第11話

八王子から中央道に乗った後、僕は姉の車を快調に走らせていた。お世辞にも加速が良い車とは言えなかったけれど、100km以上で飛ばす必要があるような用事でもなかったから、それで十分だった。空は相変わらずの快晴が続いていた。僕は適当にラジオをつけて、流れてくる会話に耳を澄ませた。


ラジオでは男のDJらしき人物と女性アナウンサーが、リスナーから送られてくる夏の思い出を読み上げて感想を言い合っていた。DJは1つのエピソードにつき1回は冗談を言わないと気が済まない男らしく、女性アナウンサーはその度に笑っているのだが、途中から段々面倒になってきたのか乾いた笑いに変わっていた。


「それではここで、リスナーからの曲のリクエストのお時間です。」とホッとしたように女性アナウンサーが言い、スピッツのロビンソンが流れた。曲が始まるとそのメロディーは、まるで雪解けの後の春の川のように自然に僕の心の中に流れ込んできた。たぶん今までの人生の中で100回以上は聴いていると思うけれど、何回聴いても初めてのような感覚になる曲だった。どんな風に生きてきたらこんな深みのある曲が作れるのか、全くの謎だ。そしてこんな天気の良い日に高速を走っている時に聴くと、いつもよりさらに素晴らしい曲に思えるのだった。


僕は曲を口ずさみながら、目の前に広がる緑の山々を眺めた。一人でこんな風に自然の中を走っていると、何だか不思議な気持ちになる。世界でたった一人になったような気持ちで、孤独なのに、それがどうしてか気持ちがいい。そしてこうやって曲が流れていると、まるでその歌手やバンドが自分ひとりだけのために歌ってくれているような、そんな気がしてくるのだ。その瞬間、僕は確かに、この世界とつながっている。


そのうちに少し疲れてきたので、僕は双葉サービスエリアに寄って休憩することにした。夏休み期間らしく、サービスエリアは家族連れでごった返していた。

コンビニで腹ごしらえしてきたのでまだ空腹ではなかったが、せっかくなのでフードコートに寄り、ざるそばを注文した。そんなに期待していなかったけれど、実際のところ中々旨かった。僕はのんびりとそばをすすり、お茶をぐびぐびと飲んだ。


店を出るときに見えたソフトクリームの誘惑に耐え切れず、姉の青い軽自動車に寄っかかりながら食べた。日差しが強いせいで、ソフトクリームはどんどん溶けてきて、持つところの紙とか僕の手を濡らして行った。そういう意味で、ソフトクリームを食べるときは常に時間との勝負だった。

食べ終わった後も僕はしばらくの間、サービスエリアを訪れた人々や車を眺めていたが、やがてまた姉の車に乗り込んだ。目的の霧ヶ峰高原はもうすぐだ。

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