第20話 検問所2

「――それじゃあ、またどこかでね。ガールズトーク楽しかったわ」

「こちらこそ、楽しかったです」

「みなさん、お元気で」


 検閲を終えたエレーナのパーティーを見送ると、いよいよベルフェルミナとマリーの順番がやってきた。


「なんだか緊張するわ」

「心配いりませんよ。堂々としていればいいのです」


 大丈夫だとわかっていても、言いようのない不安が押し寄せる。伯爵令嬢の頃に国境越えを経験してはいるが、門番と直接対面しての検閲は初めてである。

 馬車が並んで通れるほどの大きな門の前には、鋭い眼光の門番たちが待ち構えていた。


「なんだ? 貴様ら! ここは冒――」

「どうぞ、ギルドカードです」


 冒険者じゃない奴は通さん、などと難癖をつけられる前に、ベルフェルミナはギルドカードを差し出した。本来なら、二つ三つお決まりの質問に答えたら検閲は終わりである。ベルフェルミナたちの後にも、冒険者パーティーが何組も待っているのだ。わざわざ長引かせる必要もないだろう。


「チッ! 本物だろうな? んん? Fランク~!? 貴様らみたいなのが、よくここまで来ることができたなあ?」


 盛大に舌打ちした門番が、ギルドカードを怪訝そうに調べる。シルバーのプレートには名前やランクなどが刻まれている。


「はい。偶々、魔物と遭遇することもなく。わたくしどものような低ランク冒険者でも、順調に旅が出来ました」


 実際に、百キロ圏内で魔物と遭遇することはない。正直に護衛を雇ったことや、メイソンに保護してもらったことを話せば、色々と詮索されてしまうだろう。ここは下手に出て、やり過ごした方が賢明である。


 しかし、門番は気に入らなかった。


「フンッ。やはり、とても冒険者とは思えん。犯罪者が国境を越えるために、金を積んでギルドカードを不正に取得していると聞いたことがあるぞ」

「いえ。決してそのようなことはございません。ただ冒険者に見えないだけで、このお方の魔法は誰よりも優れていらっしゃいます」


 自分のことはともかく、無実の罪を着せられ傷心している主人を犯罪者呼ばわりしたのだ。マリーは強面の門番に怯むことなく抗議する。


「ほ~う。ならば、あの岩を砕いてみせろ。できたら通してやる」


 そういって、門番は十メートルほど離れたところにある岩を指し示した。人が腰掛けるには丁度よさそうな大きさである。


「あの岩を、ですか?」

「爆裂魔法が使えれば簡単だろう。使えれば、の話だがな」


(ケッ。どっちにしろ、こいつらは尋問室行だ。こっちは朝から休憩も無しに働かされてんだよ。休憩がてら、ストレス発散させてもらうぜ。ククク)


 すると、後ろに並んでいた冒険者たちから冷やかしの声が上がった。こちらも、順番待ちのストレスをベルフェルミナたちで発散させようというのだ。


「おいおい。Fランクにあの岩を砕く魔法なんて酷すぎるぜ~。せめて、当てるだけにしてやれよ~。嬢ちゃんたち、今にも泣きそうじゃねえか~。ギャハハハハ」

「そうだぞ~。ファイアーボールを当てるだけで勘弁してやれ~」


 次第に野次馬が増え、気が付けばこの場にいる全員が、冒険者を名乗る町娘二人に嘲笑を浴びせかけていた。


「そう笑ってやるなよ。ひょっとしたら、砕けるかもしれないぜ~」

「じゃあ、賭けるか? 砕けないに金貨五枚だ」

「待て、俺だって砕けないほうに金貨五枚だ!」

「俺も、砕けないに賭けるぜ」

「なんだあ? 砕けるに賭ける奴はいねえのかよ?」


 全員がベルフェルミナの魔法をバカにしようとしている。それに、マリーは腹が立った。


「私が砕けるほうに賭けます。全財産を!」


 マリーの言葉にどよめきと歓声が上がった。賭けが成立してしまったのである。


「ちょっと、マリー。なんてことを言うの?」

「大丈夫です。私はお嬢様の力を信じていますので」

「そういうことじゃなくて……」


 みるみるうちに、革袋に百枚を超える金貨が集まってしまった。野次馬たちの興奮が熱狂に変わる。もはや辞退でいない状況だ。


「心配すんな~。ネエちゃんが払えないぶんは、俺らが払ってやるからよ~。その代わり、わかっているよな~? ガッハッハッハッハ」

「いやいや、お前らに肩代わりできるのか~!? 俺らに嬢ちゃんらを買わせてくれよ~! ヒーッヒヒヒ!」

「ズリイぞ。俺らが買うからな~!」


 野次馬たちの目がイヤらしいものに代わっていく。


「どうした? 怖気づいたのか? あんな大口を叩くからだぞ、小娘。出来なければ尋問室行きだからな。覚悟しておけよ」


 この状況を楽しんでいるのか、門番は意地の悪そうな笑みを浮かべて見下ろしている。とことんベルフェルミナたちを追いつめる気だ。


「わかりました。あの岩ですね?」


 じんわりとベルフェルミナの瞳に赤い光が灯る。そして、手の平を対象物に差し出し、短く『爆ぜろ』と呟いた。


 ――ドッッッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!


 大気を裂くような爆音が轟き、門番が示した岩より遥か後方にある巨大岩が爆炎に包まれた。しかも、魔物の中で最も巨大なインフィニティドラゴンを彷彿とする、高さ三十メートルもの巨大岩である。肌が焼けるような爆風が届くと同時に大地が揺れ、真っ青な空に赤黒いキノコ雲が上っていく。炎が消え去った後には、パラパラと小石が辺りに降り注ぎ、蒸気のような白煙が立ち込めている。巨大岩があったであろう一帯は、噴火口のように深々と抉れていた。


「言われたとおり。あの岩を粉々に砕きました」


 にこりとベルフェルミナが微笑む。もちろん、標的は手前の小さい岩だと承知の上で巨大岩を狙ったのだ。


「あっ。もしや、こっちでしたか?」


 ついでと言ったように門番の示した小さい岩を、いとも簡単にファイヤーボールで吹き飛ばした。『さすがお嬢様です』と賛辞を送ったマリーが、大人しくなった門番を一瞥する。


「いかがでしょう? お嬢様の魔法が素晴らしいと、わかって頂けましたか?」

「……………………」


 門番からの返事が無いどころか、誰もが魂が抜けたように固まっている。無理もない。こんな芸当は冒険者の高みに辿り着いたといわれるAランクでも不可能だ。いうなれば、非現実的な出来事を目の当たりにしたのである。門番を含め野次馬全員が、顎が外れんばかりに口を開けてマヌケ面を晒していた。


「あの、通りますけど……いいですよね?」


 さすがにやり過ぎたと、ベルフェルミナが反省する。


「よろしいかと思いますよ。お嬢様は約束を果たしたのですから」

「そ、そうよね。わたくしは、やれと言われたからやったのよ」

「門番さん、異論はありませんね? あと、皆さんも、賭けのお金は有難く頂戴しておきますからね」


 マリーは金貨百枚以上の入った革袋を掲げ、野次馬たちに向かって丁寧にお辞儀した。


「では、皆さん。ご機嫌よう。ホーッホッホッホッホッホ!」


 こうして、マリーの高笑いと共に、ベルフェルミナは無事に国境を越えることができたのである。

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