第25話 カッツの狩りと二度目の冬

 イケーブスに来て二度目の冬がやってこようとしていた。

 俺がこの村に来て一年半。

 ようやく半分だ。


 秋に森の異常があったけれども、早期に気づいたので、異常は一時的にとどまり、村の畑や果樹園への影響はなかった。

 野うさぎや野ねずみが数を減らしすぎるとオオカミは平原に出張ってくるし、熊は村の果樹園や畑を荒らしに来たことだろう。

 幸い今年は森の中の木の実も豊作だったようで、熊が森から出てくることもなかった。


 熊とオオカミときつねをある程度減らしたので、カッツを連れて森にも入った。

 今まではカッツは平原が見えるぐらいの森までしかつれて入ってなかったが、ハルさんたちのつけた白布と赤布の印のある昔からこの村の狩人が入っていたエリアまで一緒に入った。

 きつねうさぎの巣の見つけ方、野ねずみたちの巣の見つけ方、野うさぎの巣の見つけ方を教えつつ、巣の中にいる者達は極力狩らないように。それが森のバランスを保つ秘訣だと説く。


 森の赤い印を越えて一番近い熊の巣穴も教えた。

 これと似たような巣穴を村のそばに作られたら、討伐すること。

 ただ、赤い印より奥にある巣穴は手を出さないこと。

 白い印より手前に熊が出たら矢を打って牽制すること、赤い印より奥に逃げるならよし、赤い印と白い印の間でずっとうろうろしたり、白い印の奥まで行かないときは討伐すること。

 オオカミも基本は同じ。

 ただ、オオカミは群れが大きくなると厄介になる。

 十頭以上の群れを見つけたら、罠を使ってでも数を減らすこと。

 共存するためには白い布より手前に来たオオカミは殺すつもりで挑むこと。

 森から出ているのを見たら、殺すこと。

 これもこちらの気配を察知して森の奥に逃げ込むなら逃がすこと。


 あとは森の中で他の動物を見つけたときの対処方法。

 この森は蛇が少ない。

 少ないが居ないわけではない。

 見つけたときには毒があるかを見分けているが、今のところこの森で毒蛇は見つけていない。

 ただ、いつ近隣の森から出てくるかわからないので、イケーブラの近傍で出たような蛇については教えている。似たような蛇が居るので、それを捕まえて、もしも顔の横に赤い筋が入っていたら毒があるかもしれないといったように。


 さらにこの森ではほぼ見ないが、猿。

 なぜこの森に猿が居ないのかは俺にも全くわからない。

 ただ、この森にもしも猿が来たら、それはそれで生態系が壊れるだろう。

 まず、鳥の卵がやられる。

 野ねずみもやられる可能性がある。

 木の実も熊やリスと奪い合いになるだろう。

 ひょっとして熊にやられるからこの森から逃げたのだろうか?

 いずれにしても猿が住み着くようになったら、何が起こるかはわからないので、増えないようにする方が良いだろう。


 そういったことをカッツに教える。

 ハルさんからもカッツにいろいろなことを教えているらしいが、実地で教えて欲しいとも言われている。

 たまにハルさんから聞いたと思われる俺の知らないようなことをカッツから逆に教わることもある。

 俺が雑草だと思っていたものがハーブだというのも教えてもらった。

 ただ、カッツはハーブであることは知っていても名前までは憶えていなかったので、あとでアシアナさんに教えてもらった(ケルチャというらしい)。


 カッツの探索範囲は少しずつ広がっているが、まだ矢で仕留められるのはきつねまで。

 シカには逃げられたし、イノシシは矢を射ても身体は射抜けず、目のような急所にも当てられず、斧も牙で受けられて、俺が剣でぶった切ったこともあった。

 きつね、シカ、イノシシ、オオカミ、熊。

 一人じゃなくてもいい。

 罠を使ってもいい。

 これを倒せるようにならないと、俺がこの村を離れられない。

 あと一年と少しでカッツにはせめてイノシシを倒せるようになり、オオカミや熊を釣ってきてグリューやジールやドリンの助けを借りてでも倒せるようになってもらわないといけない。


「矢に何かしら工夫するか…」


 カッツの弓はそれほど強弓というわけでもない。

 シカやイノシシは肉を食べるために毒や麻痺薬は使えない。

 だが、オオカミには薬を使ったりしてもいいのかもしれない。

 あとは俺のように目や喉といった急所を射貫くか。


「いやいや、カイさんみたいに目を射貫くとか無理ですから」

「ん?」

「独り言。声に出てますよ」

「あぁ、そうか」


 森の中で気を抜いてはいけないと思いつつ、一度魔力探査をしたためか、この森の気配は読みやすくなって、何かが近づいてきてもすぐわかるようになった。

 普通なら絶対に声を出したりしないのだが、今はオオカミにしてもきつねにしても数を減らしすぎたので逃げてくれるなら逃がそうと思っていたから、つい声に出してしまっていたようだ。


「カッツ、お前はどうしたい?」

「シカですか?イノシシですか?」

「そうだな。イノシシの場合は?」

「矢で威嚇して引き寄せて、斧でとどめが一番いいっすけど」


 矢で気を引いて、突進してきたら避けて斧…


「もう一声欲しいな」

「じゃあ、落とし穴ではどうでしょう?」

「落とし穴か…事前準備が必要になるのと、他の人がかからないようにする目印が必要だな」


 それからカッツと二人で罠にはめるとしたらどんな罠がいいかを話し合った。

 肉を獲りたいから、毒と麻痺はだめだが、睡眠罠はどうかとか、踏んだら雷撃が出る罠はどうかとか。

 ただ、どちらもカッツ以外の人が誤って踏んだときに痛すぎる。

 落とし穴はちょっと足を引っかけるぐらいにするとしても、オオカミや熊から距離をとるときにうっかり嵌まるとこちらが命取りになってしまう。


「自分が逃げるときのことを考えると罠は難しいですか」

「そうだな。ロープで細工をしておいて、必要なときだけロープを切るとか、そういった何かしらのアクションをして発動するような罠にしておくほうがいいだろう。カッツが斧で切ったら、引っ張っておいた枝から何かが投擲されるみたいな」

「なるほど」


 その場合でも古くなったロープをどうするか。

 イノシシの高さに仕込むならどの高さがいいかを話して、最終的にはカッツがロープを切ったら木の枝や枝を加工した棒などが膝の高さをなぎ払うような罠にした。

 カッツはロープを切ると同時に跳んで枝を回避する。

 これなら自分でアクションしないと罠にかかることもない。


「ロープが古くなったりしていないか常に確認する必要はあるが、村に向かう方向の何カ所かに仕掛けておこう。俺も手伝う」

「ありがとうございます。カイさん」


 それからしばらく、イノシシを釣っては罠に仕掛ける練習をする。

 なんとか後を追いかけてくれるようになれば仕留められるようになってきた。

 ただ、これだとシカのようにこちらを追いかけてくれない獣は倒せない。


「シカはやっぱり矢で射止めるしかないだろうな」

「まだ無理みたいです」

「そうだな。せめて足か頭か首に当てられないと厳しいな。もう少し弓の訓練を増やすか」


 なんとか来年の秋までに熊を倒して欲しいんだが。

 俺が抜けるにはもう一人誰か必要かもしれないな。




 北の森は俺とカッツとで異常が無いかを確認し、ダリル村長も時々見に来てくれた。

 森の気配は以前と変わらないレベルにになって、オオカミや熊を減らしたことで野うさぎや野ねずみの数も回復しつつある。

 農家からはもう少し野ねずみを減らしてくれてもいいんだぞと言われたが、まだバランス的には少ないと思う。

 森の方で野ねずみ、野うさぎに手をつけない代わりに、果樹園や畑の方に罠を増やして、そちらの罠にかかった野ねずみ、野うさぎは始末した。

 果樹園と森の間の草も注意深く焼いて、野うさぎや野ねずみが来るのを躊躇するように森の木も少し果樹園側を伐採した。

 緩衝地帯が広いほど森からは出てこなくなる。

 今年の森の木の実は俺たちの手入れも良かったのか豊富だったし、野うさぎたちの餌になりそうな下草は膝より高くなるまでは切らないようにしたり、カッツと二人で狩りの合間に頑張った。


 だから、こちらは問題ない。

 問題は南の森だ。

 南の森は野うさぎと野ねずみが減ったと言うよりほぼ全滅に近かったようで、近隣の森から野うさぎや野ねずみが引っ越してくるのを待っているようだが、野うさぎが来ても熊や狼にすぐ捕食されてしまうらしい。

 そのぐらい捕食者たちは飢えており、村の畑にも被害が出つつあるという。

 ケーブ、イケービュが一番被害の大きいイケーブコを支援し、俺たちイケーブスの村は隣のイケーブフの村を支援しているが、街道も含めてかなり危険な状態らしい。


 村長が言うにはイゴールモニターとデビルウィーセルが生息している南のロイヴェ地域では、わざわざ野うさぎと野ねずみを繁殖させて、何かあったら森に放つようにしてバランスをとっているらしい。

 村長はロイヴェ地域の中心町ロイヴァルに依頼をして、熊の冬眠する冬に野うさぎや野ねずみを増やすために、数十頭の野うさぎ、野ねずみを買い付ける依頼をしたそうだ。

 イケーブフのそばの南の森に放つためだという。


 秋にロイヴァルにいて、冬にイケーブスに来る隊商。

 そして、村長の依頼に気軽に答えてくれる信用のおける隊商。

 それはもちろん…


「カイ、背が伸びたんじゃないかい?大きくなったね!」


 イメルダ隊だ。


「イメルダ、久しぶりだな。みんなも元気か?」

「あたしたちはもちろん元気さ。それよりもずいぶん背が伸びたね。オーロより大きくなったんじゃないかい?」

「そうか?」


 確かにジールを見下ろすようになったような気はしていた。

 昔はほぼ同じだったような気がしていたが、気のせいか?


「いや、カイ、背が伸びているだろう」


 そう言って馬車から出てきたオーロと並んで、さすがに俺も気づいた。

 俺、背が伸びてる。

 それもかなり。

 昔は見上げていたオーロを今見下ろしてる。


「オーロ、縮んだ?」

「…素直に自分の背が伸びたと認めろ」


 なんかジールが、まだオーロも若いんだから背が縮むわけねぇだろおおおおって叫んでる気がした。


 去年と同じようにオーロは俺の家にやってきた。

 俺の家の畑は村の農家人たちに子供の教育用に使ってもらって構わないと解放している。

 そして、俺が作るより、農家の子供らが作る方が収穫も多い。

 作ったものは四割俺に手渡されて、六割は子供たちが持って行く。

 その四割でも俺が狩りの合間に手入れしていたときよりも多いのだから、俺がいかに農家に向いてないというか、農家の子供たちがすごいと言うべきか、とにかく、今年は春から秋まで野菜に困ることがほぼ無かった。

