三人暮らし

ロッドユール

三人暮らし

 僕たちはいつも三人だった。

 小学校三年生の時、僕たちは初めて同じクラスになった。それから僕たちはずっと一緒だった。

 なぜそうなったのかは、僕たち本人たちでさえ分からない。ただそれがしっくりきたのだ。三人の関係が、なぜかピタっときれいに、木でできた立体パズルのようにはまったのだ。

 クラス内では、みんな男と女にグループが別れる中、僕たちは、男一人女二人という特異な構成で固まった。同級生たちは、最初、みんな僕たちの存在に驚いていた。何が起こったのか分からないといった反応だった。放課後、三人でいると、じろじろと他クラスの生徒にも見られたりした。

「うらやましいな」

 などと同級生に言われたこともあった。でも、クラス内で異質な存在が、次々いじめられたり排除されたりしていく中、僕たちは、いじめられたり、バカにされたりといったことはなかった。多少からかわれたりはあっても、異質な存在として、なんとなく、周囲からは、そういうものとして認められていた。

 僕たち三人は中学も高校も奇跡的に同じになった。中学の時、和子が違うクラスになり、高校では美和子も、みんなバラバラのクラスになったが、それでも休み時間には、廊下でいつも会っていたし、お昼休みには一緒にお弁当を食べた。中学時代も、幸か不幸か、給食がない学校だったので、お弁当を一緒に食べることが出来た。

 通学ももちろんいつも一緒。なぜか、家の方向も僕たちは三人ともみんな同じだった。

 僕は美術部、和子はバレー部、美和子は英語研究会。みんなバラバラだったけど、帰るのもいつも一緒だった。誰かが遅れても、校門のところで必ず残りの人間の来るのを待っていた。部活のない放課後も一緒にいることが当たり前みたいにいつも一緒にいた。誰かのうちに集まりそこで遊んだり、一緒に勉強したり、話をしたり、家族や同級生の誰よりも一緒にいる時間が長かった。

「なんであなたたちはそんなに仲がいいの」

 時々、そんなことを訊かれることがあった。しかし、僕たちにもよく分からなかった。ただ、それが僕たちにとって自然だった。それだけだった。海があって、波があって、砂浜があって、どれか一つが欠けてもやっぱりおかしい。空があって、雲があって、青があって、どれか欠けてもやっぱりおかしい。僕たちもそんな関係だった。

 高校を卒業すると、僕たちは三人で暮らし始めた。僕たちの親も、僕たち同様なんとなく馬が合うのか仲がよかった。だから、そんな提案をしても、何の抵抗もなくすんなりと、オッケーが出た。

 海辺の崖のような丘の上に立つ小さな白い家だった。外装も内装も薄いブルーと白できれいに統一されたこぎれいな家だった。交通の便は最高に悪かったが、でも、海を見渡せるその景色は最高にとてもきれいで、周囲に家も何もなく、静かで穏やかな雰囲気は、僕たち三人の感性にシンクロするほど合致した。もともと、別荘として建てられた家だったが、やはり、あまりに人里から離れ過ぎているので、なかなか借り手や買い手が定着せず、空き家の期間が長かった。それを、不動産屋を営んでいた和子の父親が見つけ、僕たちに紹介してくれた。一目見た瞬間、三人は同時にこの家に決めていた。もちろん、和子の父親の紹介なので、とても安く借りることが出来た。

 美和子は、果敢にそこから短大に通い、和子は、職場であるお役所へと通勤し、僕はその家で絵を描いた。自然と僕が、食事を作る係りになり、朝と昼と夕、僕は台所に立った。

 平日は、慌ただしい日々でも、休日は、白い家で三人でのんびりと過ごすことができた。特に出かけなくとも、その家に三人でいるだけで、別にそれ以外何もいらなかった。そこには静かで穏やかな時間があった。三人でただ、のんびりと家で普通に生活しているだけで、なんとなく幸せだった。

 そんなほっと一息した、休日のお昼過ぎ、ふと、海がよく見えるように設計された、海側の大きな窓の並びの向こうに広がる広大な海を見ると、僕たちは時も忘れ、それに見入った。

 時々、浜に下りて、白く長い砂浜を三人で散歩した。波と砂、時々、海鳥、そんな大雑把で広大な景色の中にいる僕たちは、三つの点だった。そんなちっぽけな僕たちの頭上を大きな綿雲が流れてゆく。

 この家に来るのは、三人の両親と、和子の妹の沙耶くらいのものだった。あと、僕たちが来る以前から住みついている茶トラの猫。僕たちは勝手に、まちゃと呼んでいた。でも、彼らが来るのも、時々だった。ほとんどの時間を僕たち三人は、三人だけで静かな時間を過ごしていた。

