第7話★お父さまが変態なのです
胸元に光るブローチは、防犯ブザーと同じ。不審者が近付けば防御壁を展開し、触れようとすれば通電させるという二重魔法がかけられている。
冬休みと称した年末年始の休暇明け。学園寮に戻る兄たちから「肌身離さず」と念押されて、つけられたそれは赤色を帯びて、エリーの胸元で輝いていた。
「エリーたぁん」
「ひっ」
人形遊びに夢中だったエリーは、突如として展開された防御壁に驚いて、次いで、後方を振り返って腰を抜かした。
子供部屋の入り口に、今では見慣れた半身だけの父親。もちろん、エリーが気付いた瞬間に、すすすと音もなくゆっくりと消えていく。
「………お、おとうさま?」
さすがに一ヶ月。
姿を発見しては隠れられ、夢中で没頭していれば眺められる異様さに、エリーも感覚が麻痺してきたのかもしれない。
2月最初の水曜日。エリーは初めて、扉の影に隠れる父親の元へ、自分から足を運んだ。
「お父さま、そんなところで何をなさっているの?」
「おっおおおおお推しが喋ってる」
「具合でもお悪いの?」
「はわぁ。可愛い、可愛い、幼い頃のエリーたんに会えるとかヤバすぎ。神様ありがとううぅぅぉおおオぉワァァアッ」
それは見事な火花がほとばしって、エリーに抱きつこうとした伯爵は感電した。
別にこれは初めてではない。
感極まるとエリーに飛びかかるのは毎度のことで、それこそ、最初の方は次兄のリックと三男のハイドが慌てて現れたが、今は全員が慣れたもの。使用人ですら、日常風景の一部として、感電して気を失った伯爵を廊下に落ちたゴミのように扱っている。
「お父さま、生きてます?」
しゃがみこみ、小さな指先で父親の頬をつつくエリーの呼び声に気付いたのだろう。はっと目を開けるなり、伯爵は足をそろえて座り、じっとエリーを見つめる。
「本当にエリーたんは可愛い」
「今さら何をおっしゃっているの。それよりも、お父さま。新しいお人形が欲しいの」
「ん?」
「もう一ヶ月も新しいお人形で遊んでいないのよ。同じドレスばっかり、髪型も流行りではありませんし」
「でもそれは、お兄さんがエリーたんのために買ってきてくれたものだろう?」
「あら。カールお兄様は、私が退屈なさらないようにプレゼントしてくださいましたけど、もう、飽きてしまったの」
「滅多に手に入らない職人が作ったものじゃなかったか?」
「私のために作らない職人はおりませんわ」
廊下で正座している父親を仁王立ちで見下ろす少女。マトラコフ伯爵邸の子供部屋の前の廊下は、今日も変な構図で時間を経過させていく。
カールがエリーに贈った人形は、父親と二人きりになってしまう不安を払拭させるためのもの。母親は外交、カールは仕事と学園の往復、リックとハイドも学園からは何度も抜け出せない。「あんなお父さまと二人きりは絶対にイヤ」と、泣き落とし、懇願したエリーは、自分の願いが叶わないと知るや否や、半年待ちといわれる人形をねだり始めた。
「あんな」扱いをされた父のヒューゴもそれを知っている。家族全員から冷めた目と、呆れた視線、諦めた息を吐かれたのだから、よく覚えている。
どうやって手に入れたのか、ヒューゴとエリー以外の家族が旅立つ日、エリーの胸元にブローチが光り、その手に小さな人形が渡された。
「ダメだよ、エリーたん。贈り物は大事にしないと」
「………え?」
生まれてこのかた、実の父に否定されたことはない。エリーはこの事実を受け入れられずに、一歩後ずさる。
そればかりか、窓を拭いていたメイドは雑巾を落とし、床を拭いていたメイドはホウキを持って固まっていた。
「おっ、おお、おとうさま、なんとおっしゃったの?」
小さな頭で必死に理解しようとしている姿は愛らしいが、現実はエリーにもっと残酷だった。
「お兄さんたちが、わざわざ職人にお願いして作ってもらったものだ。大事にしないとダメだと言ったんだ。次、なんて、そんなに簡単に欲しがるものじゃない」
今度こそ確実に、メイドたちは顔を見合わせて、聞き間違いじゃないことを確認する。いつもであれば「それじゃあ、街にいってエリーのお眼鏡にかなう可愛い子を見つけよう」などと、出掛ける口実を作り、散々甘やかして帰ってくるのに、これはいったいどういうわけか。
怖いもの見たさも相まって、メイドたちは一言も発しない小さなお嬢様に視線を戻す。
「………っ」
ばしんと、エリーは人形で父親の顔をひっぱたいた。叩くだけならまだしも、人形を父親に投げつけて、廊下に父親と人形を置き去りにして、子供部屋に駆け込んでいった。
ガチャリという鍵の音は聞き間違いじゃないだろう。
「お嬢様!?」
「エリーお嬢様」
メイドたちが駆け寄る声も意味をなさない。室内からはエリーの泣き声の代わりに、怪物が暴れるような、そんな音が響き渡っている。
「旦那様、お嬢様が」
「放っておけ」
投げつけられた人形のホコリを払い、立ち上がった伯爵に、メイドたちは息を止める。エリーが史上最高に可愛いのであれば、両親や家族もその素質を持っていて当然。黒い髪を揺らして、憂いに沈む伯爵の雰囲気に、メイドたちは思わず顔を赤らめて、エリーに構うのをやめた。
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