貧乏「アクヤク」令嬢と転移勇者の
月川 ふ黒ウ
第1話 唐突! 投獄? なんであたしが?!
それは、あまりにも唐突だった。
「アニーリャ・レイ・テイラム、貴公を
石造りのかび臭い、明かり取りの小さな格子窓が天井近くにある牢獄で、アニーリャはは叫ぶ。
「意味わかんない!」
アニーリャ・レイ・テイラム十二歳。人生初の投獄だった。
「まあ人間の多くは投獄なんかされないまま生涯を終えるものだからね」
アリーニャの右肩に、ちょこんと乗る暗灰色の蜘蛛が皮肉めかして言う。
アニーリャは皮肉には応じずに吠える。
「なんで我写引いただけでこんなところ放り込まれるのよ!」
きょうは年に一度の我写祭。
十二歳になった子供たちは、地域を統括する神殿に集められ、我写箱と呼ばれる装置からそれぞれ最低いちど、己の「スキル」と呼ばれる特殊能力を授かる儀式を行う。
アニーリャも神殿が用意した儀式用のローブをまとい、母がきょうの日のためにと刺繍してくれたハンカチを袂にしまって、神殿の大聖堂で行われる儀式に参加した。
いま思えばあそこがピークだったんだと思う。
百人は優に入る大聖堂の右側だけの翼に軽鎧。細身の剣を掲げた勇者の像の前に置かれた我写箱。
金糸銀糸で飾り立てられた、思っていたよりは小さな箱に手を突っ込み、悪寒に似た感覚と共に引き上げたのは、小ぶりな光の玉。
その光の玉が弾け、アニーリャのからだに吸い込まれていった直後、衛兵たちがアニーリャを取り囲み、抵抗する間も両親が声を上げる間もなく担ぎ上げられ、あれよあれよとこの地下牢に放り込まれてしまった。
「せっかくお母様がきょうの為にってハンカチに刺繍してくださったのに! 台無しじゃない!」
投獄され、不満たっぷりに吠えるもその衣装は儀式用に貸し出された、色とりどりの糸で精緻な刺繍の施されたローブ。懐にしまってあるハンカチは、母がそのスキル「刺繍」を遺憾なく発揮した自慢の逸品。
唐突な投獄こそされたが、衣服を含め、ハンカチも没収されなかったのは運がいいと思っておく。
「それもこれもキミがボクを引き当てたことが問題さ。自分の運の悪さを呪うんだね」
「うるさいなぁ。ウロって言ったっけ? あんたこそ主人の危機的状況、どうにかするように動いたら?」
「ボクはキミが引いた我写に付属している妖精、つまりただの案内役。キミにかかる危害を積極的に払う義務はないのさ」
「なによケチ」
「でも、このままじゃボクもスキルを発揮できないまま我写箱に戻ってしまうからね。どうにもならなくなったら手伝うことにするよ」
「いまもどうにもならないと思うんだけど」
唇を尖らせるアニーリャに、ウロは励ますように言う。
「キミの家は元を質せば魔王の血脈なんだろ? こんなことでくじけていたらご先祖に申し訳ないと思わないのかい?」
思いがけない言葉に、アニーリャはその漆黒の目を丸くする。
「なんでうちの素性まで知ってるのよ」
「我写とは文字通り自分を写し出すもの。キミがボクを引き当てた瞬間にボクはキミの血と魂と記憶に結びつく全てを識るのさ」
「識るのさ、って簡単に言わないでよ」
我写とはそういうものさ、と口の端を器用に持ち上げる。
「なにそれ、笑ったの?」
「ボクをただの蜘蛛だと思わないことだね。こうやって人語を喋っている時点で察して欲しかったんだけど」
「ほんと、我がテイラム家の紋章が蜘蛛でなかったら卒倒してるところよ」
蜘蛛は多産の益虫として人気が高い。その一方、見た目などから忌避される生き物でもある。幸いアニーリャは前者だったので事なきを得ている。
「とにかく、ここを出ることを考えなきゃね」
「キミが前向きな思考の持ち主で助かったよ」
ありがと、と雑に返してアニーリャは改めて自分が入っている牢を観察する。
天井は高く、明かり取りの小さな窓がひとつ。レンガのように切り出された石を積み上げて壁が作られているから、よじ登ることはできるだろう。が、窓が小さすぎてそこから出ることは不可能だ。
「残ってるのはこの鉄格子か……」
唯一の出入り口は鉄格子の隅に設けられた、アニーリャでも腰をかがめなければいけないほど小さなものだけ。からだの大きい囚人はどうやって入れるのか、とアニーリャは考えたがいまはどうでもいいことだと首を振って追い払う。
