精霊とともに歩む者たち~隠れ里で精霊にえらばれた俺はダンジョンダイバー目指して頑張ります~
@nanami-7733
第一章.旅立ち
第1話 成人儀礼
夕方までは冷たい雨が降っていた。今はやんだが、まだ少しじめじめしていて、肌に服が張りつくような、そんな蒸し暑い夜を迎えていた。
今日は里の成人儀礼の日。
月に一度開催されていて、今回成人儀礼を受けるのは五人。
成人儀礼の日には二つの洞窟が開放される。
一つは内なる洞窟。
一つは外たる洞窟。
成人となった者はどちらかの洞窟を選んで中に進む。
どちらの洞窟にも精霊たちがいて、パートナーになってくれそうな精霊に選ばれると成人として認められる。
内なる洞窟にいるのはこの地を好む精霊。内なる洞窟の精霊と縁を結んだ者は、この地を三日以上離れられなくなる。
外たる洞窟にいるのはこの地の外に行ってみたいと思っている精霊。外たる洞窟の精霊と縁を結んだ者は、十日のうちに準備を行い、この地を離れなければいけない。
今日精霊に選ばれなかった者は一年後の同じ月の成人儀礼の日に改めて成人儀礼を受けることができる。今年の五人のうち二人は去年十五歳になったが、成人儀礼の日に精霊に選ばれなかった者だ。
精霊は気まぐれで、全員が選ばれる年もあれば、全く誰も選ばれない年もあり、選ばれなかったこと自体は珍しいことではない。去年は二人とも選ばれない年だった。
去年の二人と今年十五になった三人、この五人が成人儀礼に挑む。
また、内なる洞窟にいる精霊と縁を結んだ後に外に出たいと考え直した者や、その逆に外に行って里に戻りたいと考える者は、一年以上後の誕生月の成人儀礼の日に精霊との縁を切って、再び別の精霊を選ぶことができる。
これを道違(みちたがえ)の儀と呼び、生涯に二度だけ精霊との縁を結びなおすことができる。
今日は六の月の成人儀礼の日なので、三年前の六の月に成人したオーロが道違の儀に参加している。
最初に内なる洞窟に向かい生活の基盤を作ってから、外たる洞窟の精霊を契約し、この地を長く離れ、人生の最後にこの地に戻って内なる洞窟で契約してこの地で死んでいく者もいれば、最初に内なる洞窟で契約した精霊と生涯ともに歩みこの地で亡くなる者もいる。
どちらかというと成人儀礼の日は内なる洞窟に行く者が多いかもしれない。今日、成人儀礼におもむく者のうち、俺を除く四人は内なる洞窟に挑むらしい。俺と道違えの儀のオーロは外たる洞窟に挑む。
最初に儀式に挑むのは、去年成人の儀で精霊に選ばれなかったデュークだ。
去年の成人儀礼に挑む前のデュークは少し乱暴なところもあったけど、鳥や兎を狩ってみんなに振る舞うようなやさしいところもあった。
一年前の成人儀礼の時には外たる洞窟に挑んだが、選ばれなくてしばらく落ち込んでいたようだ。
この一年、畑の世話を手伝ったり、橋の修繕を手伝ったり、この地で大人に交じって作業を続け、今はみんなもデュークがこの地に残ってくれればと思っている。
今年は内なる洞窟に大婆様と一緒に入っていった。
儀式は半刻ほどで終わるらしい。待っている間みんな祈りを捧げる。入っていった者が精霊に選ばれますように、と。
最初の一人が選ばれた年は他にも選ばれる者が出やすい。だが、最初の一人が選ばれなかった年は、他の多くの者も選ばれず、中には六人が挑んで一人も選ばれなかった年もある。
去年はアシャが先に入って選ばれず、デュークも選ばれなかった。アシャは、今年は自分が先に入りたくないと言って、デュークにお願いをしていた。
大婆様もどちらが先に入ってもよいといったので、今回はデュークが先に入ることになった。
半刻ほどたっただろうか。御婆様とデュークが出てきた。
デュークの胸には見慣れない宝石飾りがついていた。緑の宝石の周りに蔓のような金の模様。あれはブローチだろうか。縁を結んだ精霊は身につける物についている宝石の中に宿る。あれをつけて戻ったと言うことは・・
「よーっしゃー!」
「おめでとう。デューク」
「やったね。デューク」
「やったな。デューク」
「選ばれたか。よかったな。デューク」
ディルは飛び跳ねて喜んだし、アシャもイータも俺も祝福の言葉をかける。
