第7話 唯一無二の存在になるのは気持ちが良い件



 金曜日の晩に、酒を飲みながら、日考研が次のモンスターに足止めをくらっている動画を見て、


「ハッハッハッハッハ」と、高らかに笑っていた。


 自分で考えたモンスターで他の人が悪戦苦闘するのを眺めるのは気持ちが良かった。自分の手のひらの上で踊っている奴をみると、日々のストレスもどこかへ消し飛ぶ。


 そいつの倒し方は製作者の俺以外知るわけがない(ちなみに倒し方は『精霊たちの鎮魂歌レクイエムオブスピリッツ』と呼んでいたノートに書いてある)。


 つまり、攻略できるのは俺一人である。俺こそが唯一無二であるという感覚がたまらなく気持ちよかった。


(ざまあ見ろってんだ。人の失敗を見る時ほど気持ちいいものはないぜ)


「なんでとのさま笑いしてるの?」


「ん゛ん゛。いや、なんでもないよ」


 俺はすみれが家にいることをすっかり忘れていた。恥ずかしさを誤魔化すために、あらためて居住まいを正した。


「あっ、日考研にっこうけんの動画じゃん。またアップされているんだ」


 すみれは画面を覗き込んできた。


「どうしても、次のモンスターが倒せないらしい」


「そうなんだ」


 そのモンスターの名は『堕天使エルストラート』だ。


 元は天国にいたが、神に反逆して、地獄に落とされた天使。かなり強く、おそらく普通の装備では倒すことができず、特別な武器じゃないと勝てないというという設定だ。


 たしか、それを俺は小学生の頃に自作した記憶があるが、ダンジョンの倉庫には無かったので、再び作る必要がある。


§


 俺はさっそく撮影の準備をして、古代遺跡の前に仁王立ちした。


(ピアノの音♪)


―古代遺跡を冒険する配信者―


「やっぱり、動画を作り続けるのはしんどいっすよ」(イキり苦笑い)


 ♪~前奏(35秒)~♪


―田村 勇次郎 YouTuber ―(黒背景に白文字)


ンッボークラァハイチーニィツゥーイテェ~♪

ヨコイーチーレーツーデェ スタート-キッタァ~♪



 すみれがいいタイミングでBGMを止めた。


「それで、今夜は何するのさ?」


「今日はエルストラートを倒すための装備を作るぞ」


「この動画も100万再生いけばいいね」


 すみれは言った。


「もちろん余裕だろ」


「じゃあ100万再生行ったらこの動画の収益の半分、私にちょうだい!」


「アホか! なんでだよ!」


「だって、私がここにいるのは、たーちゃんの動画がバズってたから、やしなってくれると思ったからだよ!」


「お前クソすぎるだろ!」


 なんだコイツ。俺のこと全肯定してくれると思ったが、影でそんなこと思ってたのかよ。


「いいじゃん、いいじゃん。私だって家事してるでしょ? 役に立ってるでしょ? ね? ねぇってば?」


(コイツ……犬みたいに俺にまとわりついてくるな)


「まあ、否定はできないけど」


 確かに家事をしてくれて助かっている面はなくもない。


「ねっ。いいでしょ? 私もたーちゃんみたいに不労所得が欲しいよ!」


 すみれは執拗に俺にまとわりついた。


「わかった、わかったよ! じゃあ、再生数が1000万回回ったら、収益の半分やるよ」


「わーっ、やったー!」


 すみれは子どものように飛び跳ねて喜んでいる。


(コイツ、アホだな……1000万再生なんてヒ○キンレベルじゃないと無理だぞ)


「それで、エルストラートを倒す武器はどうやって作るの?」


「それはこの本に乗ってある」


 俺は一冊のノートを取り出した。表紙には『世界の武器辞典 終焉世界より』と書いてある。著作はもちろん小学校の頃の俺。


「これに乗ってる装備をつければ、どんな敵だって倒せる最強の存在になれる」


「すごいじゃん。これから、たーちゃんは世界最強になるんだね」


(自分の作った世界観で、俺Tsueeeって、マッチポンプすぎるだろ……でも自己肯定感は大事だもんな)


「まずは『†エクスキューショナーズ・ソード†』ってやつを作ろう」


 作り方は至ってシンプルで、大量の鉄に魔法をかけて剣の形にすると、小学校時代の俺はそんなことを書いてある。


 もうちょっと捻ったこと書けよな。簡単なのはいいことだけど。


「ねえ、えくすきゅーしょなーって何?」


「エクスキューショナーは英語で『死刑執行官』って意味だ」


「へえ。ひとつ賢くなったよ」


 小さい頃の俺は『†死刑執行官†』という設定で、凶悪な敵を断罪するという設定で、ひとりでごっこ遊びをしていた。たぶん、死刑執行官が、なんか闇に潜むダークヒーローみたいでカッコいいと思っていたのだろう。(今でもちょっとカッコいいと思ってる)


 小さい頃の俺よ。そんな意味のわからんごっこ遊びに時間を費やす前に、宿題しような?