「ボクだけなら簡単に抜け出せるけどね」
「だったらあそこで居眠りしてる衛兵さんからカギのひとつでもかっぱらってきてよ」
鉄格子の幅は掌を横にした程度。アニーリャの肩のあたり、出入り口のそれと同じ高さで横向きに一本渡されていて強引にこじ開けることも、からだを横向きにしてすり抜けることも難しそうだ。
「あんな目立つ位置にいる衛兵に牢のカギを持たせているとは考えにくいよ」
鉄格子の向こうは通路になっていて、その両サイドにはそれぞれ二つずつ同じ造りの牢獄。出入り口は薄く開いているので無人だろう。
そして通路の突き当たりには丸椅子に座る衛兵。からだはこちらに向いているが、槍は壁に立て掛け、衛兵自身はゆらゆらと船を漕いでいる。こんなにも隙だらけなのに、とアニーリャは歯がゆく思う。
「文句言ってないで見てくるだけでも行ってよ」
「でも仮に、鍵があったとしてどうするんだい? ボクが鍵を持ってきたとしてもキミはどうするんだい? 衛兵がうろつく中を大手を振って帰る気かい?」
鍵云々に関してはほぼ思いつきの八つ当たりのような言葉だった。しかし、こうも正論で返されると腹も立つ。
「そうやってすぐに水を差すのよくないと思う」
「へたに希望を持つよりよっぽど健全だとボクは思うよ」
「そうかも知れないけどさ……」
この口調も含めて、このウロとかいう蜘蛛はあまり信用できない。少なくともいまは依存してはいけないとアニーリャは思い直した。
「いまはおとなしく時を待つしかないようだね」
「悔しいけど、そのほうが良さそうね」
ちょうど立っているのにも、怒りを振りまくのにも疲れてきたところだ。だがこのジメジメした床に直接座るのは心理的にもイヤだったし、借り物ではあるが服を汚すことへの抵抗感もあった。視線を巡らせれば藁を雑に編んだような、おそらくベッドにすべきものが部屋の隅に見える。
「えー、あれがベッドなの……?」
罪人にはあの程度で十分ということなのだろうが、自分がなにか罪を犯した覚えは一切ない。それでも疲れたからだはあれでいいから座ろうと言ってくる。
「座るだけだからね」
誰に言い聞かせているのか判らないが、アニーリャはそうつぶやいて藁のベッドに腰を下ろし、瞬きのつもりでまぶたを閉じた。
その一瞬でアニーリャのからだは傾いで倒れ、慌てて手をつかなければそのまま眠りに落ちていただろう。
「あっぶな! ここで寝ちゃったらなにされるか判らないじゃない!」
手をついた反動で勢いよく上体を起こし、ぶるぶると頭を振って頬を挟み込むようにぱしんと叩いて。
「いまは無理せず眠って体力を確保しておいたほうがいいと思うよ?」
「そうかも知れないけど、いま寝るのは危ない気がするの」
そうかい、と薄く笑ってもう一度アニーリャの肩に乗る。
「結局そこに来るのね」
「すぐ慣れるよ」
ウロの言葉に渋面を隠さず出した瞬間、大勢の混乱した足音が明かり取りの窓や天井から聞こえ、その振動で天井からパラパラと砂粒が落ちてくる。
「なによ急に。天井抜け落ちたりしないでしょうね」
「いや、そんな生やさしいものじゃないようだね。耳を澄ましてごらんよ。いまのキミなら外の騒乱も聞き分けられるはずだよ」
そんなことはウロに言われるまでもなくやっている。けれど聞こえてくるのは大人たちの騒乱と混乱に満ちた声ばかり。
「違う違う。意識に魔力を込めるんだ。そうすればこの神殿ぐらいならひとりひとりの話し声が聞き取れるようになるさ」
なにそれ鬱陶しそう、とか、魔力を込めろとか言われても、とか零しつつ渋面をつくるアニーリャだが、耳を澄ますうちに段々と表情が険しくなる。
「え……? 襲撃……?」
断片的に、しかし徐々にはっきりと輪郭を帯びて聞こえてきたのは、「ゴブリン襲撃」の凶報。
「どうやら先ほどのキミの判断は正しかったようだね」
ウロの言葉も上の空。
細かく聞き分けていくうちにアニーリャの表情が青ざめていく。
ゴブリンの群れが襲撃してくると、誰もが口にしていた。
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