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「・・・花崎、お前もう少し俺を立てるとか出来ないのか?」
「申し訳ございません・・・。」
「まったく、本当に可愛げのない女だな。
見てみろよ、ああいう女の子達を目指した方がいいぞ?」
営業部の部屋を通った時、女の子達の甲高い笑い声が響いてきた。
営業部の部屋、大きなガラスの扉から見えた光景に、私は眉をひそめる。
白昼堂々、会社の中で女の子の胸を夏の薄着の上からじっくりと触っている男・・・。
そんな男に女の子達は群がり、自分も触れと寄っていく。
嬉しそうな顔で、その男はまた違う女の子の胸を触っていく・・・。
「お前も、あんな女の子になった方がいいぞ?」
「嫌ですよ、会社であんなことをするなんて信じられません。」
「そんな可愛くないこと言ってるから、彼氏も出来たことないんだろ?
・・・おっと、これはセクハラ?ごめんごめん。」
こんな風に町田部長に言われるのは日常茶飯事で、もう何も感じることはない。
「とにかく、もう少し可愛くな?
そしたら、お前も藤澤に触ってもらえるかもな?
社内の女の子の胸を知り尽くした男が、まだ触ってない女って、お前有名だぞ?
じゃあ、とにかくソレよろしくな?」
さっき名波社長から渡された書類に目を落とす。
私の書類と、もう1枚・・・。
上半期の社長賞を選考するため、各部門から吸い上げたデータを元に、人事部が作成した資料。
もう1枚の資料の名前を見る・・・
藤澤 修平(ふじさわ しゅうへい)
今年の1月に入社したばかりの、今年31歳。
入社した直後から彼が担当する店舗は軒並み売上を伸ばし、入社半年の上半期の時点で他の営業を大きく引き離した。
そんな凄い男が・・・
あの、営業部の大きなガラスの扉の向こうで、女の子達の胸をまだじっくりと触っている。
私が書類選考をし、町田部長と一緒に面接をし・・・
町田部長が大反対する中、私が社長に掛け合ってでも入社させた男。
持っていた書類に目を落とす。
履歴書の写真を元にプリントされた顔写真。
その写真の中で、あの男が爽やかに笑っている。
名波社長は、私には見る目があるとよく言ってくれる。
でも、私は見る目がないから・・・。
見る目が全然ないから・・・。
だから、ちゃんと見ないといけない・・・。
ちゃんと、見ないと・・・。
営業部の大きなガラスの扉の前に立ち、私は扉を開ける。
「藤澤さん。少しよろしいですか?」
椅子に座り広げた足の間に女の子を立たせ、両手で胸をじっくりと触っている藤澤さんがパッと私の方を見た。
「花崎さん!!!」
爽やかな笑顔で私に笑い掛け、私の名字を呼ぶ。
その瞬間、女の子達がサッと彼の周りから散っていく。
「お話がありますので、少しよろしいですか?」
爽やかな笑顔で立ち上がった藤澤さんに、女の子達がまた寄ってきて藤澤さんの身体にまとわりついた。
「私達~、別に嫌じゃないので。」
「そう、これも仕事の1つっていうか。」
「着けてみて、触ってみて、触られてっていうか?」
「うち、ランジェリー会社だし。」
会議室の中、テーブルを挟んで向かい側に座る藤澤さんを見る。
面接の時以来、藤澤さんと話すのは初めて。
勿論、こうやって視線を交わしたことも。
爽やかな笑顔で私を見ていて、それを無視するかのように一旦視線を書類に落とす。
「上半期の社長賞、藤澤さんに決まりましたので。」
私の言葉に藤澤さんが驚き、爽やかに笑った。
「受賞式の時に何を言うか、考えておいてください。
それだけです、ありがとうございました。」
私が椅子から立ち上がった時・・・
「それ、いつ発表されるの?」
と・・・。
入社半年の藤澤さん、社内のこともまだそこまでよく分かっていない状況なのに、説明不足だったと反省した。
私は椅子に座り直し、藤澤さんを見る。
「明後日です。上半期の打ち上げパーティーで発表されます。」
「明後日・・・か。」
藤澤さんはテーブルの一点を見詰め、少しの間黙っている。
そして、顔を上げた・・・
その目は、希望で満ち溢れている目・・・
そんな目で、私を見詰める・・・。
「花崎さん、俺を選んでよかった?」
そんなことを、聞かれた・・・。
私は、藤澤さんが普段行っている女の子達への行動を思い返す。
でも、あれはちゃんと藤澤さんなりの調査だとも分かっている。
私を見詰める、この希望で満ち溢れた藤澤さんの目を見返す。
そんな目に、私は少し笑った。
「藤澤さんなりに一生懸命働いていることは、とても良いことだと思います。」
椅子から立ち上がり、扉に向かう。
扉を開ける瞬間・・・少しだけ止まり藤澤さんを振り返る。
「選んで良かったかと聞かれると、それはどうでしょう・・・。
あまり問題にならないよう、女の子達への対応には気を付けてくださいね?」
そう伝え、会議室を出た。
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