「そういえば、大量の鉄って書いてあるけど、そんなものあるの?」


 すみれは首を傾げるが、俺はドヤ顔で応えた。


「もちろん。たまたま用意できたんだ」


 §


 俺は古代遺跡の入り口に2トントラックをつけて、会社から買い取った90本の鉄パイプを中に運び込んだ。


 作業を終えて、汗だくになっていたすみれはアクエリを飲みながら、相変わらず豆柴姿のままのハチと戯れていた。


(女の子と動物が戯れる様子って癒されるな……動物系の動画も男か女かで再生回数が雲泥の差だもんな)


「こんな大量の鉄パイプ、どうしたの?」


 ハチに顔を涎まみれにされたすみれが、顔を拭きながら訊ねてきた。


「会社の後輩が誤発注したのを、俺が買い取ったんだ」


「へえ。たーちゃんって優しいんだね。後輩のミスをフォローするってめちゃ偉いじゃん」


「だろ? 俺ってマジで神」


 すみれは俺の言葉を無視して、


「ああっ、ハチ。アクエリを勝手に飲んじゃいけないよ」


 ハチはペットボトルを器用に倒して、アクエリをペロペロ舐めていた。


「そういえば、アクエリ飲ませたらどうなるんだろうね?」


 すみれは俺に聞いてきた。


「さあ? なんか水っぽい何かに変身するんだろうけど……」


 するとハチはみるみる体に輝きを帯びて、突然まばゆい光を放った。


 俺たちが目を眩ませている間に、ハチは人へ進化していた。


「「……………」」


 その美貌に絶句していた。この世のものとは思えない青く美しい髪をしていて、なんか神様っぽい服を着て、水瓶を携えていた。


「我が名はアクエリアス……」


 おそらく俺らよりも高尚な存在たど、一目でわかった。


 彼の威厳のせいで俺もすみれも一言も発せずにいた。


「……水を統べる神だワン」


「あっ、威厳の割に語尾が残念だ」


「仕方ないワン。犬の力を借りてるからだワン。ところでそこの女よ……」


「なんですか?」


「君が私を長い眠りから醒まさせてくれたワン。ありがとうだワン」


「ああ、どうも」


 すみれは軽く頭を下げた。


「あなたには私の加護を授けるワン。水関係で困ったことがあれば、私に相談すればいいワン。そして、この言葉を……」


「どんな言葉ですか?」


「……人生はワンダフルだワン」

 

(……しょうもなさすぎる)


 俺はアクエリアスに無理やりドッグフードを食べさせて元の姿に戻した。


§


 俺はさっそく鉄パイプに向かって魔法をかける準備をして、ノートに書いてある詠唱術式を唱え始めた。


―ピーリカピリララ・ポポリナペーペルト! エクスキューショナーズ・ソードになあれ!―


 俺は両手を伸ばして、鉄パイプに念を送ると、それは輝き始め、一本の剣になった。


「これが……エクスキューショナーズ・ソード!」


 剣を拾い上げると、テンションが上がり、みるみる力が湧いてくるような気がした。試しに剣を振ると、ヒュンと風を切る音が鳴った。


「たーちゃん。剣の他にマントと仮面が落ちてたよ」


「おお。まさかこれもついでについてくるのか」


 俺はテンションが上がり、マントと仮面をつけて、子どもの頃の俺の妄想ヒーロー『†漆黒の死刑執行官エクスキューショナー†』になった。


「おお。たーちゃん、似合ってるよ。中学校の頃もそんな格好してたよね」


「おい昔のことを思い出させるのはやめろ」


 確かに昔に似たような格好をして近所を歩き回っていたが、みんなに笑われていたことを思い出した。あのときは、みんなが俺のカッコ良さに気づいていないと思っていたけど、単に俺が痛いヤツなだけだ。


(しかし、今日は痛いヤツなんかじゃない)


「すみれ、カメラを回しておいてくれ」


 俺はいつもヘルメットにつけているカメラをすみれに渡した。


(仮面をつけているから、顔バレは大丈夫だろう)


 俺は装備一式を身につけたせいか、力がみなぎり、高揚感で溢れた。いつのまにか、羞恥心は消えていた。


「おおっ、様になってるね。かっこいいじゃん!」


 すみれは目を輝かせた。


「当たり前だろ。誰だと思ってるんだよ」


 俺はマントをわざと靡かせた。


(よっしゃ。先駆者パイオニアとして、世界に名を轟かせちゃいますか!)


 俺は指をポキポキ鳴らした。


 遺跡の奥へと進み、数多くの動画投稿者を足止めしているエルストラートが待っている扉を開けた。

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