 庭のピチリの木もたくさんの実をつけたし、その実を使って、雑貨屋のカリンさんがシロップとジュースをつくってくれた。

 シロップは酒に混ぜるとうまいらしいが、俺は普段酒を飲まないので、これはオーロに渡そうと思っていた。


「上がってくれ。部屋は去年と一緒だ」

「おう。助かるよ」

「その代わり、この冬も訓練に付き合ってもらうからな」

「承知した」


 先に家に買って風呂を沸かしていたので、オーロには家に入ってすぐに風呂に入ってもらう。

 野ねずみや野うさぎの面倒をずっと見ていたらしく、ちょっと服や荷物にも臭いがついてしまっている。


「俺の服貸すから、服全部洗濯していいか?布袋とかも」

「すまん。ただ、明日もまだ野うさぎと一緒だぞ」

「いいよ。俺の服着ていけよ。それも帰ってきたら即洗濯するから」


 俺自身も狩りをして戻ってくるから、玄関から風呂までに間は多少臭いがしても我慢するが、その奥の台所には獣の臭いは持ち込みたくない。

 ここは狩人通りの狩人用の家なので、風呂までの部分は臭い消しがたくさんおけるようになっているが、奥の部屋はそこまでじゃない。

 オーロの荷物や服は玄関の棚の中に入れてもらって、奥の部屋から俺の服を持ってくる。


 風呂に入ってさっぱりしたオーロにピチリのジュースを出して、二人で乾杯。


「今年はロイヴェ地方に行ったんだって?」

「ああ」


 イケーブスを出て、イケーブエ、ケーブから一旦迷宮都市に入り、そこからロイヴェ地方の中心の町になるロイヴァルへ

 ロイヴァルはケーブと同じく迷宮都市の周りの五大町の一つだ。

 そのロイヴァルから南に伸びているのがロイヴェ地域だ。


「ロイヴァルを出てから、ロイヴァ、ロイヴェキ、ロイヴェチ、ロヴィーナ、ロイヴヒル、そして、港町ロイヴェラだ」

「港町?海まで行ったのか?」

「ああ。ロイヴェラはすごく大きな港町で、海で採れる魚や貝がいっぱい売られていて、干した魚も売られていたぞ。さすがにロイヴェラから迷宮都市までの間で売ったり、食べたりでなくなってしまったがな」


 干したといっても日持ちには限界があるらしく、収納箱なら大丈夫だが、それも迷宮都市までの間で売れてここまで持ち帰れなかったらしい。


「ロイヴェラからはホールエ地域の港町ホールエルや、東のケインズの港町、あと、南にはロブ島という島があって、その島の港町ロブとの間で船が行き来しているらしい」

「ケインズって里の東の?」

「ああそうだ。イリシアの結界域を東に抜けた先の海の方に町があるらしいよな。どこから人が来たのかと思ったら、ロイヴェラから船に乗って東に探索に行ったら開けた場所があって、そこがケインズだったらしい。ただ、ケインズと里の間には絶壁があるから、俺たちもケインズには行けないし、ケインズの人たちもイリシアの結界域まで来れたことはないけど」

「へえ。どこからあんなところに人が来たのかと思ったら、そうだったんだ」

「ああ、ケインズの方は俺たちの里の東だから、南では採れないような農作物が採れるらしい。それと同じように海で獲れる魚もケインズとロイヴェラでは種類が違うらしい。だから、ケインズで獲った魚を収納箱に入れてロイヴェラに送ったりするそうだ」

「へえ」

「あとな。気になることを聞いた」

「何だ?」

「南のロブ島の港町は島の北側にあるんだが、そこから南に開拓していくと、霧で囲まれた森があるらしい」

「何?」

「その森に入ると必ず迷って、歩いているうちに元の場所に戻ってしまうそうだ」

「それって…」

「ああ、イリシアの里と同じだ」


 イリシアの里の結界領域。

 あそこは精霊のすみかで、俺たちの里人や御婆様の認めた者以外は入れないようになっている。

 俺たち里人の案内があってもたどり着けるが、道案内を強要されたら、俺たちでもたどり着けない。

 里人が自発的に里に行こうとしたときに連れている人間しか入っていけない場所。

 それがイリシアの里の霧に包まれた結界領域だ。


 それと同じような霧に包まれた場所がロブ島にある?


「イメルダに聞いたら、他にも霧に包まれてたどり着けない場所がいくつかあるらしい。一番有名なのは俺たちの里だが、ロブ島の霧の中は集落があるかどうかもわからないらしい。人が居たとしてもロブの港町と交流していないということだ」

