幼馴染はクソ女

金平糖二式

幼馴染はクソ女

そいつとはガキのころからの付き合いだった。


物心ついたころからいつも一緒にいたし、周りにそれを茶化されたり、逆にもてはやされたりもした。


それが気恥ずかしいと感じることも確かにあったが、そいつの傍を離れようとか考える事は無かったし


これからもずっとそうだと能天気に思っていた時期はあった。


今となっては馬鹿馬鹿しい話ではあるが――あいつに恋心、というものを抱いていた時期も、あった気はする。



それが終わり、疎遠になったのは、丁度高校に入学した頃、半年ほど前か。


先輩に告白されて恋人になった、と嬉しそうにあいつが俺に報告してくる姿を見て――


なんというか、どうでもよくなった。


何より大事だと思っていたものが、ゴミ屑以下の何かに成り下がる瞬間を……


醒める、ということはこういうことなんだな、と心の何処かで冷静に見ていた。



それ以来、恋人ができたんだから、他の男と親しくすべきじゃない、とか何といって、縁を切った。


実際は、こいつに関わる事で、少しでも時間を無駄に浪費することが酷く馬鹿馬鹿しくなっただけなのだが。







放課後の教室。


帰宅部である俺は、さっさと家に帰ろうと荷物を纏めて鞄を肩にかけ、席から立ち上がる。


「あのさ、シュウちゃ……修二君、ちょっと……いいかな、時間ある?」


そこに声をかけて来た相手を視認すると、うんざりとした気持ちにさせられる。

それが表情に出てしまったのか、態々呼び方を途中で言い直してきた。

長谷川七海。世間的に見れば、幼馴染という事になるのだろうか。


容姿は……まあ優れてはいるのだろう。


大人しそうではあるが、腰まで伸ばしたロングヘアに、整った顔立ち。

成績も優秀で、交友関係も広い。

こいつの事を狙っている奴は一人や二人ではきかないし、こいつと幼馴染というだけで羨まれたり、妬まれたりしたこともある。


もうしばらくろくに話もしていないし、正直なところどうでもいいのだが。


「いや、無いな」


こいつの相手をすることに時間を割くなら、さっさと帰ってソシャゲの周回でもしていたほうがまだ有意義だ。


「ごめん……その、話がしたいの。私が嫌われてるのは、わかってるけど」


腫物でも触る様な……


いや、何かに怯えているような長谷川七海の調子に、自意識過剰すぎやしないか、こいつ、と少し苛ついた。


時間がないといっているのだから、素直に引き下がればいいものを。

内心辟易としながら、仕方なく言葉を返すことにした。


「いや別に。何か用事?」


「えっと……その、久しぶりに、二人で帰りながら、話さない?

あ、それともう……先輩とは、大分前に別れたから」


いきなり何を言っているのだろうか、こいつは。意味が分からない。

お前が誰と付き合っていようが、別れようが――それこそ今更どうでもいい話だ。


「それ、ここで簡潔に済ませられないような内容?」


「……うん、できれば、ちゃんと、話したいから……」


ここまで露骨に避けられているのに、何を話すというのか。

とはいえ、ここで断ると、しばらく付きまとわれそうな気もしなくはない。

そうなると、こいつの周りの連中に鬱陶しい絡み方をされるだろう。

それと、少しばかり思い出した事もある。


「わかった、別にいいよ、長谷川さん」


ただでさえ暗かった長谷川七海の顔に、また少し影が差した気がする。

態々時間を割いてやるといっているのに、何が気に食わないのだろうか。

あいつは何かを押し殺すように、寂しげに笑った。


「ありがとう、ごめんね、つき合わせちゃって……じゃ、帰ろうか」





「あのさ……昔とこの辺も随分変わったよね」


帰りの電車を降りて、駅から徒歩で帰路に就く際中、長谷川七海はそんなことを言ってきた。

電車の中では碌に話をしていない。

少なくとも俺の方からは話すことなど何もないので、特に何にも言わなかったが。

向こうも向こうで気まずそうにしてなにも話さなかったからだ、


……いや、何がしたいんだ、こいつは?


