第8話 天羽佳愛(金融系企業勤務)

 天羽あもう佳愛かあいはそのできごとが外回りの途中でよかったと思った。

 宮永みやなが市の会社で契約書の説明をして、サインを交換しているところに着信があった。出るわけにはいかないのでそのままにしておくとメールが来た。

 契約書を交換して朝の仕事を終わり、取引先の会社から外に出て、スマートフォンを見る。

 メールも着信も万年まんねん建築設計事務所の本松もとまつさんという建築士からだった。新築中の自分たちの家を担当している。

 その土地が陥没かんぼつして重機がその穴に落ちたという。重機の運転手は無事だったが、ほこりが舞い上がってあたりはちょっとした騒ぎになっているという。

 それに、その重機が落ちた穴は人工物らしく、もしかすると古墳かも知れない、という話が付け加えてあった。

 ああ、とため息が出た。でもため息をついているばあいではない。

 宮永市から岡下おかしたまでは、いま乗っているバイクでならじゅっぷんぐらいだろうか。

 上司のグループ長にはその場で

「あの、うちの工事現場で何か事故が起こったらしいので、いちど、そこに寄ってから会社帰りますね」

と連絡した。

 岡下に家を新築中だという話はしてあったし、次の仕事は午後なので、グループ長は、会社のことは気にしないでまず様子を見てきなさいと言ってくれた。

 こういうところは、のんびりした、正社員の人数の少ない地方の支店に転勤になってよかったと思うのだけれど。

 お父さんが先に現場に着いてしまうとややこしいことになる。

 お父さんはもともとで乱暴なひとだったが、こともあろうにひめまつりの夜に暴言を吐いて村のなかで孤立して以来、ますます乱暴になった。ついにお母さんまで追い出してしまったくらいだ。

 今度のできごとでは、うちが買った土地で起こったことなんだから、うちが周りの人たちに頭を下げなければいけないのだろう。でもお父さんはそんなことはしそうにない。

 佳愛はバイクに乗ると、普段よりスピードを出して、岡下への道を走った。

 よく晴れた夏の一日、そんな目的ではなくただツーリングでこの道を走っているのならばどんなに気もちいいだろうと思いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る