「まあ、精霊を隠そうとしたらその方が賢いよな。俺たちの里は大婆様の前の前の大婆様が外の人を条件付きで受け入れるとしたみたいだけど」

「あれはカイみたいに迷宮都市に行って、そこで名を挙げてしまった奴が、酒を飲んで話したのがきっかけで里がばれたんだ」

「まじ?」

「まじだ」

「…俺、迷宮都市で酒は呑まないようにする」

「…お前は迷宮都市に限らず、外では酒呑むな」

「わかった」


 よし。ピチリのシロップはオーロにやろう。

 オーロの方がきっとうまく使うだろう。

 俺が持っていても、グリューとジールが来たときに呑ませるぐらいしか出来ないし。


「オーロ、これやる」

「ん?」

「酒に混ぜるといいらしい。ピチリのシロップ」

「おう。隊商の中でこの酒好きな奴がいるからみんなで呑むよ。ありがとう」


 オーロはシロップを一度自分の部屋に持ち帰って、またすぐ持って帰ってきた。

 そういえばオーロの荷物も全部明日洗濯するまで玄関の棚だったな。

 俺の方で明日まで預かって、明日隊商の収納箱に入れていいかイメルダに聞くらしい。


「それとな、カイ」

「ん?」

「俺、ダイバーに登録した」

「へ?」

「俺、迷宮都市でダイバーに登録した」

「えええええ!まじかよ!」


 聞けばイメルダに勧められたらしい。

 迷宮都市で商売する商人なら一度は行くように、と。


「あーーー、オーロに先越された」

「すまんな。でも、ダイバーって呼ぶのわかったよ」

「んー?」

「本当に潜るようにダンジョンに入るんだな」

「ああ、それは俺もイメルダに聞いた。どうだった?」

「里の結界を出入りするのとは違うけど、あれも一種の結界じゃないけど、空間を飛び越したというか、不思議な感覚だった」

「そうかあ、いいなーーー。そういえば商業組合に入ったままでダイバー組合にも入れんの?」

「ああ。別に組合の掛け持ちはいいらしい。狩人組合でも農業組合と両方入っている人いないか?」

「そういえば、農業組合と薬師組合の両方に入っている人は知ってる」


 迷宮都市ではダイバー組合に加入しているといろいろと便宜をはかってもらえるらしく、年に一度ダンジョンにダイブして更新料を払っておけば組合員でいられるらしい。

 多くの商人が迷宮都市に行って別の地方に行ったりするから、ダイバー組合と商業組合を掛け持つ人は多いのだという。


「それにな、ダイバー組合に加盟してダンジョンに潜るとな、ピーーーーーーーーーーーーーーーー」

「何?」


 俺がオーロの方を見ると、オーロも驚いた顔をしている。


「オーロ、どこで誓約魔法かけたんだ?」


 今のピーーーという音でオーロの言葉が遮られたのは、誓約魔法だ。

 しゃべらないことを誓約すると、うっかり話そうとしても精霊が他人に聞かれないように邪魔をする。

 逆に言うと誓約魔法をかけていれば秘匿事項を漏らすこともない。

 そういえば大昔は里を出る人たちが里のことを話さないという誓約魔法をかけられて里を出たらしいけど、逆に誓約魔法を使える里だと言うことがばれてしまった上に、誓約魔法を知らない連中に里の人間が拷問を受けたことがあったらしく、そのぐらいなら里のことを話してもよいとなったらしい。

 どうせ結界に阻まれて入ることは出来ないのだからと。

 誓約魔法にかかると誓約した内容に関連したことを話そうとすると音として聞こえないだけではなく、話している人の口元もゆがんで見えなくなる。読心術も利かない。


「誓約魔法、かけた憶えも、かかった憶えもないんだが。ひょっとしたら、ダイバー組合登録か?」


 組合登録したときに、何かおかしな感覚があったが、気のせいかと思ったらしい。


「ミナモからの警告もなかったし」

「ミナモ?」

「あ…」


 今の「あ」という言葉でわかった。

 ミナモというのはオーロの精霊の呼び名か。


「ダイバー登録で誓約魔法か。ダンジョンには外に漏らしてはいけない秘密がいっぱいあるんだな」

「そのようだな」


 俺は精霊の話題をスルーした。多分聞かれたくないだろうと思ったから。

 案の定、オーロも俺の話に乗ってきた。

 それよりもオーロの話が聞きたい。


「オーロどこまで潜ったんだ?」

「俺は平原一階だけだ。すぐに出てきたよ」

「もっと潜っていたいとか思わなかった?」

「いや、俺の目的はダンジョンに潜ることだったから。潜った履歴があればいいんだよ。さっき誓約魔法が発動したから説明できないけど、潜るだけでメリットがあるってことだよ」

「そんなもんか?」

「カイもダイバーになったらわかる。相手がダイバーだったら、今の話も問題なくなるはずだ」

「そうか」


 ダイバーになると一体何が起こるんだろうか。

 誓約魔法を知らぬうちにかけられるというのもどうなんだろう。

 リーザやイメルダにもダンジョンの話を聞いたけど、あまり細かいことを教えてくれないのは誓約のせいなんだろうか?