オーロもほっとした表情だ。オーロだって一度結んだ縁を解いて、別の精霊に選ばれないといけないのだから、最初の一人が選ばれるかどうかハラハラしていたはずだ。選ばれないと一年は半人前扱いになってしまう。
幸先のよいスタートに少し空気が緩んだ気がした。
「行ってくるね」
そう言って洞窟に入っていったアシャも半刻ほどで赤い石のついた指輪をつけて戻ってきた。これで一年遅れとはいえ二人は成人だ。
「よっし。俺の番。見てろよ。俺も選ばれてくるぜ!」
そう言いながらも右手と右足を同時に前に出してぎこちなく歩いて行ったディルが洞窟の中に入ってしばらくすると、『ひゃっほー!!』という声が洞窟に響いて、大婆様に杖で小突かれて頭を押さえながら出てきた。
精霊の洞窟は静かにしていないと精霊が逃げてしまう。ディルが大声出したことで内なる洞窟の精霊の数は減ってしまったかもしれない。
次に挑むイータは、緑の宝石のついたネックレスをして戻ってきたディルの方を何か言いたげに見ていたが、すぐに大婆様に呼ばれて青い顔をしたまま洞窟に入っていった。
デュークもアシャも俺もオーロもディルを小突いた後ひたすら祈った。ディルも土下座の姿勢でずっとずっと祈っていた。
どうか精霊が残っていますように。イータが選ばれますように。
イータと大婆様は半刻では戻らなかった。ただ、一刻は経ってなかったと思う。
イータは真っ赤な目をして泣きながら戻ってきた。白く輝く水晶のような石のついたブレスレットをつけて。
「イータ、大丈夫?」
アシャはすぐにイータのところに行って話を聞いた。
洞窟に入ったとき全く精霊の気配がなかったらしい。半刻ほど待っていたが、精霊はおらず、イータはぽろぽろ泣いてしまったらしい。大婆様は、声を上げず静かに泣いているイータを見て、戻ろうとは言わなかったらしい。
静かに涙するイータが膝をついて、うずくまって泣いていたときに小さな精霊がやってきて、イータを選んでくれたらしい。
それを見たイータは、今度はうれしくて涙が止まらなくなってしまったらしい。
「イータ、ごめん!」
「よかったな、イータ」
ディルはひたすらイータに謝って、デュークはイータに手巾を渡していた。
俺もほっとしていた。ここで精霊の機嫌を損ねていたら、俺やオーロにも影響したかもしれない。
オーロはもう一回ディルの頭を叩いてた。
「さて、では外たる洞窟にいこうか。その前に
今度は俺とオーロの番だ。
先に白社に行く。そこでオーロがずっと大事に持っていた緑色の石のついた房飾りを社に戻した。
「元気でな。
彗というのはオーロの精霊だ。
三年間オーロを守ってくれた精霊。
オーロは成人の儀で内なる洞窟に入って精霊に祈るときに三年の間だけ守護してくれる精霊を望んだ。
長くは一緒にいられない。それでもいいと言ってくれる精霊もいる。人が好きでいろんな人を見たい精霊は短い間だけ人につくことを選ぶ。
逆に一度縁を結んだら、ずっとずっと一緒にいることを望む精霊もいる。
だからどちらの洞窟に行っても、自分がこれからどうしたいのかを心の中に思い浮かべておく必要がある。それが曖昧だと精霊も選んでくれない。
オーロはこの地を離れて、商売をやってみたいらしい。町から町へと商品を売り歩く行商人。この地にも年に数回やってくる。
オーロは行商人たちにいろんなことを学び、最低でもちょっとした旅に耐えられる知識やここより西のケーブの国で使われている言葉を学んでいた。
だが、準備が足りないまま十五を迎えてしまい、短期間だけ一緒にいてくれる精霊を望んだらしい。
彗という精霊は今までも何人もの子供についていたが、長くて五年で飽きてしまう。だから、しっかりした将来像があって、数年で白の社で別れてくれそうな子供を選ぶことで有名な精霊だ。
他にも
今回もオーロが白の社に置いたら、そのまま玉石は静かに消えていった。
また来月の成人の儀の時に誰かが内なる洞窟であの緑の房飾りを得るのかもしれない。
白社を通って、大婆様とオーロと俺とデュークは外たる洞窟にやってきた。
アシャとディルはイータを送って先に戻っているという。
イータは青くなったり赤くなったりで少し疲れてしまったようだったから、俺もオーロもイータに休んで欲しいと伝えて休んでもらうことにした。