そしてようやく口を開いたと思えば、これだ。


「そりゃ変わるんじゃないか、いつの話をしてるのか知らないけど」


小学校の時までよく一緒に行っていた駅前にあった本屋がなくなったとか。


長い事駅のテナントに入っていた、中学の時まではこいつと偶に食いに行っていた

バーガーショップがなくなってコンビニに入れ替わったとか。


一月前くらいに駄菓子屋のばあさんがぶっ倒れて、一緒に遊んだガキの頃よく行っていた店がなくなったとか。


そういう話をしたいのだろうか。


こいつの考えていることは、あの時からずっとよくわからない。

いや、元からわかってなどいなかったのだろうが。


「……いや、ごめん、変な事言ったよね、忘れて」


本当に、何なんだろうか。


特に俺の方から何かを言う気も起きず、無言で歩き続ける。

そうこうしているうちに、家も近くなり……近所の公園の近くを通り過ぎる。

とは言っても、今となっては殆ど何もなく、空き地とそう変わらない。


老朽化のせいで、ガキの頃には、こいつとも一緒によく遊んだ遊具……

滑り台とか、ジャングルジムとか――があらかた撤去されている。

ああ、ブランコはまだ残ってたな。

使用禁止の看板がかかっているから、遠くないうちにこれも撤去されるだろうが。


「あのさ、ちょっとここ寄って行かない?」


「いや、こんなとこで、何を?」


もうここまで来てしまえば、後数分もせずに家に着く。

ここに来るまで碌に話も成り立たなかったのだ。

もう十分付き合ったし、帰ってしまっていいだろう、正直。


「話がしたいの。……今、ここで」


ここにきて今までとは違う、強い口調で長谷川七海は俺に向けてはっきりと口にした。

時間の無駄だ、としか思えなかったがまあ、これが多分最後だ。


「わかったよ……で、話って何」


公園の敷地内に入り、古ぼけたベンチに座り込んで体重を預けると、ぎしりと軋む。

少し遅れて、長谷川七海も隣に座ってきた。

こちらに向けて意を決したように、勢いよく頭を下げて。


「ごめんなさい……多分、いやきっと、私、修二君……

ううん、シュウちゃんのこと、裏切って傷つけて……最低だった」


「……何の話だ?」


先輩とやらと付き合ったことを言っているのであれば、今更だ。

半年も前の話だしもうどうでもいい。

というよりは――


「いや、長谷川さん。なあ……それ、誰の入れ知恵だ?」


こいつのおめでたい頭から、俺を裏切ったとかいう発想自体、出て来ることがありえない。

……少なくとも、こいつの友人とかではないだろう。

あいつらであれば、長谷川七海は何も悪いことをしていない、とかおためごかしを宣うだけなのは間違いない。

俺の感情を考慮しなければ、まあ正論なのだろう。

虫酸の走る話ではあるが。


暫く彼女は、えっと、あの、と言い淀んでいたが、観念したように、絞り出すような声音で白状する。


「……お母さん。友達とかにも相談したんだけど……

皆、私は悪い事なんてしてないって言うの。

でも、多分、そんなこと言ったら、シュウちゃんとは、もう……

本当に、駄目に、なっちゃう気がして……」


どうしたらいいか、わからなくなって、と続けてぼそぼそと話す長谷川七海の姿は

いつも友人やらに囲まれている時とは、比べ物にならない程、惨めに見えた。

例えるなら、叱られることに怯える、小さなガキのようだ。

そしてやはりと言うべきか、コイツの友人の頭の程度は、ほぼ予想通り。

まあ、他人事なら何とでも言えるしな。


「……おばさんに?で、一体何を言われたんだよ」


「……普通に、呆れられたよ。それで嫌われないと思ってるのか、って。

もう高校生なんだから、誰と付きあおうが口を出す気はなかったけど……

その結果、起きた事で後悔して、親に泣きつくぐらいなら、最初から、やるなって……

どうしてもシュウちゃんが諦められないなら、自分が悪いと認めた上で一からやり直すしかないって。

もちろん、受け入れてくれなくて、当たり前なんだから、生半可な覚悟なら、勧めないけど、って……

信用も、信頼も、全部、積み上げてきたものを、壊しちゃったのは、他の、誰もない、わたし、なんだから、って……」


最後の下りは、何度もつっかえながら、瞳に涙を滲ませて、長谷川七海は告げて来た。

おばさんの言葉は、伊達に俺とこいつの事を、子供のころからずっと、見ていたわけではない……

まあ、アドバイスとしては妥当と言うか、可笑しな事を言ってはいない、と思う。

多分、最終的に、こうしてこいつが俺に白状してしまうことまで予想しているのだろう。

上っ面だけの寝言でこいつを慰めたところで、意味がない事どころか、逆効果でしかない事を理解している。

こればっかりは、所詮は高校生、図体がでかいガキと、いろいろ経験してきた大人の違いって奴なんだろうな、多分。


「……で、長谷川さんは、結局どうしたいんだ?

