第32話★実兄たちの苦悶

月夜会は衝撃的に幕を閉じた。

キャパシティーを超えたエリーは、わかりやすく悶絶し、挙動不審になったのをディーノが羽交い締めにし、ハイドが帰宅の手配をするなか、ロタリオはアーノルドと見つめ合っていた。

モノ言わぬ視線を交差させて何を語るのか。それは当人同士にしかわからない。



「エリーのこと、弄びやがったら許さねぇぞ」



転移魔法で即刻帰宅するつもりなのだろう。それともケラリトプスの背に運ばれて帰るのか。どちらにせよ、ロタリオとディーノは、アーノルド王子の言葉を信じるつもりはないようだった。

それは、エリーを愛してやまないマトラコフ伯爵家の面々も同じ。



「どういうことですか!?」



書斎にいる父親の元へ、朝から特攻をかけてきたのはカールとリックとハイドと、それからリリアン。家族勢揃いに加えて、執事のセバス。レリアは何も手につかない腑抜けのエリーの世話に忙しい。



「父上、説明を求めます」


「いやいや。カール、説明が欲しいのはオレも一緒なんだけど?」


「見損なったよ、父様。僕がどれだけ裏でエリーの情報を送ったか、まさか忘れてないよね?」


「待て待て待て。リック。どこへ行く。なぜ、オレのエリーたんコレクションの場所を、うぉおぉ、待て、それはダメだ」


「父さん、アーノルド王子と婚約させるって嘘だよね。エリーが他の誰かに奪われるとか許せない」


「そうはいってもな、ハイド。これはたぶん、歴史補正の力が働いていて」



三つ巴ならぬ四つ巴。男たちは団子状態ともいえる至近距離で、わーわーとエリーの行く末について口論している。

父親は知らないの一点張り。

そんなことはありえない。貴族同士の婚姻関係は、家が絡む。両家の承諾無しには成り立たず、親の承認があって初めて、正式に受理される。



「エリーたんに婚約の話しは、生まれたときから山のようにきてるんだ。キミたちだってそれくらい知ってるだろう?」


「それは知っています」


「欲望だらけのやつらからのね」


「父さんは、エリーは誰にも嫁にやらないって言ってたのに、酷いよ」


「だから、オレも知らないんだって、大体、エリーたんと王子の婚約はまだ一年先のはずだし、婚約破棄だって、そこから六年で」


「婚約破棄ですって!?」



それまで黙っていたリリアンが、持っていた扇子を閉じて、手の平で叩く。この音はマトラコフ邸で恐れられている音のひとつで、マトラコフ夫人のご機嫌を測る物差しのひとつでもある。

いまの音は「黙れ」の合図だったのだから、男たちは全員、沈黙を守った。



「エリーは王家に嫁いでも何らおかしくない子です。本人が望んでいるのですから、よろしいではありませんか。あなたが腑抜けている間、わたくしが取り持ちましたわ」



こういうとき、親子の表情は似るものなのかも知れない。リリアンは夫と息子たちの顔を瞬きで打ち砕くと、わかりやすい息を吐いた。



「先日、王家へ婚姻を希望する書類を送付しました。無事に了承を得られてなによりです」


「どうしてそんな勝手なことを」


「あなたに言われたくありませんわ。わたくしに相談もなく、エリーの教育方針を変え、専属騎士まで決めてしまったくせに。あの子はもっとまともな子でしたのよ。それが、今では、ゴンザレスだのケラリトプスだの魔獣に魅せられるわ、ロストシストと仲良くするわ。研究所に通うだけならまだしも、苺を育て、お菓子を作り、この間、愛らしい顔で『キルの寝床を作っていますの』と、泥だらけで使用人に混じっているのを見たときは、思わず倒れそうになりました」


「健康的でいいかなって」


「だからです。あの子はただの貴族ではありませんのよ。この、マトラコフ家の、あなたとわたくしの、大事な一人娘です。あなたがそんな調子では、あの子の未来は没落です。そんなわけで、わたくしは王家に婚姻関係を希望する旨を伝えました。アーノルド王子と婚約させれば、少しはエリーもまともになるでしょう」



完全に父親の敗北を目の当たりにした息子たちの目は冷たかった。

仲が良く、絵になる両親二人は、どこへいっても羨望の目で見られるが、こういう一面は家族でしか見られない。見たいかどうかと聞かれると、両親の喧嘩など誰も見たくはない。しかし、これは大事なエリーの将来がかかっている。

真相を知れたいま、息子たちが父親に構うわけもなく、三人そろって母親に謝罪している父親を置き去りに、部屋を出てきた。



「久しぶりにあの母上を見た」


「母様は綺麗なだけに怖いんだよね。エリーにならいくらでも怒られたいけど」


「兄さんたちは、この結果でいいと思う?」


「んー。俺は母上がエリーの将来を思って決めたならいいとは思う。エリーもアーノルド王子が好きだし、本人は喜んでるだろ?」


「まあ、カール兄様は将来王家に出入りするから、エリーと会える可能性があるものね。ボクは、エリーの盗撮を王家でもさせてもらえるなら有りかな。盗聴くらいはエリーを丸め込めばいいけど、盗撮は難しい」


「リック兄さん、変態過ぎていい加減捕まるよ。ていうか、エリーがアーノルド王子と抱き合ってるのを見るとか、耐えられない。無理だ」


「ハイドはエリーが好きだからな」


「どっちが捕まる変態なんだか。なあ、ハイド。エリーは妹で、この国は近親婚が禁じられている」


「五年前からね。五年前までは普通に結婚してた。だから、エリーが三歳のときに誓ったんだ。結婚するって、それが、あの王子に」



端整な顔を歪めて、悔しそうな顔をするハイドをカールもリックも見ないふりをする。ハイドがいうように、シャルムカナンテ王国は五年前まで近親婚が認められており、兄弟で結婚する例は珍しくない一般的な話だった。それが五年前、法律で禁止されてしまったときの衝撃は、なにもハイドだけが感じたものではない。

受け入れることが可能か、どうか。未だに婚約者を決められないカールとリックを見る限りでは、彼らもエリーに特別な感情を抱いていたのだと伺い知れる。

それを知ってか知らずか、父のヒューゴは息子たちに婚約者をあえて決めなかった。



「好きになれる女性を探しなさい」



その言葉の意味を噛み締めて過ごしてきた日々は、五年もの歳月をかけて、気持ちにふたをさせてきた。

エリーの成長を感じるたびに胸が軋む。歪んだ方向へ暴走してしまえば、いつか取り返しのつかないことになると知っていながら、彼らの憂いは続いていく。

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