小さな大悪魔

……………………


 ──小さな大悪魔



 俺は少女を連れて輸送機の残骸を出る。


 後部ランプの外ではラルが廃棄された空の弾薬箱の上に座っていた。


「人間という奴にはいつも驚かされるよ。ときどき彼らは悪魔よりも残忍なんじゃないかって思ってしまう。そうじゃないかな?」


「どういうことだ?」


「その子だよ。人間も随分とおぞましいことしたものだ」


 ラルが感情の窺えない目で少女を見ている。


「検体だと聞いているが、何か分かるのか?」


「ああ。彼女は大悪魔だ。ただし、人類が作った人造の大悪魔だ」


「なんだって? 使ったってのか? 悪魔を?」


 俺はどういうことやらさっぱり分からなかった。


「恐らくは受精卵を加工したのだろうね。まず説明しよう。UNEが採掘に成功した地獄のエネルギーは君たちの科学では特定できない物質から生じるものなんだ」


 ラルが少女の方にゆっくりと歩み寄りながら語る。


「人間はそれを暫定的にゲヘナマテリアルと呼び、生じるエネルギーをゲヘナラジエーションと呼んでいる。人間の技術ではそれを科学的に加工することは難しい。だけど、抽出することはできる」


 少女がぼんやりと近づいてくるラルを見る。


「受精卵にゲヘナマテリアルを注入し、強いゲヘナラジエーションの影響下に晒した。そんなところだろう。そして、悪魔が誕生する。悪魔は地獄というゲヘナマテリアルに満ちた場所で生まれる。それを模した」


「ふうむ。そんなもので大悪魔が生まれるものなんだな」


「実際は何度も、何度も失敗を重ねたと思うよ。失敗したものは人間でも、悪魔でもない成り損ないの異形となり殺処分されただろう。それが残酷であることのひとつ」


「他には? 俺には大した問題じゃないように思える」


「どうやって人間が大悪魔を生み出すほどのゲヘナマテリアルを手に入れたのか。ゲヘナマテリアルがは地獄から採掘される。つまり、地獄への採掘抗を作らないといけない」


「おい。まさか京都に生じたデカいポータルってのは……」


「可能性としてあり得るよ」


「クソ。随分とデカいヘマをしてくれたもんだ」


 俺は悪態をつきながら託された少女を見る。


「なあ、お前さんの名前は?」


「デルタ-999。みんなそう呼んでた」


「工業用品みたいな名前だな。じゃあ、デルタ。沖縄に行くぞ」


「うん」


 俺はデルタを連れてワン大尉の待つ合流地点を目指した。


「ねえねえ。ボクは君のお姉さんみたいなものだよ。仲良くしようね?」


「知らない人。けど、似たような感じがする」


「それはそうとも。君と私は同じような存在だから」


 ラルがデルタとお喋りを始めた。


「なあ、ラル。俺も今じゃ悪魔みたいなものだろ。デルタと何が違うんだ?」


「君は人間という生命に悪魔の力が付与された。人間と悪魔が重複して存在している。君たちのサポートAIは悪魔が存在することから悪魔だって認識したみたいだけど、君はマリオネットなんかとは違う。あくまで人間の意志を有する」


「デルタは?」


「この子は完全に悪魔。人間が乗っ取られて悪魔になったマリオネットとは違うし、人間と悪魔が重複して存在する君とも違う。純粋な悪魔だよ」


「へえ。そいつがどうして人類の希望になるだろうな。敵を増やす結果になっただけもしれないってのに。その上、もう京都まで陥落しちまった」


 俺がぐちぐちも文句を言いながら廃墟となっている市街地を進む。デルタがいるので走るわけにはいかず、ODINに常に周囲を索敵させながら。


「ODIN。ワン大尉に繋げ。脱出準備をしておいてもらう」


『繋がりません。発信先が要請に応じません』


「通信障害か?」


『原因不明』


「クソッタレ」


 肝心な時にはいつだって装備は役に立たないんだ。


『警告。前方に複数の高脅威悪魔反応』


「おい。この先は合流地点だぞ。友軍の反応は?」


『検出できません』


 不味い状況が進行中のようだ。クソの山みたいなことになりそうだぞ。


「ラル。デルタを見ててくれ。俺は様子を見てくる」


「了解!」


 俺はデルタをラルに任せるとワン大尉の中隊が待っている場所に慎重に進む。「


「やられた。クソッタレめ。悪魔どもが」


 ワン大尉の中隊は壊滅していた。


 装甲兵員輸送車APCはほぼ破壊され、アーマードスーツも壊滅。恐らくは外周に配置していた戦闘用アンドロイドも全滅だろう。


 そして、寄せ集めの緊急徴集兵たちはマリオネットになるか、マリオネットになった戦友に食われていた。知性を失った兵士たちが戦友の腹を裂き、口の周りを血で染めて、死肉を貪っている。


「ODIN。生存者はいるか?」


『生体反応は検知できず』


「クソ。ODIN。熱光学迷彩起動」


『熱光学迷彩起動』


 姿を見られないようにして壊滅した中隊に向かう。


「マインドワームが1匹。中隊の壊滅はこいつのせいか」


 マインドワームは巨大なミミズだ。


 音も立てず密かに忍び寄ってきて強力な精神汚染を撒き散らす。トレーダーより強力な精神汚染とマリオネット化を招き、戦争初期の戦闘ではこいつ1匹で完全充足の1個師団が全滅したほどだ。


「ODIN。脳を高度保護しろ。通信は一切遮断だ」


『警告。脳神経活動に影響が生じます』


「承諾した。やれ」


 脳への影響を遮断するために生身の脳の機能を制限し、脳機能置換手術で機械化したもので対応する。悪魔は通信妨害を行うことはあるが、機械を乗っ取ることはこれまで確認されていない。


 こうなると思考に影響が出るが、俺は慣れている。


「マインドワームの他は……。おっとアシュラか。また面倒なのがいる」


 アシュラは6本の腕を持つ巨大な悪魔だ。こいつが面倒なのは人類が未だに実現できていないバリアって奴を展開する点である。


 そう、バリアだ。電磁バリアというものは一部の装甲戦闘車両AFVに搭載されたが、それらを援護す売る随伴歩兵に影響がある点で初期のアクティブA防護PシステムSと変わらない。


 しかし、アシュラのバリアは他の悪魔に影響せず、戦車砲弾からミサイルまで防ぐというとんでもない代物だ。


「オーケー。まずはアシュラを始末する。不意を打てばバリア展開前に殺せる」


 今の俺は機械の思考で行動している。


 ワン大尉が疑っていたように統合特殊作戦コマンドの作戦要員オペレーターは脳に外科手術を受けている。


 精神への影響を目的とした脳外科手術は、かつてロボトミーというものがあった。初期のロボトミーは失敗であり、精神障碍者に対する犯罪であるとすら言えた。


 だが、今の精神外科は脳神経科学の発展により、治癒が難しいと思われていた精神疾患の症状を驚くほど緩和できるまでに進化している。それでいて副作用というものはほぼ存在しない。


 統合特殊作戦コマンドの作戦要員オペレーターに行われた脳手術も似たようなものである。悪魔から受ける精神汚染を克服するために、脳機能を保護し、一部を機械のそれに置き換えてしまう。


 悪魔と戦うにはこれが必要だった。俺という個人の人格がどうなろうとも。俺は国ために戦うと宣誓した軍人なのだ。これは必要な犠牲として受け入れているさ。


「さあ、アシュラを始末しよう」


『通知。戦術オプションを提示。友軍装甲兵員輸送車APCの電磁機関砲が動作します。バッテリー、残弾に問題なし』


「いいぞ。そいつを使おう」


 俺はODINが無事だとマークした装甲兵員輸送車APCに近づき、強化外骨格エグゾの人工筋肉に物を言わせて口径25ミリの電磁機関砲を装甲兵員輸送車APC無人銃座RWSから強引に外した。


 マインドワームもアシュラも気づていない。間抜けどもめ。


「たっぷりタングステンの味を味わいな、不細工」


 TYEP301装甲兵員輸送車の口径25ミリ電磁機関砲は戦闘における火力不足を指摘されてきた。口径25ミリでは新兵がゴリアテやブルのような大型悪魔を殺しきれないというのが、使用する兵士たちの意見だった。


 だが、欠陥品というわけではない。既存の技術を使ってタフな造りになっている。銃身は電子冷却機能があり、連続射撃に耐えられる。それに使える弾薬はたっぷりだ。


 俺は電磁機関砲の銃口をアシュラに向けて引き金を引いた。


 弾種は徹甲榴弾APHE。アシュラの肉体を貫くと内部で炸裂する。SER-95より遥かに高い発射レートで放たれる機関砲弾。問題は反動が凄まじいってことだけだ。


「人間? いや、人間ではない! 悪魔ではないか!? 何故、我々を攻撃する!?」


「お前らが大嫌いだからだよ。死に腐れ」


 アシュラの展開するバリアは奴の手の数に応じるという分析結果がある。6本全てを使えば戦車砲弾を弾くが、3本や2本では弱い。


 つまり、まず狙うべきは奴の腕だ。腕に狙いを定めて機関砲弾を叩き込み、奴の腕をもぎ取る。6本の腕が瞬く間に3本まで減った。電磁機関砲の威力は抜群だ。


「おのれ! 裏切者め! 捻り殺してくれるわ!」


 アシュラが俺がいる装甲兵員輸送車APCに向けて進んで来る。そして、面倒なのはその先ほど吹き飛ばした腕がまた生えつつあることだ。


 悪魔の中でも高脅威のものは頑丈で、しぶといばかりか、自己再生すら行うのだから面倒くさい。さっさと潰さないと長期戦になれば弾薬が尽きる俺の方が不利だ。


「ODIN。近くに無事な装甲兵員輸送車APCは?」


『2台がバッテリーと駆動系が稼働可能。うち1台は兵装の使用も可能』


「システムに入って遠隔操作しろ。動くだけの奴はアシュラに突っ込ませて、兵装が使える奴はアシュラを滅多打ちにしてやれ」


『遠隔操作を実施』


 ODINが国連人類防護軍の装備システムに侵入し、稼働する装甲兵員輸送車APCを遠隔操作してアシュラを攻撃する。


 国連人類防護軍は非常時のために全ての兵器に遠隔操作を可能にさせていた。


 悪魔は今のところ、通信障害を生じさせることはあってもAIに制御される国連人類防護軍の装備システムをジャックしたことはない。


「さあさあ。さっさと死にやがれ、クソ野郎」


 遠隔操作される装甲兵員輸送車APCの電磁機関砲がアシュラを砲撃し、動くだけの装甲兵員輸送車APCは突撃していって体当たりした。


「忌々しい人間め……!」


 アシュラがよろめきながら進むが、砲撃は激しい。奴がくたばるの十分なくらい。


『警告。外部からの精神汚染の影響あり。影響は増大しつつあります』


「高度保護で対応しろ。生身の脳みそは使わなくていい」


 マインドワームがうねりながら精神汚染を仕掛けて来た。これが生身の人間ならば一発で発狂しているだろうが、俺たち脳みそは機械に置き換えられている。


「お前は本当に人間なのか……? この忌まわしい存在が……! 死ぬがよい!」


「クソ。マジかよ!」


 アシュラが巨大な腕で装甲兵員輸送車APCの残骸を掴むと俺の方に投げつけて来た。俺は電磁機関砲を投げ捨ててそれを躱し、装甲兵員輸送車APC同士がぶつかって激しい金属音を発する。


「オーケー。なら、白兵戦だ、デカブツ。脳みそふっ飛ばしてやるよ」


 SER-95を構えてアシュラに突撃。MK24熱式銃剣は取り付けてあり、ここで稼働させた。ナノテクの産物である非常に高い高熱に耐える金属で作られている銃剣が稼働とともに一瞬で高熱を帯びる。


「人間っ! 死ね!」


「てめえが死ね」


 スーパースプリント機能をオン。一瞬でアシュラに肉薄し、スライディングで足の間をすり抜け、後ろに回り込むと背後から飛び上がる。


「あばよ、不細工」


 銃剣を後頭部に突き刺し、ぐるりと回転させて抉るとともに大口径ライフル弾を連続射撃モードで叩き込む。徹甲弾APでアシュラの不細工な顔面がミンチになり、悲鳴を上げながら倒れ込んだ。


「マインドワームで最後だ」


『警告。複数の低脅威悪魔が接近中』


「マリオネットが残ってたか」


 マリオネット化したワン大尉の部下たちがSER-95の銃口を俺に向けて来た。流石の便利な092式強化外骨格でも口径25ミリの大口径ライフル弾には耐えられん。


「悪いな、同胞。死んでくれ。俺のために」


 俺はマリオネット化した兵士たちにSER-95の銃口を向けると連続射撃モードで的確にその頭を吹き飛ばしていく。マリオネット化した兵士たちは知能が著しく低下しており、銃を扱わせてもグレムリン以下だ。片付けるのは容易い。


『通知。低脅威悪魔の反応消失』


「今度こそ最後だ」


 マインドワームを殺すのは簡単だ。正気でありさえすれば。


 大口径ライフル弾をぶち込めば一瞬でミンチになり、それで終わり。


「ワン大尉」


 ワン大尉は抵抗したようだが、結局は発狂した部下に殺され、食われていた。SER-95で穿たれた銃傷と食いちぎられた首や腹の肉。


「この戦争はこんなのばっかりだぜ」


 俺にできることはない。ただうんざりした気分になるだけだ。


 なあ、ワン大尉。これが人間性の喪失だと思うか?


……………………

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