ダイダロスは覗けない 4

 案の定竹中と品野は俺たちに「こっちに来てもらえるかな?」なんて部屋の隅にポツンと置かれたデスクトップパソコンまで誘導する。溜息一つ分佳蘭に遅れて付いていく。にしても完全にタイミングを逃した。今更鉄平のことであろう「あんなこと」について蒸し返すのは不自然極まりない。……まあいい。五日もあるんだ。いずれ聞くチャンスはあるだろう。

 二人に促され俺たちはモニター画面を覗き込む。それはクソ田舎に行けばどこにでありそうな田んぼに白くウネウネとしたものが蠢いている動画だった。

「なんだこりゃ」

「高戸くんは知らない? くねくねっていうんだけど」

「くねくねねぇ。確かにそんな感じの動きしてるっちゃしてるが」

 竹中の言葉にもう一度よく見てみる。俺が知っている生き物のどれにも該当しない、それでいてその動きはどこかグロテスクさすら感じた。

「八尺様と同じ、ネットから出てきた都市伝説でござるよ。なんでもくねくねを見た者は、発狂し精神に異常をきたすという話でござるな」

「最近うちの大学で出るって噂になっててね。まあ所詮は噂でしかない話だと思うけど」

「そうでしょうね。わたしも今聞いただけだけど、バジリスクの矛盾と同じ感じがするわ。十中八九創作だろうし、その噂もきっと誰かが流した嘘でしょ」

「お! バジリスクの矛盾とはなんでござるか?」

「怪物バジリスクは見た者を殺す巨大な毒蛇とされているわ。古くは古代ローマの文献にも記述があったくらい歴史の古い怪物なんだけど、時代が進むにつれてその設定や大きさはどんどん盛られていったわ。ルネサンス期にもなると、それだけ恐ろしい怪物ならバジリスクを見て生き延びた人間はいないはずだと皮肉られてしまっている。これがバジリスクの矛盾よ」

 佳蘭の解説に思わず「へぇ」と言葉が漏れた。ようはあれだ、怪談話なんかでよくある「ここから生きて帰ってきた者はいないという」ってやつだ。誰も帰って来た奴がいないなら、どうしてそんな詳しい話が残っているのかというシンプルな矛盾。今回のくねくねだって同じだ。見た奴が狂っちまうなら、どうしてそんな話が残っているのか。まあ間違いなく創作だし、その噂も誰かが適当に言いふらしただけだろう。

「おー久留主殿は博識でござるな」

「本当。びっくりしたよ。まあそんな噂が流れていたし、いい機会だと思ってこの動画を作ってみたんだよね」

「これ二人が作ったの?」

 驚き目を見開く佳蘭。かくいう俺もマジでビビった。この白いくねくねが、明らかにCGで作られたものだっていうのはわかる。わかるが普通に見れるもので、素人が作ったようなものなんざ大抵見れたもんじゃない。だからこそ、その出来に関心した。

「いやマジで凄えわ。つーかなんでお前らオカルトサークルなんだよ。こんなの作れるくらいなら映像研に入るべきだろ?」

「いやー高戸殿の言う通りでござるが、甘いでござるよ」

「高戸くんはさ。超常現象解明ファイルってテレビ番組あったの知ってる?」

「あーあったなそんな番組。ネッシーとかビックフットとかの写真や映像紹介してたよな?」

「そうそれそれ! ああいうの滅茶苦茶わくわくしなかった?」

「まあ気持ちはわかるぜ。俺も男だからな」

 隠された世界の謎や、まだ見ぬ未知なる神秘に心躍らされた時期は確かにあった。まあそういうのが全部ヤラセだっていうのを知ってからは寧ろ冷めた目で見るようになって、段々興味も失せていった。

「ネットが発達して、より未確認生命体の動画がアップされるようになったでござる。拙者も楽しんで見てたでござるよ。ヤラセだって気付く前は」

 品野は残念そうに声のトーンを落とす。まあそういうのは本物で、現実に存在しているんだと思っているうちが華だ。真実を知っちまえば途端に色褪せる。

「そう。今ネットにアップされている動画はどれも編集したものばかり。むしろ専門学生が自分の編集技術をアピールするために作ってる場合が殆どだってさ。流石にちょっと、萎えるよね。おれたちがわくわくしたものが、実は単なるアピールの道具でしかないってさ」

「まだ悪戯ならいいでござるよ。世間をワッと驚かせたかったで、拙者たちはそれに騙され夢を見せられた。それはそれで浪漫があるでござるよ。単なる自己アピールは流石に気に食わないでござる。だからこそ拙者たちは映像研ではなくオカルトサークルなんでござるよ」

「オカルトが好きでそれを調べてる奴らが本気で作ったヤラセ動画。それってさ、凄く面白いと思うんだよね」

 にやりと挑発的な笑みを浮かべる竹中と品野に、思わず俺は感心してしまった。こういうこだわりを持った奴の話を聞くのは面白くて好きだった。喫煙所や飲み屋にいるオヤジの語る苦い経験談に近いものがある。鉄平も俺と同じでこういう話を聞くのが好きなタイプだった。こいつらみたいなのがサークルの代表やってりゃ、そりゃ気に入るわけだ。

「ありがとうございます。とても素敵なお話でした」

 にこりと、花のようななんて言葉が似あう笑顔を浮かべる佳蘭。そのままついと視線を本棚に向けた。それで言いたいことが竹中たちに伝わったんだろう。慌てて二人は「ごめんね!」「すまないでござる!」と謝りつつ離れた。ほら悪手だったろ? オタクに語らせたら長えんだよ。とはいえここで佳蘭がブッタ切ったのはいいタイミングちゃいいタイミングだ。

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