海河童の爺さん

葛城マサカズ

第1話 佐々木の爺さん

 九州にS町と言う漁村がある。

 実家がこの町にある俺は正月と盆休みに帰る。

 これは盆休みに帰った時だった。

 「佐々木の爺ちゃん、亡くなったんか」

 親父から近所の住人の訃報を聞いた。

 佐々木の爺ちゃんとは、この町では近所と言うだけではなく、誰もが知る人だった。

 それは別名を河童の佐々木と渾名があるからだ。

 とにかく佐々木の爺さんはよく泳ぐ、特に潜るのが上手かった。

 何も身につけず、褌一丁で長く素潜りをする。

 だいたい十分間は潜っていられた。

 だから「河童の佐々木」なんて言われるようになる。

 この長い素潜りの特技を生かして、サザエを捕る漁師となって生活をしていた。

 そんな佐々木の爺さんが亡くなった。

 年は九十六歳だったと言う。まさに大往生かと思った。

 「佐々木の爺さん、どうも最近はボケたか変だった。<どうやらワシは壊れて来たようだ>と言ってな」

 身体の不調を壊れていると表現したのかもしれないと思えた。

 でも、身体の不調は本当だったようで、亡くなった原因は素潜りをして溺れてしまったからだった。

 「昔なんだけどね。素潜りが凄いから、テレビや雑誌の人が佐々木の爺さん所に来たんだよ」

 久しぶりに会う祖母が語る。

 長い素潜りの技を持つ佐々木の爺さん(当時は爺さんではないが)を取材しようとテレビ局や雑誌の出版社から記者が来たそうだ。

 佐々木の爺さんはどれも断っていたと言う。

 時には佐々木の爺さんの身体を調査したいと学者まで来た。

 その学者は熱心で、何度もS町へ来ては佐々木の爺さんへ頼み込んだと言う。

 しかし、佐々木の爺さんは断り続けた。

 「勿体ない。テレビに出ていたら有名人だし、学者に調べて貰ったらノーベル賞ものかもしれないのに」

 俺はそう言った。

 「そんなにひけらかすモンじゃねえからだ。佐々木は分かっている」

 祖父がどこか苛立つように言った。

 「祖父ちゃん、何か知っているんか?」

 俺は訊いてみた。でも祖父ちゃんは「知らん」と素っ気ない。

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