ここに来るまで、一度もそれを聞いてないんだが」


「その、シュウちゃんと……こい……」


俺に質問に対して、長谷川七海はしどろもどろになりながら……

最後の辺りは、声が掠れて聞こえず……黙り込んでしまう。

その様子からは、クラスの中心で明るく振る舞っている姿は見る影もない。

昔々、引っ込み思案だったころの、ガキの頃のこいつの姿を思い出す。


「……はっきりしてくれ。俺もそこまで暇って訳じゃないんだ」


敢えて、聞いておく。

まあ、こいつへのおばさんのアドバイスの内容から、答えは出ているようなものだが。


「だから、その……また、友達から、やり直したいの。

今更、昔みたいに戻りたいなんて……

ましてや、好きだなんて、付き合いたいなんて言っても……

受け入れてもらえないのは、当たり前だと思う。

だけど、もう一度、もう一度だけ……最初からやり直す、チャンスが欲しいの。

虫のいいことを言ってるのは、わかってるけど……お願いします」


そう言い切って、長谷川七海は、俺に視線を合わせて、はっきりと言い切ってから、頭を下げて来た。

俺は、それに冷えきった声音で答えを返してやった。


「……お前さ、俺の事、舐めてるのか?

自分なら……俺相手なら、多少しおらしい態度とってやれば、なあなあで誤魔化せる、とか思ってないか」


「そう言われても……仕方がないことは、やったと思う。

それでも、お願いします」


「俺は、自分にも悪いところがあったなんて思ってないぞ、言っておくがな」


「……わかってる」


「お前なら相手なんていくらでもいるだろ。

他にスペックの高いイケメンでも何でも探してあたれよ。

……ああ、一度それが取柄のカスに引っかかって失敗すれば多少は懲りるか、流石にな。

それでも、俺じゃなきゃいけない理由って、何だよ?」


「今の私が何を言っても説得力なんてないし……

自分でも、本当にどうしようもないくらい、薄っぺらい女だって思うよ……

それでも、シュウちゃんがいいの、シュウちゃんじゃなくちゃ、駄目なの」


目の端に涙を滲ませながら、それでも一度もこちらから目を逸らすことなく返してきたこいつに……

俺は深く、深くため息をついてから……七海に、告げた。


「二度目なんてねえぞ、言っとくけどな。

お前が自分で、そうするって言ったんだ、今回は。

それをもし裏切ったら……逆恨みだの何だの、言われようが知るか。

どんな手を使ってでも、必ず、後悔させてやる。

脅しでも何でもねえぞ。

それでいいなら好きにしろよ」


「……え、シュウちゃん、それって」


終始暗かった七海の表情に、少しだけ、光が差した。

まったく……我ながら、今更情に絆されたとでもいうのだろうか。

なぜこんな言葉をこいつにかけたのかが、自分でもわからない。


少し前に、おばさんから言われていた言葉を思い出す。


『私から何を言っても、意味がない。それでも一度だけ、あの子の話に付き合ってやってくれ。

その結果で、七海の事をどうするかを、貴方自身で決めてくれ』


……だったか。


今更だが、聞くんじゃなかったとは思う。

この判断に、間違いがないかと言われれば……正直な所、自信がない。

一度ある事は二度ある、とは言うし、現在の俺からの七海への信用度はマイナスにまで達している。


「ほら、そろそろ帰るぞ、七海」


「……あ……うん!」


俺はそれだけ言うと、ベンチから立ち上がって、七海を置いて、先を歩き始めた。

後ろから、足音が聞こえてくる。

俺に追いつこうと、あいつが必死に走ってくる音だ。

そして、隣に並ぶと、息を切らせながら話しかけてきた。


「……シュウちゃん。私……頑張るから。

いつか……信じてもらえるようになるまで……

振り向いてもらえるように、なるまで、ずっと」


「そうかよ、期待してねえ」


そんな俺の言葉に、七海は、嬉しそうに笑ってみせた。

俺達は、二人並んで、夕日に染まる帰り道を歩いていく。

昔そうしていた時よりは、幾分か距離が開いたままだ。


これが再び縮まって、その先に行くことがあるのかどうかは……今の俺には、まだわからなかった。

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