第6話★皆さんとてもお疲れですわ

「これは、ゆゆしき事態だ」



エリーをベッドに寝かしつけ、夫をベッドに縛り付け、それぞれ監視をつけてホッと一息ついたのは、残る家族。

母と三人の兄は、家族が集うために設けられた部屋の一室で、そろってぐったりとしていた。



「母上、父上の様子は?」


「ええ。恐ろしいことに、まったくもって恐れていた通りだわ。嗚呼、なんということ」


「エリーも怯えていたよ。あんなに震えて、とても可愛かった」


「リック兄さんは黙って。エリーは、見たところエリーのままだからよかったけど、問題は父さんだよ」


「ハイドの言うとおりだ、リック。あれが本当に俺たちの尊敬していた父、ヒューゴ・マトラコフなのか?」



頭を抱えるそれぞれの目の前に、執事が何とも言えない表情で、飲み物をおいていく。限りなく透明に近付けた緑色の飲み物。マトラコフ領は広く、山の斜面に沿って植えられた茶畑が産地として知られ、パク鉱山と並ぶ名産として緑茶は大事な収入源になっている。



「これは、ゆゆしき事態だ」



緑茶を飲んで同じ言葉を呟いた長兄カールに、もはや誰もなにも言わない。



「とりあえず、どうしてこうなったのか、原因究明から進めよう。あれから何か、わかったことがあるかもしれない」



さすが次期当主。切り替えの早さに頷きつつ、皆はそろってお茶をすする。どこからともなく現れた書類。大方、執事がそっと置いたのだろう。カールは静かに一読し、そうして、一服した。

全員がそろってカップを置く。執事が再度お茶を注いでくれるのを横目に、カールは続けた。



「あの日、母上と俺たちは城で父上とエリーの訃報を聞いた」


「ええ、そうよ。エリーの赤い靴を仕立てるために、街の靴屋へ向かう途中で、ロストシストに襲われたとか。そのせいで、あの人はおかしくなってしまったのよ。魔法使いなんて、この世から消えてしまえばいいのに」



うわっと泣き始めた母に、かける言葉が見つからない。新年は目前で、世間はパーティー三昧。12月の最終週は、どこの貴族も、過ごした一年を振り返り、新しい一年を向かえることに忙しい。

通常ならカールたち、マトラコフ伯爵一家もそうだった。王家で開かれる一年を締めくくる労いのパーティーに参列後、新年がくるまで大好きな家族と水入らずの時間を過ごすはずだった。

それなのに、事態は思わぬ方向へ舵を切ったのだから、エリーだけでなく、他の面々も衝撃は隠せない。



「襲ってきたのは、解雇されたロストシストだった。パクに込める魔力が憔悴し、これ以上は危険だと見切りをつけた者だったが、それを逆恨みして襲ったそうだ。防御強化のパクが劣化していたのに気付かなかったのは、魔導車を管理する者の失態だけどね。ともあれ、現代は魔法を直接、人間に向けることは禁じられている。まだ魔力があると証明するためだけに、父上と俺たちのエリーを襲ったのは許せない」


「僕が一緒だったら朝日を拝めない顔にしてやったのに、可哀想なエリー。怖かっただろう、でも可愛い姿を写した車内の録画機能は生きていて良かった」


「リック兄さん、最低。捕まればいい」


「まあまあ、ハイドにもあとでコピーパクをやるから見逃せ」


「お前は、こんなときに何をしてるんだ」


「あ、カール兄様もいる?」


「俺はいらない。それを見たら怒りの抑えかたがわからなくなる。なんとか穏便に犯人の身柄を引き渡すよう交渉しているのに、歯止めが効かなくなりそうだ」


「僕もボコりたかったけど、あの人たちならうまくやるでしょ。兄様も線引きして、あの人たちに花を持たせてやればいい。父様とエリーの供述は無理だから、そこはきちんと僕たちが証言することにしてさ。しかるべき処置を受けさせればいいよ。手を地獄の血に染めて、エリーに嫌われでもしたら最悪だ。それよりも問題は父様だ。治る見込みは?」



熱量がこもってきた兄にお茶を勧めながら、次兄のリックは問いかける。泣いていた母は、三男のハイドに背中をさすってもらっているが、この話題には誰もが耳を傾けるだろう。



「父上は」



神妙な顔で声をおとしたカールの様子に、室内の空気もしんと固まる。



「父上は、直接魔法を受けたことによる精神汚染だと思われる。幸い、脳以外のすべては問題なく健康だ。元に戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。どちらにせよ、当面はマトラコフ伯爵として出歩くことはやめてもらった方がいいだろう。部屋から出てほしくもないが、エリー接近禁止令を無視して、あの調子でもある。この屋敷ごと隔離するのが最適だろう。それが、俺の見解だ」


「んー、まあ、僕は賛成といえば賛成だけど、反対といえば反対だな」


「自分は賛成する。というか、今の父さんは不気味だよ。特にエリーに対しての態度が異常すぎる。休暇明けには、自分もそうだけど、兄さんたちも学園寮に戻らなければならないし、母さんのことも心配だよ。本当に大丈夫なの?」


「わたくしも、今のあの人と仕事するよりは、一人の方がいい気がするわ。当面は領内の視察になりますし、あらかた事情は把握されてるでしょう。わたくしは大丈夫です。ただ、あの人と一緒に予定していた仕事を一人でこなすとなると、エリーのことまで目が行き届かないわ」


「この家に父さんとエリーを残していくのはダメだよ。反対。エリーが可哀想」


「でも外に出すことも出来ない。エリーはまだ七歳だ」


「エリーにブローチを作ろう。家のなかでつけるために作るものではないけどね」


「そうね。そうしましょう」



くたびれた脳では何事も進まない。

当面、マトラコフ伯爵としての仕事は、リリアン夫人とカールが担うこととし、リックとハイドは学園に通いながら、何かあればすぐに家に帰れるよう、各々の役割を確認しあって解散した。

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