「カイ、俺は明日村を出てイケーブフの南の森に野うさぎや野ねずみを放ちに行く。カイもいくか?」

「いや、俺、イケーブフであんまりいい思いしてないから、ここに残るよ」

「そうか。イケーブフと言っても、村まで行かずに野営地から南側にいく道があるから、そっちだけどな」

「う、そうか。それなら南の森をちょっと見に行く。気になるし」

「じゃあ、そろそろ寝るか」

「おう」


明日は東門を出て夕方に野営地へ。

野営地で一泊して、翌朝まだ暗いうちから野営地を出て南に行けば昼過ぎに森まで行って、そこから夜には野営地まで戻ってこれるだろう。

野営地でまた一泊してその次の日の昼過ぎにはイケーブスに戻れるらしい。


「お休み、カイ」

「お休み、オーロ」




 …水の。ダンジョン入ったのか?

 …ああ、入ったよ、火の。久しいな。オーロにかかった誓約、君には効かないだろう?

 …うむ。聞こえておったよ。ダンジョンに入るメリットは知らなんだ。しかしお主らに先を越されるとは。

 …オーロはダンジョンに興味が無い。スキル目当てだった。もう少し長くいてくれれば私の力も増えたのだが。

 …短時間でも良いではないか。で、どうだったのじゃ?

 …今年はそんなに不快ではなかった。あれはやはり最初に迷宮都市に入るときのみ。迷宮自体は何もしてこないようだ。

 …迷宮都市に入るとき、初回のみか。その情報が正しければ一回だけ出し抜けば良いのか。やれそうじゃな。

 …やはりやるのか?

 …抗うとも。当然じゃろう。カイの魔力回路はわらわの物ぞ。侵入なぞ許しとうはない。

 …だが、何も受け入れなければダンジョンに入れないかもしれないよ。

 …百歩譲ってカイの身体に多少の干渉は許そう。じゃが、わらわにまで侵入することは許さぬ。昨年はお主の気配が変わっておったからびびったわ。

 …オーロが迷宮都市に入ったときに侵食してきたからな。多少は抗ったが印は消えぬよ。

 …一生消えぬ印か。事前に聞かせてもろうて助かったわ。わらわは抗うてみせよう。

 …火のが抵抗すれば、カイが苦しむと思うが。

 …それでも抗うてみせる。そうじゃ、お主ら南に行ったとか。ロブの結界域には行かなかったのかえ?

 …はあ。ほどほどにな。南は港町までは行ったが、海は渡らなかったからな。

 …惜しいの。旅をするなら五つの里を回れれば、迷宮に入らずとも力は増大するのに。

 …そうだな。イメルダ隊は西には行かないようだから、オーロが力をつけて単独で隊商を起こすまでは里巡りは出来ないだろう。

 …そうなるとカイの成長の方がやはり早いかもしれんのぉ

 …オーロは生き急いでいないから、私もゆっくり力をつけるとしよう。しかし、火の、魔法を使ったのか?力が増えているように見えるが。

 …狂騒の種が巻かれたようじゃ。一度北の森の索敵をした。久々に魔力回路に全力で力を巡らせたわ。

 …ほう。どうだった?

 …かつえていたことを実感したわ。だが、収納魔法だけは日々使い続けておったから、魔力回路はきっちり引けておった。そこに久々に力を全力で流したら、あそこまで伸びるとはの。新しい育成方法になったやもしれぬ。

 …そうか。報告するのか?

 …報告する方がいいじゃろうの。力の異常なほどの成長。ちょうど身体も成長期だったからかもしれんがの

 …ダイバーになったら火のに一気に抜き去られそうだな。

 …水の、楽しみにしておれ。いつかわらわが抜き去るのをな。

 …慎重に進めよ。死なれては困るのだから。

 …カイは死なせぬよ。たとえ狂騒が起ころうとも乗り切ってみせるとも。

 …お互い、良いパートナーを得たようだな。

 …わらわのカイはまだまだ育つ。楽しみじゃよ。

 …私のオーロも楽しみだ。

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