第3話 再会【裏】

 キーンコーンカーンコーン


 島田壮太しまだそうたはお昼の時間が嫌いだ。なぜなら、クラスの女子や見た事もない女子が自分の周りに集まってきて「お弁当を一緒に食べよう」とか、「お弁当作ってきたから食べてくれる?」とか煩わしいからだ。中学に入り、サッカー部で目立つポジションにいるせいか、女子に注目されるようになった自覚はある。女子達は黙食のもの字も知らないとばかりに我先にと壮太に声をかけてくる。

 でも、壮太は思う。自分の本当の姿を知ったら、みんな態度が一変するのだろうなと。

 少し前までは、仲良くなった友達に自分の生い立ちを話してきた。

 本当の親がいなくて、児童養護施設の出身だと分かると、誰もがよそよそしい態度になるか、逆に変に気を遣うようになって、結局のところギクシャクして友情が破綻する。そこまでの友情だったと思えば腹も立たないが、少なからず精神的なダメージを受けるので、中学に入ってからは3年になった今でも生い立ちをカミングアウトしていない。

 小さい頃にひもじい思いを経験しているから、食べ物を粗末にしたくないし、女子達がくれるものを断ることは心苦しいが、今は自分にも弁当を持たせてくれる優しい養母がいるから、他の弁当は必要ない。

 壮太は面倒くさそうに、誰に向けるでもなくゆっくりとした口調で言った。


「あ――、そういえば、先生に呼ばれているんだったなぁ……」


 そのまま外に出て空を見上げると澄みきった清々しい青空が広がっている。壮太は両手を上にあげて大きく伸びた。


「――ビオトープに行こうかなぁ。美優はいるかな?」




 壮太が今の島田家に引き取られてから随分たって、中学生として普通の生活をしていたある日のこと、晴天の霹靂のごとく美優に再会した。


(――っ!!! もしかして、ホントに、美優なのか?)


 中学の1学年下で偶然にも美優を見つけたのだ。

 美優はつまらなそうに中庭のベンチに座って一人でお弁当を食べていた。

 少し大人になって綺麗になっているけど、桃色のふっくらほっぺは健在で直ぐに美優だと気が付いた。壮太は興奮して逸る気持ちを抑えられず、その足で下駄箱の名前を探しに行って、美優だと突き止めた。


(美優! 美優がいる。桐谷美優だ)


 それからの壮太は学校にいるときは常に周囲に注意を払い、美優が視界に入らないか気にするようになる。いつも気にかけていたから、美優が、中庭からビオトープにランチの場所を変更したことも、当然いち早くキャッチしていた。


「なんか、俺ってストーカーみたいだな……」


 自分の行動について自己嫌悪するも、美優を一目見たい一心で今日もビオトープに足を向けてしまう。そして、ビオトープに近づいた時、美優が誰かと言い争っている声が聞こえた。


「頭の中がお花畑なの!? 私は嫌だと言ったの。中西君のことは彼氏にできません。もっと言えば、あなたの事は、好きか嫌いかで言えば、嫌いです!!」


 壮太は校舎の陰からこっそりと様子を伺った。

 美優が告白されたもののバッサリと相手の男子を切り捨てたような感じだった。


(――くくっ、意外と美優は厳しいんだな)


 なんて忍び笑いをしていたら、壮太の目の前を男子2人組が走り去っていく。


(ん? 玉砕されて走り去ったか?)


 なんだか騒がしくなったビオトープを遠目で見ると、猫が池に投げ込まれるという大惨事になっており、美優が靴を脱いで救出に行く準備をしているではないか。


(大変だ!!)


 壮太は慌ててビオトープの傍まで来ると、後ろから美優の肩を掴んで止めた。


「俺に任せろ」


 壮太は急いで池に入り、猫を救出する。

 緊急事態に後先考えずに美優の前に突然姿を現した壮太。

 目を丸くして驚く美優を前にして、一方の壮太は格別の想いで目を細めた。

 差し出された苺柄のタオルに、宝物のような美しい記憶が、あのお花畑で過ごした楽しい日々が、彩り鮮やかにフラッシュバックされる。


「今でも苺が好きなんだね」


 自然と出た言葉であったが、美優には不審がられただろう。

 壮太は一目で美優が分かったが、もしかしたら美優は壮太を忘れているかもしれないのに、後先考えずに美優の前に飛び出してしまった。

 案の定、美優は、壮太の言動が唐突すぎて理解できないといった訝った目を向けたけど、直ぐに焦点不在のような目つきに変わってぼんやりとしている。

 思い切ってもう一度「久しぶり、元気だった?」と、声をかけた。


 声に反応して、再び壮太に目を向ける美優。

 美優に見つめられると(いや、訝った目を向けられているだけだが)、アドレナリンが身体中を駆け巡り、まるで細胞の一つ一つが沸き立つような興奮を覚える。


「美優に迷惑になると思ってずっと話しかけられずにいたけど、もう限界なんだ」


「私は先輩と面識がないと思いますけど……なんで、名前を」


(やはり美優は、俺を忘れているのか……、でも、これを見せたら思い出すかもしれない)


 壮太は無言でズボンのポケットからスマホを取り出すと、そっと美優に差し出した。

 昔、美優にもらった苺の飾りがついたヘアゴム。子供時代に伸ばしっぱなしだった髪の毛を邪魔だと言って美優が結んでくれたものだ。ゴムが擦り切れるまで使って、ゴムが駄目になった後は苺の飾りをストラップにしてスマホに付けた。


 美優は苺の飾りを見た途端、戸惑いと驚愕の色をのせた目で壮太の顔を穴が開くほどじっくりと長く見つめた。その後、何かを悟った様子で、かすかに唇を震わせると、それを必死で抑えるように口に手を当てながら地面に崩れ落ちた。

 美優はポロポロ涙をこぼし始め、声にならない声で何度も壮太に謝罪した。


「ごめん、やっぱり美優を困らせちゃったね」



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