凛都のアルカナアイズ
浅里絋太
きみのナイト
きみのナイト 1
背中にせおったリュックにはノートPCが入っており、一歩ごとにずしりと存在を主張してくる。一キログラムを切る軽量型ではあるが、自宅から職場までくるとゴール付近で肩が痛くなってくる。その背中の重さは、フリーランスのエンジニア兼占い師見習いという、瑠香の立場の不安定をささえてくれるようでもあった。
街路樹に沿った店舗の並びのひとつに、『キヌカワビル』があらわれる。そこの一階にある店が瑠香の職場だった。
ビルの一階の左側にはレトロな感じの『
瑠香は『CLOSED』のプレートがかかった蒼幻のドアを引いて、ドアベルを軽快に鳴らした。
「おはようございます!」
店内に入るとコーヒーと木の匂いがした。窓から射しこむ光がカウンターの木目を照らし、ブラインダーの薄い影が床に落ちている。壁にはたくさんのレコードジャケットやミュージシャンのポスターが飾られていた。
カウンターの一番奥の席には師匠の
「ん、ああ。おはよう」
凛都はいつもどおりの格好をしていた。白いTシャツに黒いジャケット。首に銀の小さな十字架をかけ、耳にもピアス。朝だからか少し眠そうだがいじわるそうな鋭い目。シャープな顔の輪郭に癖っ毛を載せている。
ぱっと見はミュージシャンかホストのようにも見えるが、れっきとした凄腕の占い師だ。本人いわく、「接客業だから、清潔な方がいいだろ」ということらしい。
瑠香は凛都からひとつ飛ばしたカウンター席に座ると、凛都に言った。
「あの、コーヒー、冷めちゃいませんか? それ」
凛都はふとコーヒーカップを見つめ、
「オレのタイミングで飲む」
「猫舌なら、ぬるくして出してもらうか、アイスコーヒーとかにしたらいいんじゃないですか?」
「ほっとけ」
そう言って不機嫌そうに凛都は脚を組み、黙ってしまった。
やがて奥からメガネをかけた白髪の男性――店主の宗田があらわれた。宗田はいつものように毛糸の帽子を頭に載せていた。
「おはよう、瑠香ちゃん。なに? 凛都くんと朝から喧嘩でもしたの?」
「いえ。別にそういうんじゃなくて」
「そっか。まあ、なにか飲む? いつもの?」
「ありがとうございます。ぜひ」
瑠香たちは蒼幻と特別な約束をしていて、定額制で、ドリンクが飲み放題だということにしていた。瑠香がノートPCを広げ、きょうの鑑定のスケジュールを確認し終えるころ、宗田がコーヒーを持ってきた。
「お待たせ」
「ありがとうございます」
瑠香がコーヒーカップを持ってすぐに飲みはじめると、凛都は信じられないという様子で横目でちらりと観てきた。瑠香はそれに噴き出しそうになったが、澄ました顔でコーヒーカップを置いた。
しばらくして凛都はコーヒーを飲むと、「店の方に行くよ。たしか9時半から予約だったろ」そう言って席を立った。
凛都が去ってから宗田は言った。
「凛都くんはね、ぶっきらぼうだけど、いつも瑠香ちゃんのこと、気にかけてるんだよ」
「そうですかね……」
「うん。いざってときに護ってくれる人がいるのは、幸せだよ。そして、護るべきものがあるってのは」
そうして宗田はふと視線を落とした。瑠香はなんとなく、宗田は亡くなった妻のことを思い出しているのだと思った。また、さみしげな黄色い光がただよってきた。
瑠香には、他人の心が光となって流れこんでくる、エンパス能力があった。いや、能力などと言うほど必ずしも有益なものではないのだが。瑠香はこのエンパス能力に悩み、凛都の弟子になった。
瑠香は宗田にもらった悲しみを吐き出すようにため息をついてから、飴でもなめようと思い、足元のリュックに手をのばした。
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