デュークはオーロと大婆様が洞窟に行く間、俺が一人で残っているのを気にしてついてきてくれた。
先にオーロが大婆様と一緒に洞窟に入っていった。
「オーロは大丈夫かな」
「オーロなら大丈夫だろ。それに洞窟は分かれているし、こっちには影響ないはずだ」
俺とデュークは静かに祈り始めた。
行商人になって、いろんなところを回ってみたい。
それにこの地にない知らない商品をこの目で見たい。
便利な物を見つけたらここに俺が届けたい。
そう言っていたオーロ。
十五の時に言葉が間に合わなくて、行商人から一緒に行く許可が下りなかった。
オーロは悔しそうにしていた。
その行商人がオーロの家で待っている。
オーロは三年間ずっと頑張っていた。この地は自給自足だから昼間は当番の水くみや畑作りをしないといけない。だから、勉強はずっと夜にやっていたらしい。
オーロが成人儀礼を無事にクリアしたら、行商人は一緒に行ってくれると言っている。
どうかオーロの夢が叶いますように。
半刻が経った。
オーロが大婆様と戻ってきた。手に持っているあれは馬車の御者用の長鞭か?
「やったのか?オーロ」
そういうとオーロが鞭の手元を見せてくれた。よく見ると小さな目立たない青い石がついている。
「おめでとう、オーロ」
「おめでとう」
「ありがとう」
内なる洞窟で得られるのは装飾品。それも仕事で邪魔にならないような装飾品が多い。ただ、宝石は割と目立つ物が多い。この地の成人なら誰もが精霊石を持っているから隠す必要もない。
一方、外たる洞窟で得られるものは道具が多い。そして宝石は目立たない物の方が多い。
これは外で宝石をつけていると強奪されそうになることが多かったためだという。外からこの地に戻ってきて白の社に戻された宝具は、少しずつ地味で目立たない物になって外たる洞窟に並ぶようになったのだという。
さて、いよいよ俺の番だ。
もう夜もかなり更けている。
「覚悟はできているかえ?」
「無論だ」
大婆様が俺を導くように先を歩く。
今日はみんな選ばれている。俺も選ばれる確率が高い。とはいえ、一人だけ選ばれない年だってある。油断は禁物だ。緊張しすぎてもいけない。
俺は静かに息を整える。
大婆様の杖の先に光が見える。その明かりだけを頼りに洞窟の中に入っていく。途中で大きく下って、またまっすぐ進む。
もう入り口も見えないことだろう。だが、後ろを振り返らずひたすらまっすぐ大婆様の後に続いていく。
どのぐらい歩いたんだろう。四半刻も経っていないと思う。
少しひらけた場所に出た。天井も高いようだ。
その場所で大婆様が杖で大地をそっと指し示した。
俺はその場所に片膝をついて屈んだ。
大婆様の杖の明かりが消される。
一瞬真っ暗になった後、まるで満天の夜空のように洞窟の壁がキラキラと光り始めた。
この光輝くものすべてが精霊。
この中に俺を選んでくれる精霊はいるだろうか?
俺は祈るように手を合わせ、目を閉じてこれから先のことを頭に思い浮かべた。
俺が十の時に父が、十二の時に母が亡くなった。
その後、この地のみんなが俺を育ててくれたが、俺は親の畑を守るのには力不足だった。
畑は叔父に譲った。
叔父の家には従兄弟が三人いて、俺の家の畑もきちんと面倒を見てくれた。俺が成人したら返すと言ってくれたが、断った。俺が受け継いでも親父の畑をきっとだめにしてしまう。
俺は狩りの方が向いていた。
だから、弓と剣を習った。
行商人が言っていた。
ここより西の地では農村や町が熊や狼に襲われることもあり、それを退治してくれる者が足りないのだと。
俺はまずは西の地に行って、人々を助けながら自分の技を磨きたい。
そして、自分が十分に戦えるようになったら、迷宮都市に行ってみたい。
迷宮都市。
そこには巨大な迷宮があるという。
迷宮には様々な素材が落ちているが、魔物もいる。
魔物は倒せばそれも素材になる。
迷宮に潜って生計を立てる者たちをダンジョンダイバーという。
俺は迷宮を探索してみたい。
トップクラスのダンジョンダイバーには成れないかもしれない。
それならそれでもいい。
だけど、迷宮なんてものがあるなら一度ぐらい挑戦をしてみたい。
挑戦するなら若い方がいい。
家族ができて子供ができて、そしたらそんな挑戦できるだろうか?
