Day13 誰への宣告
宣戦布告についての会議から数日後、城内は騒がしくなっていた。そんな中真緒は一応続けていた訓練を続行不可能と考えて手持ちぶさたに、自室で無為な時間を過ごしている。
そんな環境で過ごしていたためか普段は行わない夜の散歩に真緒は出かけていた。
夜の城内は光の届かないところも多く、ただの人間である真緒にとっては視界が悪いため夜には部屋からでないようにしていた。
夜の城内は普段なら静かなものだろうが、今の城内は静寂とはいえない状況だ。まばらな部屋の明かりはともっており、暗い廊下を行き来する影は少なくはない。日の出ているうちは比じゃないほど往来があるため真緒にとっては廊下を歩くのも一苦労であり、それも今回の夜の散歩を決行する要因となった。
ひそひそとした話し声や人の動く音を避け、できるだけ静かな場所へと向かっていた真緒がたどり着いたのは庭のような場所だった。ような、と断定することができなかったのはそこには緑の壁しかなかったからだ。開けた空間があるはずなのに外から確認できる限りでは緑の壁が外郭を覆っているせいで本当に開けた空間があるのかすら疑ってしまう。生け垣などの迷路にしては植物は不規則に延びており、高さもあるため中の様子はほとんど見えない。
緑の壁にはひっそりと切れ目があり中に続く小道への入り口が開いていた。真緒は壁から飛び出す植物に気をつけながら小道を進んでみる。中は暗いのかと思ったが壁の高さには限りがある上に天井もついてないためある程度自然の光が入り込む。しかし自然の光のみでは考えられないくらい内部は明るく、よく観察すると小道を造る両脇の壁にちりばめるように生えている色とりどりの花がかすかに発光しているようだ。
すこし進むとガゼボが建っていた。建物の天井には光源があるらしく明るくなおり、ガゼボに人影がいることが見えた。
真緒はその影をみてはっとして足を止めた。
「……」
「何か言いたいことでもあるのか」
真緒がどうするべきかと佇んでいると魔王のほうから声をかけた。魔王はこちらを見ることもなく生い茂る緑を眺めるように遠くを見ていた。
「あー、えっと」
なおもはっきりしない真緒の態度に魔王はすいっと腕を上げ自身の対面の席を指さした。真緒もその意図をくみ取り少し戸惑った後示された場所に座る。
「……」
「……」
沈黙。先ほどまで真緒が探していたものを完璧に表したような痛いほどの静寂。真緒は特に目的もなく気晴らしとして散歩を始めて魔王に会うとは思っていなかっため特に話題はない。魔王の方も真緒がここに来ると考えて待ち伏せしていたわけでもないらしく特に会話が弾むこともない。
「いい、うん、いい庭だ」
「手入れもされていなくて延び放題の植物が蔓延る庭を“いい庭”といえるのなら、いい庭だね」
目に入るものは緑ばかりでどうにかひねり出した話題ですら魔王の興味のない声に一刀両断される。どうやらこの庭は前衛芸術の類ではないことだけはわかった。
「でも、殆どのものが寄りつかないから一人になるのにはちょうどいい」
魔王の嫌みにふてくされる真緒をよそに、魔王が目を閉じている。
先ほどまでいた城内とは全くことなる完全な静寂。今の場内では珍しく静かな場所ではあるが、ほかの生き物の音さえしないことにすこし不気味さ真緒は感じた。
「まぁ、この辺の植物には毒性があって、その上毒をまとった蝶までくるんだからよりつく者も少ないだろう」
「はぁ!?」
真緒は驚いて立ち上がり周囲、小道、そして魔王をあたふたとしながら順繰りに見る。魔王は怪しい笑みを浮かべていた。
「……ふっ、あははっ」
しばらくすると魔王は怪しい笑みを崩して声を上げて笑い出した。
「そんなに慌てなくても傷口に葉や植物の断面でもこすりつけない限り大丈夫だよ。まぁ、先ほど通ってきた道で傷を作っていれば話は別だけどね」
魔王の指先がくるりと円を描き真緒の全身を指し示す。それを聞いて真緒は全身を調べてみるが真新しい傷は見あたらなく、安堵と共に脱力して座り込む。
「ただ、今はいないけど蝶の方は鱗粉にも毒があるから気をつけるといい」
魔王の忠告を聞きながらこの場所には二度と来ない方がいいのではと真緒は考えていった。
ちらっと魔王の方を見ればくふくふと笑っている様は自分と同じような普通の人間に見えた。
真緒をこの城に連れてきて滞在する理由にもなった魔王であるが、しっかり話をしたのは片手で数える程度しかない。その数回のほとんどにおいて魔王と呼ばれるにふさわしい威厳のある姿を目にしている。しかし今の魔王はそのときとは違っていて、最初に城にきたときの真緒をからかった魔王と似ていた。
この城で魔族と過ごすことになってからそれなりに経ってふとしたとき、そして最近は忙しさからより多くの感情をかいま見ることがある。それらは姿形の違うものが多い中で自分と同じような生き物であることを真緒に実感させた。
会議の後に出会った魔族のように多くの人がこの作戦に対していろいろな思いを抱いている。多くは怒り、焦り、そして恐怖など負の感情を抱えながら行動している。
その中心にいるのがこの魔王なのだ。今目の前で見せている顔にどれだけ親しいものを感じようとも、魔王は魔族を引っ張っていく存在だと本人も言っていたように。
「あのさ、これからどうなるんだ?」
ためらいながら切り出す。ちらちらと魔王を伺った。
「何が?」
以前も似たようなやり取りをした思い出がよみがえり真緒は顔をしかめる。
「そりゃ、あの都市に連れ去られたっていうひとたちに対してだよ」
過去の教訓を生かしてすぐに具体的な内容を提示する。
「君には関係ない話じゃない?」
ただ淡々と返された。特に茶かすでもなく当然のことのように。
「だって、それは」
自分もここに住んでいる以上は関係あるだろうといいたかったが、言葉が出てこずのどが詰まる感覚だけが残る。ここにすむようになったからといって自分は魔族ではないし、ましてやこの世界の人間ですらないのだ。関係ないと断言されても言い返す言葉もない。
しかしだ。
「ここにいる魔族たちにとってはあんたが魔王で、魔王を」
真緒の言葉が中途半端なところで途切れた。
魔王の方を見た瞬間、背筋に冷たいものが通る。笑みも怒りも呆れも、何の感情も浮かばない表情だった。何度か感じた威圧感とは全く異なる、未知のものへの感覚。
「そうだね、ワタシは、魔王だから」
その瞳は真緒を映してはいない。この庭で最初に遠くを見ていたときよりも、もっと遠くを見ているようだった。
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