第12話

僕は眼前にそびえる日本アルプスを眺めながら諏訪インターチェンジへ向かい、そこから県道40号に乗った。高速を降りると、長く続いた緊張から解放されてようやく一息つくことが出来た。久しぶりの運転で高速を走るのは、中々しんどいものである。僕は窓を下ろして右ひじをかけると、吹き込んでくる風に体を預けた。


県道40号は、まさにドライブのために作られたような道だった。山沿いに2車線の道が続き、反対の側には森の木々が生い茂っていた。僕はツーリングのグループの後ろについて、のんびりと車を走らせた。彼らは仲良く隊列を組んで、どこかへ向かっているようだった。こんな道をツーリングしていたら、さぞかし気持ちが良いことだろう。


しばらくの間山々を眺めながら走っていると、そのうちにツーリングのグループは居なくなっていた。彼らはどこに行く途中だったのだろうかとぼんやり考えていた時に突然、目の前の視界が開けた。急な斜面の山々は消え、その代わりになだらかな起伏が広がっていた。そして気が付いた時には、僕はもう霧ヶ峰高原の中を走っていた。


その変化はあまりにも突然で、僕はまるで夢の中にいるような気持ちになった。目に付いた駐車場で車を降りて外に出ると、そこには美しい景色が広がっていた。太陽の光を受けた緑の草が一面に生い茂り、辺りには黄色とオレンジの中間くらいの色をした可憐な花が咲き誇っていた。それは何だか現実感を欠いたような光景だった。僕は言葉を失って車のドアに手をかけたまま、呆然とその美しい光景を眺めていた。それからどのくらいそこに立ち尽くしていたのか、はっきりしない。その時の僕はただ時を忘れて、ずっと目の前の景色を眺めていたかった。そんな気持ちになったのが一体いつ以来なのかすら、上手く思い出せなかった。きっと僕は、都会の機械的な街並みに慣れすぎてしまっていたのだろう。


ふと、自分はなぜこんな所にいるのだろう、と思った。頼まれた訳でもないのに、僕は10年も会っていない高校の同級生を探して、長野の高原の中で立ち尽くしている。


遠くの方で、10代のカップルがはしゃいでいた。2人の姿は夕日の温かい日差しを受けて、キラキラと輝いていた。彼らは自分たちが輝いて見えていることなんて、全然気付いていないだろう。でも大人になって思うのだけれど、あの一瞬だけ僕たちは、永遠に失われることのない何かに近づいていたのだ。もしかしたら自分はあの儚い輝きを追い求めてここまで来たのかも知れない、とその時僕は思った。高校生の時に誰もが持っていたはずの、あの儚い輝きを。緑川さんは卒業文集を通じて、僕にそのきっかけを与えてくれたのかも知れなかった。そう考えると自然に胸が熱くなった。

カーステレオからは、浜崎あゆみの「Seasons」が流れていた。そのメロディーを聴いた時、僕の心は切なさと懐かしさでいっぱいになった。


そのあと、僕はあてもなく姉の青い軽自動車を走らせて、緑川さんのアトリエを探していた。しかし霧ヶ峰高原に来るまでにだいぶのんびりしていたせいか、日は思っていたより早く落ちて、夕闇があたりを包んだ。その時に初めて気が付いたのだが、広い高原で暗闇の中、緑川さんの小さな家を探すのはほとんど不可能に近い事だった。そこで僕もさすがに諦めて宿を探すことにした。夏休み期間だから当日の宿を探すのは難しいという予感があったが、手当たり次第に電話をかけていたら近くに一件空きのある宿があった。僕はハイビームの光を頼りに、その宿へと向かっていった。

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