ノアお姉さんと〇〇

@EkitaiT

第1話 ノアお姉さんとヒーラー

戦場で冒険者たちの叫び声が響く。

ヒューラン、ララフェル、エレゼン、アウラ、ミコッテ、ヴィエラ、ルガディン、ロスガル……

様々な種族で構成された24人の冒険者たちは槍を携えた勇ましき女神と対峙し、己が得物で試練を乗り越えんと奮起していた。


『テトラパゴス!』

「あっ、しまっ…!!」


女神の振るう槍の鋭きこと。

攻撃範囲から逃げ遅れた冒険者たちがまとめて薙ぎ払われる。

その中には絶対に倒れてはならないパーティの要、ヒーラーも含まれていた。


「くっ! Cアライアンスが壊滅状態だ! 誰かサポートを…!」


Bアライアンスのメインタンクを務めるロスガルの暗黒騎士が周囲に叫ぶ。

しかし銀槍の女神は容赦なく二の槍、三の槍を振るう。

これに巻き込まれたAアライアンスもCアライアンス同様にほぼ壊滅状態となる。

そして四の槍。

AとCのアライアンス壊滅に動揺したBアライアンスもまた半壊状態に追い込まれた。

DPSが3人、そしてサブタンクのナイトの4人が力尽き、戦況は絶望的となる。


「ど、どうしよう…! 回復!? 蘇生!? どこから!? 誰から…!?」


Bアライアンスの生き残ったララフェルの学者はそもそもヒーラーとして慣れていないのだろう。

女神の苛烈な攻撃により各パーティが一瞬にして壊滅したことにパニックとなり、ヒーラーとして何からおこなえばいいか判断できない状態になっている。

暗黒騎士はまだ持ちこたえているが、体力を考慮すれば膝を着くのは時間の問題だろう。

その状況もまた学者を焦燥に駆り立てる。


―――コン


そんな絶望的な戦場で響く音。

決して大きい音ではないそれは、しかし必死に女神に抗う戦士たちの耳にも届いた。

青白い燐光を放つ白銀の豪奢な幻具が石畳を叩いた音。

その幻具の持ち主は白と黒を基調としたコートに身を包み、手足は幻具と同様に白銀色の鎧に覆われている。

携える幻具がなければいっそ騎士と言っても通じそうな姿の彼女は、周囲に視線を走らせると、ララフェルの学者に手早く指示を出す。


「貴方はAアライアンスの立て直しを。ヒーラーを優先で蘇生させた後、手分けして順次タンク、DPSをください。あの暗黒騎士はフェアリーの回復で今しばらくはでしょう」

「は、はいっ!」


指示を受けリザレクを唱え始める学者を横目に、彼女はCアライアンスの立て直しに取り掛かる。

Cアライアンスのヒーラーは占星術師のアウラと賢者のヴィエラ。

どちらも先の攻撃で倒れてしまってはいるが、動きの練度から占星術師の方を蘇生させる。

蘇生した占星術師は周囲の様子から状況を察すると、短い感謝を告げ自パーティの立て直しに加わり始めた。

Aアライアンスの方も学者が蘇生した白魔道士と合わせて問題はなさそうな様子である。


「まずい! 全体攻撃が来るぞ!」


叫ぶ暗黒騎士に蘇生した冒険者たちが身構える。

体力が戻りきっていない者は再び倒れ、次の立て直しはほぼ不可能となってしまう。

特に半壊で済み優先順位を落とされていたBアライアンスは、ここでタンクが倒されるとAやCのアライアンスにも被害が及んでしまう。

全体に緊張感が走る。


――しかし、彼女だけは暗黒騎士から警告される前に次の行動に移っていた。


テンパランス、ディヴァインベニゾン、インドゥルゲンティアからの全体回復。


温存していたアビリティと魔法を惜しみなく使用し、少し前まで半壊していたBアライアンスは8人全員が瞬く間に盤石な状態に戻る。

女神の全体攻撃を難なく受け止めたBアライアンスにAとCのアライアンスにも余裕が生まれる。

数分前まで絶望に支配された戦場は今や常態に戻り、戦士たちの反撃が始まった。


闇に包まれた大剣で斬りかかる者

金色こんじきの槍で穿つ者

鍛え抜いた鋼の肉体で拳を放つ者

全て焼き尽くさんと必殺の魔法を放つ者

戦士たちの傷を癒し奮い立たせる者


彼らの猛攻は徐々に女神を追い詰めていく。


