これはとある物語のプロローグ
「……んー」
微睡む時間を、つい満喫してしまう。目を開けて、自分の部屋で。これは嬉しい。ベッドから立ち上がって、私は体がふらついた。向こうでの一年、私は原因不明の昏睡で、入院をしていたらしい。おかげで、体力は低下。退院するまでにリハビリが必要だった。学校への通学許可が下りたのが、昨日だったりする。
(……今までのこと、夢じゃないよね?)
でも肩に乗るアルを見れば、一目瞭然で。私は、ゆっくりと階段を下りた。
「おはよう……」
「おはよう、櫻」
お母さんと挨拶を交わす。お父さんは、もう仕事に行っていない。幼なじみの庚君は、かなり前から、私の家には寄らない。一年も入院をしていたら、友達が私のところに来るはずがない。
想像していた通りの、平常運転。
「……庚君、来ないわね」
「そうだね」
当たり前だよ。男の子と女の子は、この時期、色々あるんだ。彼だって、保育園が一緒というだけで、セットで見られるのはイヤだろう。そして私は、男の子の姿をみるだけで、アスのことを探してしまう。
私はトーストを囓る。
ずっと食べたかった味なのに。
魔物肉と野草を煮ただけのスープなんか、もうたくさんって思っていたのに。今じゃ、あの味の方が懐かしい。
「庚君、入院中はあんなに来てくれたのにねぇ――」
「あぁぁぁ!」
「え? なに桜花?」
「な、なんでもない、なんでも!」
見ればアルが、私のトーストを食べきってしまっていた。アルの姿って、お母さん達は見えないんだよね。
もう一枚、トーストを追加することにした。お母さんから【成長期認定】された私だった。決して大食いじゃない。
■■■
どうせ、庚君はおなじみのお友達と先に行く。
そして私は、人混みが苦手だ。
どうせなら、静かに行きたいと思った私は、早々に家を出た。
プリントを見ながら、一番乗りで教室に着く。進級して、すでに一ヶ月が経過。もう色々な人間関係ができあがっている。これはきっと間違いない。
私は、本を読む。
ブックカバーをかけているが、私が読むのはラノベ。一年間のブランクを挽回しようと、買い漁っては読みふけっている。ネット小説にしてもそうだ。最新話しか通知してくれないカクヨムは、未読がたまると本当に大変。最新情報に追いつくのに必死な私は、友達がどうこうと不安になっている余裕はない。むしろ、助かる。
少しずつ、クラスメートが登校してくる。
賑やかに話に花を咲かせる。
そのまま話を続けてくれたら良いのに。
私を見て、いちいち会話を止めるのやめてくれないだろうか。
そして、また話を戻す。
何事もなかったかのように。
――だれ?
――転校生じゃないよね?
――ほら……ずっと入院してた……。
――あぁ、例の……。
異物感が強いなぁ。でも、この感覚はむしろ懐かしいと思ってしまう。やがて、笑い声や喧噪にまぎれて、私に対する関心まで消えてしまった。
そのタイミングで、庚君達も入ってきた。
金髪や茶髪の子と一緒に。
中学になってから、彼らとつるむようになって廉君自身も変わった気がする。
と、庚君の目が大きく見開くのが分かった。私は本に目を落とす。彼には彼の世界がある。私は私の世界に浸る。悪役令嬢に手を差し伸べる王子様。別に私は悪役令嬢でも何でもなかったけれど、最終的には物語から追い出された。物語はハッピーエンド。私はただただ、リアルな現実へのエンドが待っていた。ただ、それだけで。ただ、しおれだけのことと言い聞かせる。
チャイムが鳴る。
ぱたん。
私は、この現実に向かい合うべく、本を閉じた。
■■■
「まずは榊原さん、退院おめでとう。本当に登校できてよかったわ」
先生の言葉に、拍手がパラパラと鳴る。榊原櫻、それが私の名前だった。一年近く学校に登校できなかった私は、みんなの関心が浅くて当然だと思う。
「それじゃ、お待ちかねの転校生の紹介をしましょうか」
前座はおしまい。まるでそう言わんばかりで。先生に悪意がないのは分かる。彼女自身、私とどう接して良いのか分からないのだろうし。
「入ってきて」
先生の言葉に、足音が響く。
(え?)
私は口をパクパクさせるのが、やっとだ。
うちの中学校の制服に身を包んでいるのは当たり前として――。
銀の髪。
ラピスラズリを思わせる、青い瞳。
陶器を思わせるくらいの素肌。
(ウソ、ウソだ……)
思わず、唾を飲み込む。もう会うことはないと、諦めた人が、別世界で、同じ教室にいるのだ。気が動転した私は、きっと悪くない。
「アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスターです、今日からよろしくお願いします」
静寂。
そして間髪入れず、その静けさを突き破る歓声。主に女の子達が熱狂して。男子は、その声にゲンナリとした顔を浮かべていた。
世界には、自分と同じ顔をする人が三人はいるという。そういう意味じゃ、この地球にも、アスと似た人がいてもおかしくない。同姓同名でも。きっと、うん――。
「ウィンチェスター君は、ご両親のお仕事の都合で日本に来ました。もともと日本文化に造詣が深いとは聞いていて……でも日本語上手よねぇ」
先生、感心している場合じゃない。そして先生の話なんか、まるで耳に入らないかのように、クラスメートは、アスに――よく似た彼に声をかけるのに必死で。
と、彼があきらかに私に向けて、ハンドサインをして見せる。
――よろしくね。
彼は満面の笑顔のまま、宙を指でなぞる。
緑色の光。
ウィンチェスター王家の血筋である魔力色を、さも当たり前と言わんばかりに弾けさせて。
私はただ、口をパクパクさせるしかなかった。
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