(5) 森-5

必需品や生活用品を掛け鞄へと詰めながら、忘れ物が無いように旅の支度を済ませていく。


招待状を貰ってから一週間、旅への不安や緊張は決して消えることはなかったが、出発前夜はそれらを飛び越えて興奮冷めやらぬものだった。



私は全ての部屋を入念に確認したのち、思い残す事がない様に小屋の扉の施錠を済ませる。小屋の周りには挨拶を済ませていた"森"の動物達が、顔を覗かせて様子を伺い続けている。


私は背筋を伸ばして小屋の目の前に立ち、腰から上体を曲げながら丁寧に一礼し、旅立ちの言葉を"森"へと告げた。



「────行ってきます、お母さん」



*



一羽の渡り鳥が、空に吹き渡る風の中で羽を広げ流れてゆく。


渡り鳥へと姿を変えて"森"から飛び立った私は、"学園"へ繋がる山脈へと向かい北を目指す。


眼前の世界は、"森"しか知らない私にとって、驚きばかりが広がっていた。



かつて世界には人と呼ばれる生き物が暮らしており、脈々と続く営みによって多くの文明を築き上げて来たと、本で読んだことがある。

しかしながら人の深くに根差す、生まれながらにして持った本能は抑えられることはなく、文明の発展と共にただただ欲を満たし続けた。そしてその欲は長く満たされ続けることはなく、それは渇望とも言える限りないものだった。



そうして世界中のあらゆる資源を貪り尽くした人々は、やがて神の怒りに触れる事となり、大規模な天災によって文明は崩壊した。終に身を滅ぼす事を余儀なくされた人々は、自らを代償に知性を棄て去ることを選択し、────その最後の願いを魔女達へと託した。


後に"代理戦争"と呼ばれる神と魔女による争いの結果、繋ぎ合わされた世界は束の間の平穏を取り戻し、荒廃地は今も緩やかに再生を続けている。



*



降り出した雨を避けるため、私は一本の大樹を止まり木として羽を休めた。

平原を抜けた先に見える山脈は遥か遠いものであったが、今この瞬間も私にとってはかけがえのない体験であり、胸が躍る旅路だった。


数日間にわたって移動と休憩を繰り返し、距離を伸ばしながら今を重ねてゆく。

他の渡り鳥と時に行路を共にして、眼下に広がる平原には動物達が群れを成す。途中で見かけた廃墟や他の魔女達も、その旅の全てが私にとっての初めてだった。


世界を回りながら、今までの常識が剥がれてゆく。


この先には一体何があるのだろうか。



────今の私の疑問にも、きっと世界は応えてくれるのだろう。



*



標高約7,000mの山脈を超えた先、丘陵の谷間に建ち、木々とテラスに取り囲まれた壮麗な古城が姿を見せる。花壇や植木は幾何学模様に配置され、噴水の向こうには運河が伸びていく。"学園"の壮大な佇まいは秩序や調和を感じさせる程、余りの美しさだった。

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