくても邪神側に知られれば間違いなく狙われるだろう。彼が死ねば勇者である僕も実質的に無力化できるのだからね」
だからこそ絶対に隠し通さねばならない。勇者はそう言った。
「ああ、安心してくれ。俺の魔力譲渡は一度登録した対象にならどんなに距離が離れていようと関係なく一瞬で効果を及ぼすことが出来る。つまり俺が見つかりさえしなければ聖女様の癒しの力は無限に使える。つまり聖女もその支援を受ける勇者もそう簡単に死ななくなるって寸法だ」
これは後々判明することだがその彼の言葉は厳密には正確ではなかった。
彼の支援で常に癒しの力を発動できるようになった私は、そのおかげで自らの能力の熟練度が増すことになったからだ。
その結果、簡単に死なないどころか首を半分以上も切り裂かれてもその傷を一瞬で回復することができるくらいに私の癒しの力は高まることとなった。
「それじゃあ最強の聖女になるために俺と契約しようか」
冗談めかした口調で彼は私に手を伸ばして握手を求めてきた。
その手を取ったことで私は救われた。いや、救われたのは私だけではない。
勇者パーティも、それ以外の事情を知る数少ない協力者も彼が居なければ死んでいたことは幾度としてあったからだ。
それだけでなく彼のおかげで魔力の枯渇を気にすることなく戦い続けられたことで私達は想像以上の速さで強くなれた。
直接的に邪神を倒したのは私達かもしれないが、彼の貢献度は決して私達に劣るものではない。
それなのに彼は自らの存在を徹底的に隠し続けた。
役立たずと侮蔑されることがあっても人類の勝利のために自らの掴めたはずの栄光を全て手放したのだ。
生きて元の世界に帰る。彼が絶対に成し遂げると掲げたその目的のために。
だからこそ知られざる英雄と、勇者と対をなす決して表舞台に出ることはなかった邪神討伐の功労者として、事情を知る者は彼を感謝と尊敬の念を込めてそう称賛するのだった。
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