 僕たちは三人で一つの関係だった。どちらか一人ではだめだった。誰が一人欠けてもだめだった。僕たちは三人でなければならなかった。

 それは、そんな静かな生活の二年目の夏の日だった。突然、この町に嵐がやって来た。ルートは直撃で、観測史上最大のものだということだった。白い家は古く、海沿いで、人里から離れているため、僕たちは、僕の実家に避難することにした。

「あっ」

 僕の家に着いた時だった。美和子が急に声を上げた。

「どうしたの」

「まちゃ」

「あっ」

 和子も声を上げた。

「大丈夫だろ」

 僕が言う。

「でも」

 しかし、美和子は心配そうな声を上げる。

「大丈夫だよ」

 僕の家族も含め、その場の多数派の意見は「大丈夫」だった。

「動物はそういうのはよく分からないけど、なぜかいつもうまく身を守るのよ」

 僕の母が言った。

「あたし行ってくる」

 でも、しばらく僕の家で落ち着いていた美和香子だったが、そう言って立ち上がった。

「僕たちも行くよ」

 僕と和子も立ち上がろうとした。

「いいわ。すぐだもの」

 美和子はそう言って、雨の中を一人で行ってしまった。暗くなり始めた不穏な空の下、まだ初心者マークの取れない淡いグリーンのフィアットに乗って・・。

 そして、その日、そのまま美和子は帰って来なかった。僕たちは美和子を探しに行きたかったが、凄まじい叩きつけるような暴風雨に、外に出ることすら出来なかった。

 電話をしたかったが、彼女はスマホを持っていなかった。携帯も持っていなかった。

「そういうの嫌いなの」

 持った方がいいんじゃない?と誰彼に言われると、彼女はいつもそう言っていた。僕たちとともに暮らし、僕たち以外に特段交友関係のない彼女は、それで問題なかったみたいだった。

「・・・」

 僕たちは成す術もなく、不安な夜を過ごした。

 次の日、僕と和子はまだ強風が収まりきらないままに、父親の車を借りて、家を飛び出すように白い家に向かった。

 嫌な予感がした。嫌な胸騒ぎがした。全身が痺れるみたいに不安だった。

「・・・」

 僕と和子は、向かう車中、一言も口を利かなかった。美和子がいなくなってしまったら・・、それは・・。それはありえなかった。考えるだけで恐ろしかった。なんだか、白い家までの道のりが、ふわふわと雲の上を走っているみたいに、地に足がついていなかった。

 海が見えてきた。この先に、このカーブの先に白い家がある。あるはず・・。

「あっ」

 和子が声を出した。

 家は無事だった。古くもろく小さかったが、あの信じられないレベルの暴風雨に見事耐えていた。その横にあの淡いグリーンのフィアットも止まっている。

 僕たちは慌てて、フィアットの近くに車を止めると、家に入った。

 美和子がいた。美和子はリビングの端にうずくまっていた。

「まちゃが見つからなくて」

 美和子は、小さく笑いながら僕たちを見た。その手の中にまちゃもいた。

「ふぅ~」

 僕と和子は、膝から崩れ落ちそうになるほど、力が抜けた。

 とりあえず、和子がコーヒーを淹れてみんなで飲んだ。

「どうしたの」

 和子が美和子を見た。美和子はどこか元気がない。

「うん・・」

「昨日、何かあったの?」

 和子が重ねて訊いた。

「海がね・・」

「海?」

「海がすごくうねってて・・」

 美和子は窓の外の海を見た。まだ嵐の余韻が残り、波は大きく逆巻いていた。

「すごかったの。ほんとに地球全体が波打って揺れてるみたいで、すごくうねって・・。本当に地球が鼓動しているみたいだった。生きてるんだって思った。この地球全体が生きているんだって」

「へぇ~」

 僕と和子は美和子の話に興奮した。

「本当にすごかったわ。本当に。あれを三人で見れなかったのが残念」

 がっかりとした表情で美和子が言った。

「それで落ち込んでたの?」

 和子が美和子を見た。

「うん」

 美和子はそう言って笑った。

「あれは三人で見るべきだったわ」

「いいよ、君が見たんだから。僕たちが見たのと一緒さ」

 僕が言った。

「うん」

 和子もうなずいた。

「うん、そうね」

 そして、美和子も小さく諦めたようにうなずいた。

「・・・」

 僕たち三人は、静まりゆく窓の外の海を見つめた。それは確かに生きていた。水平の果てまで、海は僕たち三人の関係性のように永遠だった。



 

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