そして。


『上々! さぁ、先へ進め!』


侍の裂帛の一撃が女神を捉えた。


「「「「「うおおおおおお!!!!」」」」」


戦の女神の試練を超えた戦士たちは歓喜の雄叫びを上げた。


「助かったよ、ノア」


最前線で女神の猛攻を凌ぎ続けていたロスガルの暗黒騎士がやって来ると、白銀の白魔道士に礼を述べる。


ノア・ジンクス。

それが彼女――絶望の戦場から皆を救いあげたミコッテの光の戦士の名であった。

各地で名を馳せる凄腕のヒーラー。

その的確な判断力と先読みで幾度となく光の戦士たちを窮地から救ってきた白魔道士。

戦場の銀光ヴァルナ・リヒテ》と呼ばれる渾名あだなされる彼女をこのエオルゼアの大地で知らぬ者はいないだろう。


「いえ、貴方が最前線で耐え凌いでくれたおかげです」


貴方が倒れていたらこうはいかなった、とアッシュホワイトの髪を揺らしながら首を振る彼女は暗黒騎士の活躍を称えた。


「ふっ、あの《戦場の銀光ヴァルナ・リヒテ》にそう言われたら俺の名前にも箔がつくな。今度仲間内に自慢でもするか」

「ふふ……しかしこの先にもう一柱、神が待ち受けています。続きはそこを超えてからにしましょう」

「そうだな。次も頼んだぜ、ノア!」


暗黒騎士は大剣を担ぎ直し、最後の戦場に足を向けた。パーティメンバーも後に続く。

油断なく、慢心なく。

幻具を握り直したノアもまた歩み出す。


かくして、最後の戦いの幕が上がる――



★★★★★★★★★★★★



――戦いの幕は上がらなかった。


「……ムニャムニャ……」


潰れたカエルのようにベッドで寝ていたノア・ジンクスは、窓から差し込む日の光の眩しさで目を覚ました。


「うぅ…うぅぅ……あ、あだまいだい……」


なんだかとてつもなくカッコよくて気分のいい夢を見ていた気がする。

……が、頭が痛すぎるせいでそれどころではない。

ここはエオルゼアでも有数の大都市ウルダハにある宿屋【砂時計亭】の一室。

簡素な内装ながらも石造りの客室は、砂の都たるウルダハの特長をわかりやすく示していると言えよう。


ぐわんぐわんと歪む視界の中、なんとか起き上がりのそのそとテーブルに向かう。

そして水差しの水をぐびぐびと一気に飲むと、再びベッドの上に仰向けに倒れこんだ。

さて、何故自分はここにいるのだったか――


それは昨日のこと。

特にこれといってやることのなかったノアは、エオルゼアで最大の総合遊技場マンダヴィル・ゴールドソーサーにいた。

トリプルトライアド、くじテンダー、チョコボレースなど様々な遊びを楽しめるここは、戦いに疲れた冒険者たちの息抜きの場として常に賑わっている。

そんな数ある娯楽の中で彼女が向かったのは “ドマ式麻雀” の区画であった。

ドマ式麻雀とは4人で興じる卓上ゲーム。

牌と呼ばれる数字や文字の描かれたブロックを順番に1つずつ引いていき、最終的に手持ちの14個の牌で特定の役を作り得点を競う。

彼女はこのドマ式麻雀にどっぷりはまっている常連であった。


「ツモ! リーチイッパツツモイッツウドラウラ! オヤッパネ! 6000オール!」


ノアの口から出る景気のいい宣言。

麻雀仲間のイツメンの常連たちからは「マジかよ…」「〇ねっ」「ク〇が…」と口々に怨嗟の声が漏れる。

半荘戦東場の2局目、自身の親番で3連続トップとあってなかなか調子がいい。

しかもアガりの手役が大きく、すでに持ち点は50,000を超えている。

ほっほっほ、これは私の独壇場ですわね、と怨嗟の声を浴びながらもご機嫌状態のノア。

しかし、彼女が天狗になっていられたのもここまでだった。


「ロン! 満貫! 8,000!」

「うっ…」

「ロン! 倍満! 24,000!」

「えっ!?」

「ロン! 四暗刻! 48,000!」

「はぁぁ!?」


狙いすましたかのように捨て牌が当たりまくって放銃された結果、あっという間に持ち点はマイナス、いわゆる “ぶっ飛ばし” という状態になり、南場に突入する前に勝負がついてしまったのである。

