第30話★誘拐されましたわ

真っ黒の髪に赤いドレス。目立つ色の代表的なエリーでも、様々な色が溢れるパーティー会場では、思うほど浮いていない。周囲の視線にさらされることは、生まれてからエリーにとって日常であり、今夜が特別見られているかといえば、そうでもない。特に今夜は国中から数百人の貴族たちが招集されている。

赤を始め、黄色も黒も青も緑も紫も橙も、目が痛くなるほど溢れかえっている上に、お城の壁は金銀オーロラ、煌めきを助長させる色が反射している。



「ごきげんよう。リリアン様」


「おう、ヒューゴ。ようやく顔を見せたか」



などと、両親は早々に挨拶回りに忙しい。対して兄は兄で、色恋目当ての女性陣に取り囲まれていた。



「カール様、わたしとダンスを踊ってくださらない?」


「ずるいですわ。最初に声をかけるのは私だと、先ほど決めたではありませんか?」


「そうでした?」


「リック様、あちらでお話を聞かせてくださらない。この間の論文を拝見しましたの」


「それなら私も聞きたいですわ。リック様のお話を聞けるのでしたら、特別室をお取りしますわよ?」


「ハイド様、ごきげんよう。休暇は楽しまれて?」


「学園がお休みに入って、お会いできなくて寂しいですわ」


「本当に。ハイド様と毎日お会いできていたのが夢のよう」



そんな中では、八歳になったばかりの小さな少女など、目を離した一瞬のすきに消失する。



「誘拐用のパクには改善が必要ですわね」



よくわからない大人たちに囲まれて、パクによる防音と遮断効果のある袋を被せられて、数分。エリーは荷物のように担ぎ上げられ、運ばれていた。胸元についたブローチが、何の反応も示さなかった限りでは、相当な効果を発揮するパクなのだろう。

誘拐されて呑気に分析出来るあたり、エリーの成長が垣間見える。一年前であればきっと「許しませんわ。この私を不当に扱って、ただで済みませんわよ」と、癇癪を起こしていたに違いない。とはいえ、これはれっきとした犯罪であり、最悪のケースを考えると悠長にはしていられない。

エリーの価値を考えると、すぐに殺されるとは思えないだけで、身の安全は保証されていない。



「誘拐されるなら、せめてアーノルド王子様にお会いしてからがよかったですわ」



唇を尖らせて、不満そうにぼやくエリーの様子は外からは見えない。運んでいる大人たちは、エリーを大人しい獲物だと思っているのか、予定どおりに誘拐計画が進んでいると思っているだろう。順調に誘拐が達成できれば、一体どれほどの見返りがあるのか。想像は容易い。

だからだろう。エリーは、高価な壺を運ぶよりも丁寧に扱われている。



「困りましたわ」



大して困っていないエリーは、誘拐犯であろう犯人たちにかぶせられた袋の中で呑気に目を閉じて、小さな指についた指輪に軽くキスをした。



「うあぁあわぁあぁぁ」


「くそっ、なんだ、おまえらぁぁああ」



稲妻の走る音がして、大人数人が倒れる声が聞こえて、エリーの入った袋は空中に放り投げられて、宙を舞い、弧を描きながら地面にたたきつけられる前に、巨大な何かに引っかかる。正しく、ケラリトプスの牙のひとつに引っかかった袋はぷらぷらと不安定に揺れていて、中から「いつまでこの状態で放置するつもりですの」と、金切り声がわめいていた。



「はいはい。ったく、うっせぇな」


「エリー様、無事?」


「これが無事に見えるのでしたら、ディーノは専属騎士失格ですわ」


「助けてやったのに、第一声がそれかよ」


「ロタリオに助けをお願いした記憶はありませんけど?」


「可愛くねぇな。てか、お前はなんで誘拐されてんだよ。お兄さまはどうした?」


「あそこにいますわ」



袋から出たエリーは元気一杯のまま二人の後方を言葉で示す。ディーノとロタリオが振り返った先にはハイドがいたが、エリーは髪のリボンが歪んだことが気になるのか、しきりにそれを気にしていた。



「え、なんでいるんだよ。怖っ」


「助けないで見てたってこと?」


「助けるか見てたんだろ」



見つかったことで開き直ったハイドは、ぼやくロタリオとディーノの元へやってくる。そして、足元で気絶した面々には目もくれず、エリーの頭に手を伸ばした。



「エリーはすっかり怖がらなくなったね」


「どうせ助けられるのですから、慌てるだけ無駄ですわ」


「うーん。適応力が高いのも問題だな」


「でも、ちょっとは怖かったんですのよ?」


「エリー、リボンを結び直してあげる」


「ハイドお兄さま。お願いしますわ」


「可愛いエリー。誘拐されて怖かったなら、外は危ないとわかったよね。もう、家に帰ろう?」


「それはイヤですわ」



赤いリボンが離れると同時に、エリーは頬を膨らませる。言おうとしていることはわかっている。本懐を遂げていないのは、エリーの態度が表していた。



「ロタリオとディーノがいるから心配いりません。ハイドお兄さま、それよりアーノルド王子はどちらかご存じ?」



誘拐未遂よりも王子の方が上回る優先順位に感服するしかない。さすが、エリー。たふで、頑丈で、ワガママで、自己肯定が強い悪役令嬢候補生。

ロタリオとディーノが自分を助けることを疑いもせず、アーノルド王子に会えることを疑いもせず、ハイドがここにいるのを疑いもしない。すべてが自分を中心に回るからこそ、気付かないこともある。



「はぁ。エリーはどうやったら言うことを聞いてくれるのか。本当なら誰の目にも触れない、檻の中に閉じ込めたいくらいなのに」


「檻はイヤですわ。窮屈ですもの」


「そうなんだよね。自由気ままだからこそ、エリーの魅力が増すという葛藤がもどかしい。まあ、何年かかってもいいか」


「あ、アーノルド王子様」



令嬢とは思えない俊敏さで駆けて行ったエリーは、アーノルド王子に気付かれるなり、立ち止まって自分が一番可愛く見える足取りで歩き始める。それを遠くから見ていた三人のなかで、始めに口を開いたのはロタリオだった。



「妹を誘拐させたのは、俺らを試すため?」


「そう思う?」


「いいや。まだそっちの方がマシだなってだけさ」


「誘拐させたのはハイド様?」


「ディーノまで、そう思う?」



口元だけに笑みを浮かべて、一歩前に出たハイドは、およそ子どもらしくない雰囲気を携えて、声を吐き出す。



「安心したよ。エリーを守るっていうのは嘘じゃなかったこと。どうやって、二人がここに現れたのかは、あえて聞かない」



作られた笑顔に悪寒が走るのは、ロタリオとディーノにとって初めてではなかったらしい。これでも忌避された幼少期を潜り抜けてきている。

本当に怖い人間は、善人の顔をして、静かに首を狙うもの。



「マトラコフ家の連中って、ほんと、ロクな奴いないな」


「うん」



ついこの間、口にしたばかりの言葉を繰り返す。ロタリオの口から吐き出されたそれは、等しくディーノも感じていたようで、思わずそろってため息をこぼしていた。

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