第2話★私は特別なのです

遡れば、王家の血筋として名を連ねた由緒正しき名家のひとつに、マトラコフ家がある。現在の称号は、伯爵。マトラコフ伯爵の名前を聞いて、何かと近づきたがる人間は多い。

それは、魔力を保持する希少な鉱石『パク』の鉱山により、莫大な財を築いたことが大きいかもしれない。今は世界中でパクが取引されている。それも高値がつき、鉱石の大きさや加工の精度によっては、国が傾くほどの値段がつけられる。

個人の才能と個性で優劣の差を生む魔法。大抵は遺伝が影響するが、才能は家柄に関係なく個人に授けられる。それが、パクを介せば、誰でも容易に、最高難易度の魔法を繰り出せる。正しく、パクの魅力であり、高値が付く最大の理由でもある。

魔力消費無しで、魔法と同等の効果が得られる。それこそ、魔法の鉱石としてパクは世界中から求められた。

パク技術発展の軌跡と、経済への貢献。

それがマトラコフ伯爵の二つ名『繁栄の血族』となり、現代でもその恩恵に預かろうとする者が多い由縁だろう。

莫大な財産と絶対的な地位。

パクの需要と供給で、マトラコフ家は今日も安泰している。

そして、進化とは、不要なものを排除することである。

長い歴史のなかで、人間は魔法を排除し、パクに頼る生活を選択し続けてきた。結果、現代において、魔法を扱えるものは少ない。今や、魔法士は過去の種族として認識されている。

ただ、存在しないわけではない。稀有な存在だが、パク無しで魔力を扱える異様さに、人々はいつしか畏怖と脅威の眼差しを向け、『ロストシスト(いない存在)』として扱うようになっていた。

これは、そんな一般人たちと同じく、魔法を扱えない少女エリーの話である。


魔法を扱えない女の子。


パクが代行した世界において、それは何も珍しいことではない。ロストシスト=魔法使いは、現代では稀有な存在であり、希少価値の高い種族と認識されている。

それでも、高貴な血族に魔法を使えるものが多いのは常識であり、庶民に高度な魔法使いが生まれないのも長い歴史が語っている。

パクが一般に流通しやすい価格になるまで、それは様々な事件や技術改革を起こしてきた。この世界において、パクとロストシストは欠かせない存在であり、その基盤はすべて「魔法」という非現実な存在で成り立っている。

魔法は高貴な証。

魔法を使えないものは、ただの庶民。

しかしながら、それはもう昔のはなし。今、その話を持ち出すと、古い人間としてイヤな顔をされるだろう。そればかりでなく、頭がおかしい人と貴族社会から追い出されるかもしれない。

つまり、エリーもその地位は一般人ではないということ。エリーは、立派な貴族子女である。

艶やかな黒髪、黒曜石のような瞳、華奢な骨格に、白い肌と薔薇色の唇を持って生まれてきた絶世の美少女エリー・マトラコフは、父と母、三人の兄に溺愛されて育ってきた。由緒ある貴族、繁栄の血族、マトラコフ伯爵家、唯一の女の子。それも、とびきり可愛く生まれてきたのだから仕方がない。

ただでさえ、娘や妹を強く欲しがっていたマトラコフ家の面々が彼女を可愛がらないはずもなく、エリーは悪役令嬢にぴったりの環境で育ってきた。

贅沢三昧、ワガママはなんでも叶う。極端に言えば、人を殺せという以外、すべて叶ってきた。


「絵本に出てくるドレスが欲しい」と言えば、たとえ深夜だろうがオーダーメイドで即日仕上がり。


「庭の薔薇で指先が切れた」と言えば、庭師は埋められ、マトラコフ家の庭から薔薇が消えた。


「スープが熱くて飲めない」と言えば、給仕係はクビになり、料理長は冷めても美味しい料理しか出せなくなった。


次に何を言われるのか。歩く爆弾。幼いからこそ脅威である。使用人たちの視線を「可愛すぎて、みんな見ている」と、刷り込まれた雛鳥は気付かない。

血筋、家柄、財力、人脈、容姿。これだけあれば、可愛い女の子に頭脳はいらない。

可愛いエリーは、今日も元気にバカでいられた。かごの鳥らしく、深窓の令嬢らしく、世間知らずの綿菓子と呼ばれるほどのバカでいられた。

そう育てられてきた。

他でもなく、マトラコフ伯爵、その名前を持つ父によって。

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