俺にはできる気がしない。
だから、俺は成人したらすぐに腕を磨いて、できるだけ早く迷宮に潜りたい。
そうだな、俺が三十にでもなったら、迷宮を抜けよう。
その後は行商人になってもいいし、また、村で狩人として働いてもいい。
迷宮都市には情報も集まるだろう。
まだ見ぬ場所に行ってみたい。
そして、死ぬ前にもう一度この地に戻ってこれれば。
俺はそう思っている。
だから、一緒にきてくれるなら、長く長く俺と一緒にいてくれる精霊がいい。
俺はオーロとは違う。
俺の道は獣たちの血で汚れる道かもしれない。
ひょっとしたら迷宮都市で命を落とすかもしれない。
精霊たちは縁を結んだ者が精霊の地を離れて倒れたら、そのものの体を借りてこの地に戻ってくると言う。
だから、俺を選ぶ精霊は俺の身体とも相性がよくないといけないと思う。
自分でも難しいことを言っていると思う。
そうならないように、必ず帰れるように力をつけろと言われればその通りだ。
だが、俺は迷宮に魅せられている。
一度はどうしても行ってみたい。
たとえ力不足だったとしても、だ。
無謀なことを考えているのは自覚している。
こんなぼんやりした将来に付き合ってくれる精霊は少ないかもしれない。
それも承知している。
それでも俺は嘘をつきたくない。
これは俺の正直な気持ちだ。
こんな俺を選んでくれるだろうか?
目をつむっているのにわかる。
満天の夜空のようにきらめいて音もしないのに気配だけはしていた洞窟から、気配が消えていく。
今日は俺で最後だから、俺を選ばない精霊たちは一月の眠りにつくのだろう。
やはり俺とともに迷宮に行きたいという精霊はいないのだろうか?
剣も弓もそれなりに鍛えてきた。
野宿もできる。
今なら行商人がオーロを連れて行くときに俺も途中まで連れて行ってくれると言っている。
好機なんだ。
来年ではこんなに条件には恵まれないかもしれない。
俺と同じように見たことのない世界へ。
行きたいと思う精霊よ。
どうか応えてくれ。
気配はもうわずかになった。
未だ俺に触れる精霊はいない。
だが、わずかでも気配があるのなら、俺は祈る。
俺を選んでくれるように。
どうか。
どうか。
俺は行きたい。
行きたいんだ!
ふっと、肩に何かが触れたような気がした。
あたりから気配が消えた。
コツン
大婆様が俺の背に杖を当てたのだろう。
これが合図。
俺はそっと目を開けた。
真っ暗な洞窟の中で、そこだけが輝いていた。
目の前に短剣。
少し反っている。
半月刀だろうか?
黒っぽい皮の鞘。
短剣を引き抜くと鍔に赤い石がついていた。
刀身も赤みを帯びている。
…
名が聞こえてきた。
焔舞
それが俺を選んでくれた精霊の名前。
赤い石でこの名前。
火の精霊で間違いないだろう。
焔舞
焔舞
声に出さず何度も名を想う。
短剣が少しだけ熱を帯びた気がした。
周りが少し明るくなる。
大婆様が杖に明かりを灯したのだろう。
これで儀式は終わり。
俺は焔舞を手にして立つと、大婆様が歩き始めた。
後をついて洞窟を出る。
デュークとオーロが笑顔で迎えてくれた。
「やったな。カイ」
「今年は全員選ばれたな」
二人が俺の肩をぽんとたたいた。
「さて、戻るかの」
大婆様について俺たちは里に戻った。
ここは精霊に愛された里。
俺たちは精霊と歩む者。
イリシアの民。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます