地上に地獄が広がり、悪魔たちが笑い、悪魔狩りの男が銃を握る。 ~地獄に侵略された地球で愉快な大悪魔ちゃんと一緒に悪魔狩りに行きます~

第616特別情報大隊

始まりの話

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 ──始まりの話



 2095年の地球はいろいろと行き詰っていた。


 1969年にアポロ11号が月面に着陸したときの人類は、きっと未来では火星や木星に植民しているだろうと思っただろう。


 ところがどっこい、2095年になっても人類は植民できたのは月と火星においてで、それも極めて限定的なものだった。こんな未来になっても相変わらず人類は地球で地面に這いつくばって暮らしていた。


 で、問題はといえばいろいろあった。


 慢性的なエネルギー不足、世界的な飢餓、新種の疫病の世界流行パンデミック、生物の大量絶滅と多様性の急激な減少。そんなこんなの問題だらけで、もう地球は限界に近づいていた。


 そんな中である巨大多国籍企業がエネルギー不足を解決するために研究を始めた。


 企業の名はユナイテッドUネクストNエネルギーE


 UNEの連中は無限に使える夢のようなエネルギーを開拓していると発表し、近々それが実現すると広報が何度も発表していた。それが実現すれば今の地球の抱えている問題の全てが解決するとも。


 連中が何を成し遂げたのか。


 連中がやらかしたのは最悪のことだった。UNEは無限のエネルギーを確かに手に入れた。ただし、連中は盗んだのだ。そのエネルギーは地獄から生まれるものだった。地獄からエネルギーを盗もうとしたんだよ。


 結果として地球と地獄が繋がった。


 今や地球は地獄から溢れるエネルギーで空は昼も夜もなく赤く染まり、生物はおぞましく変異し、そして血に飢えた悪魔どもが闊歩している。


 人類と悪魔の戦争は始まった時からずっと人類が不利だった。悪魔たちは強力な力を持っているだけではなく、人の精神を歪める。悪魔を前に兵士たちは発狂し、組織的な抵抗は崩れ去った。


「クソッタレ。またかよ!」


 俺は地上に向けて無様に墜落したパワード・リフト輸送機の残骸から這い出した。


 俺の名は天竜湊。国連UN人類HU防護PROFOR統合特殊作戦コマンド隷下第543特殊空中突撃旅団スカーレット強襲大隊所属日本海軍准尉。


「ODIN。兵装システムの自己診断プログラムを起動しろ。このポンコツの強化外骨格エグゾに問題はないか?」


『自己診断を実施。ユーザーが装備している092式強化外骨格に問題は発見できず。正常稼働しています』


「オーケー。で、ここはどこだ?」


『特定不能。人類完全放棄地域と思われます』


「最悪」


 軍のサポートAIの報告に俺は盛大にため息を吐いた。


『警戒。複数の低脅威悪魔の反応あり』


「ああ。いやがる」


 墜落したパワード・リフト輸送機から200メートルほど離れたところに大型猟犬のような悪魔が走り回っていた。通称ヘルハウンド。軍用犬を100倍厄介にした性能がある。


「弾はまだある。動いてくれよ、相棒」


 国連人類防護軍将兵に支給される標準S電磁EライフルR-95は口径25ミリの大口径弾を使用する携行型レールガンだ。将兵はこの生産性と整備性、耐久性が重視されたタフなSER-95を相棒にして悪魔を殺す。


 俺が持っているのはSER-95の特殊作戦仕様のもの。正式名称はSER-SOPMAX。


 だが、わざわざそう呼ぶ兵士はいない。銃身がカービンモデルなだけで他の規格は通常のSER-95と一緒だし、専用のサプレッサーと多目的熱光学照準器は壊れても支給されるのは数年後だ。


「気づくなよ。気づくんじゃない。失せろ、犬ども」


 俺がパワード・リフト輸送機の残骸に隠れて祈るのにヘルハウンドどもは他所に向かって走っていった。そして、そしてそのまま姿を消した。


「オーケー。運がいい。パワード・リフト輸送機がまた落ちたこと以外は。クソ!」


 パワード・リフト輸送機が作戦中に落ちるのは16回目だ。俺以外の作戦要員オペレーターが全滅するのも14回目。何で俺が乗るパワード・リフト輸送機はこんなに何度も落ちるんだ? 呪われてんのか?


「ODIN。最寄りの国連人類防護軍施設、また国連人類防護軍部隊からの信号はないか? 手当たり次第に調べてくれ」


『45キロ先に微弱な無線信号。国連人類防護軍のものと思われます』


「それじゃ、目的地はそこだな」


 俺はため息交じりにそう言って周囲を見渡す。


 荒れ果てた土地だ。かつては地方都市だっただろう場所で廃墟になった建物がいくつも並んでいる。人類が悪魔の侵略を前に住民とその資産ごと放棄して撤退した場所。


『警告。未知の悪魔の反応をたたたたたたた──』


「おい。どうした、ODIN? システムエラーか? 再起動だ。しっかりしてくれよ」


 ODINがバグった。畜生。


 悪いことがひとつ起きると連鎖的に悪いことが重なるというが、この友軍の支援など全く期待できない場所でサポートAIまでバグるのは最悪としか言えない。


「再起動。再起動を実施。クソ、マニュアルなんて覚えてないぞ」


 俺が国連人類防護軍共通の電子支援端末をガチャガチャと弄っている時だった。


「お兄さん」


 そこで不気味なほど場違いな少女の声が響いたのだ。


 すぐさま俺はSER-95を構えて声の方向に銃口を向けた。


「おっと! びっくり! ボクは敵じゃないよ。悪魔だけどね」


 そこにいたのは黒いフリルだらけのドレスを纏った12歳ほどの少女だった。


 濡れ羽色の長髪と血のように赤い瞳を有するあどけない顔。それがにやにやとチェシャ猫のように笑っている。


「クソ。お前、人間じゃないな?」


「言ったでしょ? ボクは悪魔だって」


 この少女からは悪魔の感触がする。人を狂わせる悪魔の精神的影響の感触だ。


「ボクはラルヴァンダード。大悪魔ラルヴァンダード。どうぞよろしく、お兄さん?」


「クソ野郎。俺を殺しに来たのか?」


「ねえ、ボクってそんなにおっかなく見える? 自分で言うのもなんだけど、ボクってとっても可愛いでしょ?」


「ふざけるのも大概にしろよ、悪魔が」


 人を馬鹿にしているようににやにやと笑いながら上目遣いに俺を見るラルヴァンダードと名乗る悪魔を俺は睨み返した。


 人類はまだ悪魔のことについて完全に理解が及んでいるわけではない。だが、一定の法則は見出した。それは見た目が異様なものほど高い脅威であるということだ。


 おぞましい見た目の悪魔はありふれている。醜いツラで鋭い牙があり、翼があり、肉食獣のような爪があるのはほぼスタンダード。


 だが、そうであるが故に“人間とほぼ変わらない”というのは異様すぎる。


「もう。フレンドリーにやりたいんだけどな。ボクはお兄さんに危害を加えるつもりはないよ。本当に。ただね。お願いがあるんだ」


「……なんだ?」


 こいつはヤバイと全身を流れる血が訴え、本能が働くが、恐らくSER-95の口径25ミリライフル弾ではこいつを殺せないと俺は判断した。


「今の状況は酷いものだってお兄さんも思うでしょ? 悪魔が地上を闊歩し、人間を狩って奴隷にし、家畜にし、玩具にしている。本当ならこんなことは起きるはずはなかったのにって、さ」


「ああ。心の底から同意する。今の状況はクソッタレだ」


「そうそう。くだらないただの悪魔風情が地上に出て、人間たちを苦しめるのを楽しんでいる。全くもって気に入らない。とても気に入らない。──そういうのはボクたち大悪魔だけの特権だって言うのに」


 ラルヴァンダードの言葉は俺の背筋をぞっとさせるのに十分だった。


 こいつはいつから地上にいる? UNEがやらかす以前からじゃないのか?


「原因は人間にあるというは事実ではある。君たちがUNEと呼んでいる組織だ。だけど、その裏には人間以外の思惑が働いていた。ねえ、お兄さん。この大惨事が起きてからUNEの重役たちがどうなったか知ってる?」


「さあな。そういや連中が処分されたって話を聞いてないぞ」


「それは当然。UNEの重役は悪魔の側に加わってる。彼らは人間たちを裏切ったんだよ。悪魔に人間の情報を渡し、彼らを招き入れ、彼らを支配者として据えた。そうやって自分たちも支配者としての恩恵を預かった」


「マジかよ。クソ野郎どもめ。ぶち殺してやりたい」


「そうするべきだね」


 心底むかついて思わず言うのにラルヴァンダードが分かったような顔をした。


「UNEは地獄との接続手段を知ってる。けど、この大惨事が起きた直後にUNEの本社施設を強襲した特殊作戦部隊は全滅した。悪魔に備えてなかったからね」


「そういうことはUENの本社施設を襲撃すれば、この事態をどうこうできるような言いぶりだな? そんなことは国連人類防護軍だって考えただろう。いくかの戦局では既に戦術核も使用された。爆撃しない理由はない。だろ?」


「これだけ世界が滅茶苦茶になってるのに核兵器が未だに使えると思っているの? 核兵器なんて悪魔には通じない。そして、地球と地獄を繋げている機械にもね。それを破壊するのは人間がその手で、自ら行う必要がある」


「UNEの本社施設は上海にある」


 ラルヴァンダードが語るのに俺が肩をすくめてそう返した。


「そう、ボクがどうすれば地球と地獄の接続を断つのか教えてあげるよ。君は英雄になれる。人類を救った世界一の英雄にね。男の人ってみんな英雄になりたいんでしょう? 君は特に軍人って人種だしさ」


「ふざけやがって、クソ悪魔が。だが、やれっていうならやってやるよ。このクソにはもううんざりだ。悪魔をぶち殺して、悪魔に従う連中をぶち殺して、悪魔どもを纏めて地獄に叩き返してやる」


「それでこそ! 流石はボクが見込んだ人間だ。獰猛で、命知らずで、残酷で、人を思いやる気持ちなんて欠片もない。よい兵士だね。だけど、だけどね。今のままでは悪魔に勝つことはできないよ」


「悪魔にSER-95が通用することが知っているし、精神汚染には脳神経介入型戦闘適応ナノマシンを突っ込んでる。何が不足だ?」


 SER-95の25ミリ高性能ライフル弾は悪魔を殺せる。そして、悪魔が生じさせる精神汚染については国連人類防護軍の技術部門が対策を講じた。


「足りないよ。これから君が相手にするのはもはやただの人間では倒せない怪物ども。君は英雄になるよ。しかし、人類ではなくなる」


 ラルヴァンダードがにたりと嫌な笑みを浮かべた瞬間、眩暈が生じる。


「クソ! 何をしやがった! 殺すぞ!」


「落ち着いて。必要なことをしているだけだから。君は悪魔を狩るものになるんだ。それは人間の身であっては成し遂げられない。古来より英雄というのはただの人間に非ず。神という名の上位者の血を引いている」


 眩暈が酷くラルヴァンダードのクソ野郎にSER-95の銃口を向けようとするも照準が定められない。やがて立っていることすらも困難になり、地面に膝を突いた。


「神とは宗教的な存在とされているが、結局のところ悪魔と変わらない。現実に面白半分に介入する上位者だ。であるならば、ボクもまた神であると傲慢に名乗ることができるだろう。そして、君は神の祝福を得る」


 ラルヴァンダードのくすくすと笑う声がする。


 意識が、意識が離れていく。


「──おはよう! お兄さん、ご機嫌はいかが?」


 目が覚めたとき俺は廃墟になった建物の中にいた。


「クソ野郎。俺に何をした?」


「言っただろう。必要なことさ。君はもう悪魔を恐れなくていい。立場は逆転した。悪魔が君を恐れるようになる」


「そうかい。そいつは最高だな。で、どうする?」


「決まってるじゃないか。悪魔を殺して、彼らを地獄に送り返す。始めよう」


 外から獣の叫び声のような音が聞こえた。悪魔だ。


「オーケー。ぶちかまそうぜ」


 SER-95を構え、廃墟の窓から飛び出す。


「人間! いや、もう既に人間ではないな。遅かったか!」


「死ねよ、クソ野郎」


 8メートルはある醜いツラの巨人型悪魔ゴリアテが斧を持って襲い掛かってくるのにSER-95の銃口を瞬時にそいつの頭に向けた。ナノマシン連動式熱光学照準器が導くがままに照準された銃口から口径25ミリ高性能ライフル弾が叩きだされる。


「おおっ! やはり人間ではない……! であるならば、その四肢を引きちぎり、腹を裂いて内臓を啜り、食い殺してくれるわ!」


「やってみろよ。その不細工なツラを見るのはうんざりだ」


 大口径弾で頭の半分が吹き飛んだゴリアテが斧を振るい、その刃を向ける。俺はそいつをスライディングで躱し、強化外骨格エグゾの性能にものを言わせて駆け抜けるとさらに悪魔の腹を銃撃。


「おのれ……! 人間であることを放棄してまで我々を殺したいのか!」


「てめえらが先に仕掛けて来たんだろうが。外来種風情が偉そうに」


 連続して悪魔の頭に銃弾を叩き込む。特殊作戦仕様のSER-95は全く銃声を発さず大口径弾を正確無比に連続発射できる。


「おおお……! この……化け物め……!」


 ゴリアテが倒れ、その肉体が気化したかのように消滅した。


「オーケー。すごぶる調子がいい。こいつはいいな。最高の気分だ」


「気に入ってもらえた?」


 ラルヴァンダードが今度は可愛らしい少女の笑みを浮かべて廃墟から出て来た。


「気に入った。このまま狩り尽くすぞ」


「それは何より。ようこそ、新しい世界へ!」


 そこで廃墟に残っていたガラスに俺の姿が映った。


 国連人類防護軍の特殊作戦部隊に支給される092式強化外骨格に覆われた俺の肉体とヘッドHマウントMディスプレイDが一体した高度軍用歩兵戦闘支援及び防護装備のヘルメットに覆われた俺の顔。


 その背後に蜃気楼のように赤い翼が生えていた。


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