その後、彼女はこの大幅な負け分を取り戻そうと果敢に連戦を挑んだ。

しかし、こういう状況で食い下がる戦いというのは往々にして裏目に出るもの。

案の定、終わってみればトータルでは負けが多く、レートはだだ下がり。

誰が見ても圧倒的な大敗であった。


「おつおつ(笑)」

「こんな日もあるって(笑)」

「今日は酒が美味いだろうなぁ! ガハハ!」


ここ最近やたら勝っていたノアをボコボコにできて満足げなイツメンたちは、彼女の肩を叩きなが去っていく。


「やってられるかーっ!」


ウルダハ【クイックサンド】

ウルダハを訪れた新米冒険者のサポートもおこなう人気の酒場で、ノアはひたすらエールを飲み続けて見事に潰れるダメなメスのミコッテ、略してダメスッテになっていた。


「私が何をしたってのよ~! あんなにロンしてくるとか絶対イカサマしてたに違いないわ! うわーん!」

「はいはい、そうね。というかもうそろそろやめておきなさい?」

「まだ飲むー!」

「はぁ……」


カウンターで管を巻く彼女の相手をしているクイックサンドの店主モモディは諦めたように溜息をつく。

かろうじて残っている最後の記憶はこのあたりだ。

すぐ近くとはいえ、自力でこの宿屋の部屋に来れたとは思えない。

おそらくモモディや常連の飲み仲間が運んでくれたのだろう。


「……あー……後で謝っておこ……」


死にかけのような声でぼやくダメスッテであった。



★★★★★★★★★★★★



二日酔いの頭痛で動けずぼーっとする中で、ノアは先ほど見た夢のことを思い出す。


そもそも彼女は戦闘が苦手である。

それでもエオルゼア滅亡の危機を救えるぐらいには攻撃役(DPS)や壁役(タンク)ぐらいならこなせるが、回復役(ヒーラー)だけはダメであった。


転がしたタンクは数知れず、救えなかったDPSは星の数程――


……とまで言うほどダンジョンでヒーラーはこなしていないが、そういうことを数々やらかしているのもまた事実である。

もしも彼女がヒーラーでパーティに入ろうものなら、一度でも組んだことがあるメンバーからは無慈悲に「チェンジで」と言われるだろう。

結局、彼女にとってのヒーラーとは「思い立ったときにミラプリを楽しむ用のジョブ」になっており、安くはない金額で購入した青白い燐光を放つカッコいい白魔道士の杖は、ドレッサーの横に立てかけられうっすら埃を被っているのであった。


そう、ヒーラーと言えば。


ノアはつい最近ダンジョン攻略で、あるヒーラーとパーティを組む機会があった。


そのヒーラーは白魔道士のララフェル(♂)

このときは彼女はナイトとしてパーティに参加していた。


「はじめまして、よろしくお願いしますー」

「……(ぷいっ)」


パーティにおけるタンクとヒーラーの信頼関係は重要である。

そんなことはパーティを組む上では常識だし、たとえ見知らぬ者同士であっても挨拶ぐらいはするだろう。


(無視かい! しかも「ぷいっ」って顔背けるとかなんなの!?)


なんとも不愛想、というか失礼なララフェルであった。


ダンジョン攻略開始。


「じゃあとりあえず敵はある程度まとめて引き付けて進むので……って、ええ……!?」


簡単に進行の説明している最中に、あのヒーラーのララフェルが先へズイズイと進行しているではないか。

説明も途中で3人が慌てて追いかけると、あろうことかあのララフェルは自らわざと敵にターゲティングもされる――いわゆる “先釣り” と呼ばれるあまりよろしくない行動もし始めたのである。


「ちょおおおおお!!!」


全力スプリントで慌てて追いついたノアはアイアンウィルを発動させ、続け様に範囲攻撃でヒーラーに向いていた敵視を奪い取った。

文句の一つも言いたいところだが、ララフェルのヒーラーは次の敵群に向けて走り出していた。

元々敵はまとめていく予定だったので今度は距離を空けることなく進行していく。

2つ目敵群との交戦してしばし。

ランパートとシェルトロンの防御バフが切れ、体力の減りが大きくなる。

雑魚モンスターとはいえ、7~8体から同時に攻撃されればまぁまぁ痛い。

そろそろ回復魔法が来るかな、と期待するが――


………

……


「ヒーラーさん!?」


もう体力が半分を切っているタンクノアの体力を気にしていないのか、DPSに交じってひたすらホーリーやストンラを撃ちまくっているではないか。


(いやいや、殺意高いな! じゃなくて今は回復を! 死ぬ! 私死んじゃうから!)


