第5話★これは、きっと夢ですわ

エリーが目を開けると、明かりがついた自室の天井が飛び込んでくる。見慣れた天使たちの絵が微笑んでいるのだから、間違いなく自分の部屋、それもベッドから見える景色だと断言できる。

今は夜。何時かは知らない。

ベッドの周囲を仕切るカーテンは、天井からぶら下げられ、レースをふんだんにつかった豪華なもの。光の魔法を与えられたパク鉱石によるランプで、部屋は優しく照らされている。



「私、いったい」



何があったのか。記憶を思い返そうと、エリーが眠りから覚めるように呟いて、同時に「エリー」と駆け寄る声がみっつ。



「エリー、無事か。父上に抱きしめられて気絶したと聞いたよ。可哀想に。まだ、エリーも全快ではなかったんだろう」


「エリー。僕が誰か、わかるかな。エリーを愛しているお兄様のリックだよ」


「リック兄さん、邪魔。エリーが見えない。嗚呼、可愛いエリー、大丈夫?」



大好きな兄の顔がみっつ並んで、心配そうに声をかけてくる。

エリーは、黒い目を数回動かして、順番に兄の顔を認識すると、ゆっくりと一回だけ頷いた。とたんに、兄たちの表情は、ホッと嬉しそうに緩む。



「カールお兄さま、リックお兄さま、ハイドお兄さま」



右に並ぶ、顔に近い順。長男のカール、次男のリック、三男のハイド。それぞれ二つずつ年が離れていて、ハイドとエリーは、五つ離れている。

七歳のエリーからしてみれば、十六歳のカールと十四歳のリック、十二歳のハイドは、頼れる兄であり、自分を守る騎士も同然。彼らも、年が離れた妹を溺愛し、エリーが自分達に懐くのを快く思っていた。だからこそ、エリーは、認めたくない真実に蓋をして、涙目で兄たちを見つめる。



「お兄さま、私、わたし……っ……とても怖い夢を見ました」


「エリー、泣かないで」


「こんなに可愛いエリーを僕以外が泣かせるなんて許せない。その夢に入って退治してあげるから、布団に入ってもいい?」


「リック兄さん、邪魔。その変態発言、いい加減うざい。エリー、大丈夫?」



見るからに大丈夫そうでも、エリーは当然のように首を横に振る。華奢な骨格がそれを助長して、本当に儚く見えるのだからたちが悪い。

虫歯ひとつない優良健康児であり、実際は階段から突き落とされても骨折しない丈夫な身体をしている。にもかかわらず、エリーは弱い。

そう、育てられた。



「エリー、可哀想に。つらいならまだ眠っておいで」



長兄のカールに頭を撫でられて、エリーは嬉しそうに頷く。そして、そのまま得意の「見上げる」効果で、「私はベッドから出るのもままならない、か弱い少女なので、何か退屈しのぎになるものが欲しい」という無言のおねだりをしようと視線を上げた。が、なぜか、ビクリと肩を揺らせて固まった。

それも、大袈裟だと思えるほどの震えっぷりに、異常を察した部屋の気配も、エリーの視点先を追いかける。



「父さん!?」



エリーの代わりに叫んだのは三男のハイド。

部屋の入り口で、顔だけが半分見切れているのは、この屋敷の当主であり、子どもたちの父親で間違いない。けれど、どういうわけか「エリーたぁん」と、小さく呟く声は背筋が粟立つほど気色悪い。



「お……おとうさま……?」



さすがのエリーも口を閉ざす。

それもそのはず。すすすと効果音が聞こえるならそういう音だろう。父親と思わしき影は、視線を感じるなり逃亡を図ろうとしていた。けれど、そうもうまくいかなかったらしい。



「あなた、エリー接近禁止令の意味を理解してらして!?」


「ぅ……わ、きた」


「妻に向かって『きた』などと、失礼な。病人だからといって容赦しませんわ。早く元のあなたに戻ってくださいまし」



聞いたことのない母親の声が、見えない廊下で響いている。

多分、父親は母親に引きずられているのだろう。「あなたって人は」とか「少しは立場というものを」などという小声と共に、エリーの名前を叫ぶ声が段々小さく変わって、そしてついに聞こえなくなった。

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