第8話 厄介極まりない死んだ者の扱い
聞いていた特徴のある建物付近まで来た時に気付いた。
血の跡がその入口へ転々と続いていることからも既にオークが中に入っていることに。
となれば一刻の猶予もない。
俺は前もって目星をつけていたスキルを即決で購入。すぐにそれを使用した。
その名は超聴覚レベルⅠと魔闘気レベルⅠだ。
前者はどこに由里がいるのかすぐに判別するため。
後者は異世界での俺の隠し技の一つを使用できるようにするため。
どちらも5000Pと決して安くない買い物だが家族の命には代えられない。
一瞬で強化された聴覚が助けを求める由里の声を正確に拾い上げる。
そして魔闘気によって強化された肉体ですぐにその地点へと跳ぶ。
制御を失ったことにより猛スピードで壁に突っ込んでいくバイクが大破するよりも速く、俺はその場所へと辿り着いた。
そして窓をぶち破って部屋の中に飛び込んでみれば、目の前で今にもオークに殺されそうになっている由里ではない女性を視認してその間に急いで割って入る。
そうなれば当然のことながら振り下ろされた拳が割って入った俺に対して向かうことになる。
そして不運なことに顔面でそれを受け止めることになった。
これまで散々人間の肉体を潰してきたであろうその拳の一撃をまともに受けたのだ。
普通ならクビの骨が折れて物言わぬ死体になっていることだろう。
だが生憎と俺は普通ではなかった。
「お前、誰の妹に手を出そうとしてやがる」
殴られた俺は傷一つなくピンピンしているのに対して、オークの方は逆にその殴った拳や腕が無事では済まなかった。
まるで人間が全力で鋼鉄の塊を殴ってしまったかのように筋どころか骨も砕けていることだろう。
もっともその怪我の程度などさしたる問題ではない。
何故ならこいつの運命は既に決まっているからだ。
決して逃れようのない死という名の結末が。
「くたばれ、クソ豚が」
武器を使って消耗するのは避けたかったので、そのままお返しとばかりに拳を無造作に奴の顔面に叩きつける。
その結果、首の骨が折れたオークはそのまま力を失って地面に倒れて行き、その胴体が地面に着く前に光の粒子となって消えて行った。
(魔闘気のおかげでダメージは皆無か)
魔闘気のスキルも異世界のものと多少仕様が変わっているようだ。
あちらでは消費した魔力に応じて身体を強化するオーラを纏うようなスキルだったので、莫大な魔力があった俺はそれと組み合わせることで一時的にとんでもない強さを誇ることも可能だった。
もっともあちらでは魔力を込めれば込めるほど時間や効果が増大する代わりに反動も大きくなるというデメリットもあったが。
それは最後の決戦の時にボロボロとなった原因の一つでもある。
(こっちでは消費した魔力の数値分だけ全ステータスが上昇するのか。効果時間も消費した魔力×秒数となってるな)
クールタイムはスキル終了時から5分とそれほど長くないのもいい。
そしてなにより一番の変更点はデメリットがないことだろう。時間がかなり短くなった代わりに効果も上昇してデメリットもなくなっている感じだろうか。
(まあ検証とかは後回しだな。それよりも)
「由里、よく頑張ったな」
「お兄ちゃん!」
泣きながら抱き着いてくる由里を優しく受け止める。
震える身体からどれだけ怖かったのかが伝わってくるというものだ。
「由里のお友達? も危なかったけど無事でなによりだ」
「えっと、あんたが由里っちのお兄さんなんだよね?」
そう聞いてきたのはオークに殺されそうになっていた女性だった。
その外見を簡潔に言えば白ギャルだろうか。口調もその見た目通りな感じだし、まさにギャルという奴ではなかろうか。
「ああ、俺は真咲 譲。色々と聞きたいことはあるだろうけど、とりあえずよろしくな」
「……ウチの名前は桐谷小百合。気軽に小百合って呼んでくれていいよ。お兄さん」
そう言いながら小百合は何故か俺の腕を掴みながらそう言ってきた。
最初はどういうつもりか分からなかったが彼女も気丈に振る舞うその態度とは裏腹に震えていることで分かった。
「大丈夫。由里の友達ならちゃんと守ってやるさ」
「……うん、ありがと」
そう言ってポンと頭を軽く叩くように撫でてやる。
妹の友達くらい媚びを売らなくても助けてやるのが兄としての甲斐性というものだろう。
まあこの状況で縋れる相手が現れたら、そうしてでも自分の安全をどうにか確保したい気持ちも分からなくもないから責めるつもりはないが。
「さてと、感動の再会に浸っていたいところだけど他にもオークはいるはずだからな。のんびりはしていられないぞ」
他のメンバーとも自己紹介して状況を確認する。
男共は正確には由里の友人という訳ではなさそうだが友人である小百合の彼氏とその友達という無関係でもない間柄だしついでに助けてやるとしよう。
「いや、ウチはもうあんなのの彼女でもなんでもないんで助けないでもいいよ」
「お、おい! 急に何を言い出すんだよ!?」
「はあ? 人のこと見捨てただけでなく突き飛ばして殺そうとしておいて今更どんな言い訳するつもりなの。ウチはもうマジで顔を見たくないから」
このカップルが揉めているようなので由里に確認したら彼氏の冬島という奴が色々やらかした結果のようだ。
まあこんな未知の状況に陥ったら恐怖で思わずそういう行動を取ることも理解できなくもない。
だけどそれをやられた本人が許せないというのならそれもまた尊重するべきことだろう。
「まあ話は大体分かったけど、とりあえずこのメンバーを避難所まで送り届けることは確約しよう。ただし俺の指示に従えないというのなら勝手にどこかに行ってくれ」
そんな奴を助けるほど俺もお人よしではない。
最悪は由里さえどうにかできればそれでいいのだし。
幸いなことにオークを一撃で退治した俺の言葉に反論出来る奴はいないらしく一先ずはここにいる全員で行動することが決定した。
とそこで超聴覚が捉えていた足音の主がようやくこの場に辿り着いたようだ。
壊れた扉を潜るようにしてゆっくりと二人の人影が部屋の中に入ってくる。
その影の主はオークではない。
「お前ら、無事だったのか」
「おい、死にたくないのならそこで止まっておけ」
冬島がそう言って近づこうとするのを制止する。
どうやらこいつの知り合いだったのかもしれないが今の彼らは人間ではない。
「残念だがそいつらはもう死んでる」
顔が半分欠けていたり腹から臓物が飛び出たりしている状態で動く命無き亡者。
邪神によって死後の安息すら奪われたかつて人だった存在。
「グールか。こっちでも死んだ人間はアンデッド化するようになったのか」
ただしこのグールは死後そう時間が経っていないようだ。
異世界では死んだ後に何日もかけて邪神の邪気によって侵されることでアンデッド化したものだが、こういう点でも違いがあるらしい。
「お兄ちゃん、あれは一体どういうことなの?」
「簡潔に言うとあれはゾンビみたいなもので、死んだらああやってオークなどの魔物の仲間入りを果たすことになる」
そして一度アンデッドと化した者は生き返ることはない。
このグールと違ってどれほど精巧に作られて人のような知能を持って人のように振舞える個体だとしても、それはかつての当人では決してないのだ。
だから俺に出来ることは少しでも早くその邪神の呪縛から解放する、それだけだ。
「見たくない人は目を逸らしているんだ」
「え、でも、こいつらさっきまで一緒に居たのに……」
「じゃあお前がどうにかしてみるか? 出来るのならやってみてくれ」
冬島の反論など異世界で何度も聞いてきた。
ついこの前まで一緒に過ごしていた。大切な友だった。
そんなことは聞き飽きたと言っていい。
俺だってそう言っていられるのならずっとそうしていたかったものだ。
誰だって自分を庇って命を落とした末にアンデッドとなり果てたかつての友に止めを刺すなんて真似したくなかった。
アンデッドとなった者は美夜の神から与えられた癒しの力でもどうしようもなかったのだから。
「……悪い、少し言い過ぎだったな。でもああなったらもう元に戻ることはないんだ」
苦い思い出のせいで少し口調が強くなってしまったようだ。
問答を続けても仕方がないので俺は一歩前に出てインベントリから取り出した刀を軽く振るう。
生まれたてで力の弱いグールはそれだけで倒れて消えて行った。
その場に人間が持つことのない魔石を残して。
俺はオークの魔石と共にそれを拾う。
死人の魔石を活用するのかと言われるかもしれないが俺は必要があるのならそうするつもりだ。
その覚悟がなければ異世界で生き残ることは不可能だったろう。
(……とは言えこれは予想外だぞ)
オークの魔石はいい。
だがグールの魔石だと思っていた二つが想像とは全く違うものだったのだ。
かつて人間だったグールを倒して手に入れたその石の名称は
正確には鈴木太郎の御霊石と佐々木雄大の御霊石だ。
嫌な予感がしてそれをショップで売れないか確認してみたら売れるようだ。それもたった一つで10000Pという信じられない高額で。
その事実はこれから先に起こる騒動を予感させるのに十分過ぎるものだった。
保有ポイント184710P
内訳
超聴覚 -5000P
魔闘気 -5000P
オーク×1 300P
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