そして自身の体力が約20%程度になろうとし、彼女がいよいよ死を覚悟したとき……


唐突に体力が全快近くまで回復した。


(し、死ぬかと思った……)


どうやらあのララフェルが攻撃を一時中断してようやく回復魔法をかけたようだ。

攻撃に夢中になって回復を忘れていた…?

敵を全滅させた後、彼の方をちらっと見やると、無言で休む間もなくまたズイズイと進行を再開していた。


その後。

ノアたちは接敵するたびに死にかけた。


そして彼女は理解した。

彼は “そういうスタイル” のヒーラーなのだろう。

すなわち「回復魔法はギリギリまで使わず敵の殲滅の方を優先するタイプ」であると。

事実、彼が回復するタイミングは決まって彼女の体力が20%程度まで減ってからである。

そのスタイルはボス戦でも変わらず。


しかし、あのヒーラーのララフェルがパーティメンバーを死なせることはなかった。


むしろ攻略を終えてみればかなりスムーズだったとも思う。

おそらくかなり厳格にメンバーの体力管理をしていた……のかもしれない。

だとすれば体力の “戻し” が得意なピュアヒーラーならではのスタイルとも言えるだろう。


しかしこれはタンクからするとなかなかに心臓に悪いスタイルである。

ましてノアはタンクが得意というわけではない。

少しでも防御バフのタイミングを間違えたら回復が追い付かなくなって倒れてしまうのでは? と戦々恐々である。

なお、DPSたちに対してはほとんど回復魔法を使っていなかった。

「その程度なら自然回復で十分だろ」と言わんばかりに。


「ぜーはー……ぜーはー……」


ダンジョン攻略後、イヤな汗をたっぷりかいたノアは、息を切らせながらあの不愛想なララフェルを見やる。

やっぱり小言の一つでも言ってやろう。

と、彼もこちらを見ていたのか、ふと目が合う。


「死ななかっただろ? ならいいじゃん」


彼の目がそう言ってるように見えた。

そしてほんのわずかに口の端を釣り上げ、意地悪そうな感じで笑ったようにも。


「!!」


ちょっと! と言いかけたところで、そのララフェルは「ぷいっ」と顔を背けると仕事は終わりだと言わんばかりにいずこかへ去ってしまった。


(また “ぷいっ” ってした…!)


なんとも腹が立つ!

ヒーラーの腕はとしては確か……というかあんなやり方で誰も死なせていないあたりかなりいいのかもしれないが、性格はかなり悪いやつに違いない。

いや悪いというよりは単に “ドS”なのかもしれない。


「はぁ……」


もうああいうヒーラーとは二度と組みたくないものである。



★★★★★★★★★★★★



「……うーん、なんか思い出したらまた腹が立ってきたわね……」


二日酔いの気分の悪さも相まって、なんかムカムカしてきたノアであった。

今思えば、あのヒーラーが先釣りしたときにアイアンウィルを解除して1回ぐらい転がしてやればよかったと思う。


「ごめーん、ナイト不慣れでうっかりスタンス切っちゃった、テヘペロ☆」


みたいに言えばいい感じに煽れたかもしれない。


「いやいや、よくないわね、そういうのは……」


はぁと溜息一つ。

起き抜けのときよりは頭痛も多少にマシになったノアは再びベッドから起き上がる。


「よし!」


パンパンと自身の頬を叩いて気合を入れる。

今日はマーケットでモモディへの詫びアイテムを買ったらゴールドソーサーでドマ式麻雀のリベンジマッチだ。

昨日あんなに負けたんだから、今日は反動でレートが爆上がりするかもなぁ。

段位も上がっちゃうかも?

昨日私をボコボコにしてくれたイツメンたちよ、震えて待つがいい……

首をコキコキさせ、さっきまでの二日酔いなんてなんのその。

誰も見ていないのに不敵なキメ顔で宿屋を出るのであった。


数時間後。


結果がどうなったかは言うまでない。



【終】











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