(68) 追憶-5

巨樹の下で、魔女が言った。



「あたし達に残されたこの世界は疾患を抱えていて、魔女の心に深刻な影響をもたらす」



向かいで正座している私は、魔女、ホワイトサングリアの話を黙って聞きながら、彼女の語る言葉にその耳を傾ける。



「汚染が進行する地域では、身体的苦痛、身体像の変化など、魔女はこれまでに経験した事のない危機的な辛労に次々とさらされる。あたし達は様々な不安要素を抱えながら生活をしているが、危機的状況の中においても模索しながら前に進んでいかなければならない。────魔女達の揺れ動く感情や思いを受け止めて、健康の回復に資する行動を援助する事は、原初の魔女である、あたし達の役割と言えるだろう」



彼女は辛い思い出をもう吹っ切れたかのように、淡々と語っていく。



「あたし達は何らかの能力、才能、そして賜物を授かっている。まあ欠けているものをどうにかして補うというのも間違いではないが、持って与えられたものをいかに活かしていけるのかが、あたしは重要だと思っているよ。────そして残された世界で生きていくためには、強さが必要な時がある」



魔女、ホワイトサングリアは右手を差し出しながら祈りを込めると、掌の上には絵札を模した象徴が宿っていく。それは回転しながら宙を漂い続けており、雲から伸びた右手が確かな意思を握り締めている。



「魔女達が用いる軟膏は、自在に姿を変化させる事を可能とする。犬や、猫、鳥といった動物達から、人から最も忌避される狼といった様に、それは様々な姿形で現れる事だろう。────────環境がそうさせたんだろうが、お前はもう自分のスタイルを確立させてしまっている。それは決して悪い事ではないが、あたし達魔女は、余りにも神秘的で、超自然的な力を有しているのさ」



私は正座しながら首を傾げるが、魔女は説明を続けていく。



「何かになろうとすればする程、嫌でも思い知らされる。結局のところ、自分は自分でしかない。────けれど誰かに強く憧れて、自分もそのようになりたいと、成功してきた者がいる。そして憧れと、本当の自分がなりたい姿は決して同じものではない。自分は自分の中に既にある。後はあたし達が持ってるものに気付いてやって、それを最大限に活かしてやるだけだよ」



そして魔女、ホワイトサングリアは鮮やかな唇でにっこりと笑った。




────憧れは、凄い力を秘めている。


憧れるという事は、きっと好きという事だ。


好きな事には、必ず憧れが付いてくる。



魔女、ホワイトサングリアは、


「────お前は一体、何になる」


そう言って付け足すように、くすりと笑った。



────だからきっと、私はこの魔女を好きになる。



*



憧れるということは、そうなりたいと願っている。

自分の願いは何かと考えると、好きな事と憧れが合致する。


憧れていく事で、具体的なイメージが頭の中で形作られていき、そしてそれは頭の中で完成に近付いて、私の姿形が変わっていく。



知らず知らずの無意識の感動が、物語の続きへと導いてくれている。



真っ白い髪は徐々に黄金色へとその色を染めていき、────その憧れへと動き始めた。


肩口まで切り揃えられた髪の毛は胸下まで伸びてゆき、健康的であった体付きはその身長を更に増して、しなやかで引き締まった体型を披露する。


薄茶色と赤紫色のブラウスが構成されていき、黄金の意匠が施された純白のローブに身を包んで、鍔の広い純白の三角帽子を添えていく。




そして今、花開く、────体験した事の無い"原初の魔女"という立場に置かれ、私の生きる世界が激変する。



魔女、ホワイトサングリアは続きが楽しみで仕方がないといった表情をしながら、


「さあ、────あたしの使い方を教えてやる」


嬉しさを頬で緩めて、何処までも曇りなく笑っていた。

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