詩「残光」
有原野分
残光
窓辺の籐椅子
背もたれの曲線は
わたしの体をさらっていく
夕暮れのように、
黄金色は
死を想う。
黄昏、
その一切れの写真に写る
忘れてしまった誰かの顔に、
黒いモヤが今日も晴れやしない
きみはだれだ
きみはだれだ
きみはいったいだれだったのか。
思い出せない言葉すら
思い出とよぶのならば
はたして生きるということは
なんのための思い出なのか。
不幸と幸福の
有機的な実験の果てに
真の故郷をさまよい探すことに
懐疑的な人生など
いったい誰が懐かしめるのだろうか。
死について思え、
ただ深く
誰の顔すらも分からないままで、
死について
ただ深く
ただ悲しくあれ、
無駄であれ
死を恐れる心を
受け入れるために
生きてきたのだと思うから。
窓から差し込んでくる
光
猫の温もり
ひざの上の手
重ねてあった
きみの手のひら
刻まれていくしわ
口数は減って
重たく
時間は少しずつ
冷たくなっていく
うつらうつらと
夢を見た
出会った頃の
若かりし
二人の夢
草木に囲まれた
狭くてもいい
子供の声が響く
庭先で
空を眺めたい
深い青
海のような
その向こう側に
誰かが呼んでいる
そんな気がして
目を閉じる
臆病なのは
わたしだったのだ
間際になって
いつも往生際の悪い酒飲みだ。
間違っていた
そんな気がいつもしていた
罪悪感、
虚空の存在感
父に叱られた記憶と
母のあたたかさが
蒸発していく、
それは淡い期待だ
もう一度会いたい
誰に
お前だ、
お前の
言葉に
もう一度出会いたい。
さようなら
この言葉の本当の意味を
わたしはようやく知ったように思う。
だから聞こえないふりをする
ありがとうと
つぶやくきみの横顔に
わたしを見つけられたくなかったから。
最後まで
背筋を伸ばして
会いに行くよ。
海の見える丘
その傘の下にある
一輪の野菊だ。
喧噪はときに華やかに
静寂はときに凶器に
揺れ動き続けたわたしの心はようやく凪いでいくのだろう、
人はみな自然の中にいかに溶け込むのかを考え続ける生き物なのだから
だからわたしはあなたの横顔を思い出す。
晴れた
雲の切れ間から
田舎言葉のように
甘い風が流れゆく。
あとわずかの現世に
振り返る永遠の追憶は
頭は回転を緩やかに
そして健やかに冴えていく。
わたしは決して死にはしない
きみが生を受け入れていたように
私も死を受け入れるだろう。
それは孤独
そして橋だ
海を笑うための、
残光、
その影に落ちていく空の片隅から燃えている小さな小さな林檎の色彩はいまでも鮮
明に、
誰かの足元で、
輝いているように。
詩「残光」 有原野分 @yujiarihara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます