第33話◆ いのり
「やれやれ、やっと終わったか」
生徒たちは前任のマーチン先生の指導のおかげで基礎は身についているようだ。
ただ型にとらわれ過ぎている帰来がある。冒険者にとって必要なのはお行儀の良い剣技ではなく臨機応変な戦法だ。
正直モニカがそこまで求めているかは微妙なところだが……さて、未来ある若人たちをどう育てたものか。
『ロラン、今どこにいるの?』
おっと、モニカの念話か。久しぶりの念話だな。つまり事は急を要するに違いない。
「どこってそりゃ道場だろ、今さっき授業が終わったところだ」
ちっと小さく舌を打ったモニカの焦燥が伝わってくる。
「緊急事態か?」
『今すぐに術科訓練場に向かって、そこからはちょっと距離があるけど』
「どういうことだ?」
『監視用に飛ばしていた使い魔が魔術科の生徒たちと一緒にいるイノリの映像を送ってきたの』
「それがどうした?」
『問題児なのよ、生徒を何人も退学に追い込んでいる。昨日もひとりの生徒が自主退職したの。きっとあの子が関わっているのよ』
穏やかじゃないねぇ……、まさか命までは取られないだろうがイノリが怪我するような事態を見過ごすわけにはいかない。
「わかった、すぐに向かう」
『お願い、私も今向かっているから。《
念話が切れると同時に付与魔術が掛かって体が軽くなる。
これは一日一回限定で離れた場所にいる仲間をエンチャントできるモニカのユニークスキル《
俺は風に乗って走り出した。
――って、術科訓練場ってどっちだ?
◇◇◇
散々迷った挙げ句、やっとたどり着いた術科訓練場。既に到着していたモニカが「開けなさい!」と声を上げて扉を叩いていた。
「モニカ!」
「向こうから鍵が掛けられているの!」
振り向きざまに彼女は言った。
「マスターキーは持ってきてないのか?」
「仕方ないでしょ急いでたのよ!」
「分かった。扉をぶった斬るぜ」
モニカの体を押し退けると同時に俺は対魔加工の鋼板を叩き斬る。開け放たれた訓練場の中から何かが焼ける焦げくさい匂いが流れ出てきた。
すぐさま俺とモニカの元に駆け寄ってきたのは、ふたりの女生徒たちだ。
「これは互いの合意の上の決闘です。手を出さないでください」
「グレーヴェン家令嬢の御命令です」
毅然とそう告げた彼女たちは俺たちの前に立ちはだかる。
「そこをどけ……」
俺が敵意放ち睨みつけると少女たちは「ひっ……」と悲鳴を漏らした。後退りするふたりを押し退けて足を踏み入れる。
訓練場の中央付近でふたりの生徒が対峙していた。一方はワンドを構えた金髪の少女、もう一方は何も装備していない黒髪の少女。
イノリが着ている学園の対魔ローブは所々が焼け焦げている。剥き出しの顔は煤だらけになっている。
一方的に火炎魔術を浴びさせられていることは一目瞭然だ。
「いますぐ止めなさ――」
「待て……」俺はモニカの手首を掴んで止める。
「なんで止めるの!? イノリは攻撃魔術なんて使えないのよ! 相手のサラは中級魔術まで使える、勝てる訳ないじゃない!」
モニカは俺の手を振りほどこうするが、俺は離さなかった。
魔術の勝負では勝てる見込みはない、そんなことは承知の上で彼女はこの決闘に臨んだのだ。彼女に負けるつもりなんて端からない。
現にイノリの眼は死んでいない。あれは覚悟を決めた戦士の眼だ。元の世界で魔法少女として悪の組織と戦っていたと言う彼女は、見ためどおりの少女じゃない。
彼女には覚悟がある。
彼女には戦う理由がある。
俺には彼女のやろうとしていることが分かる。
ああ、キミはなんて子だ……。
攻撃魔術は使えず、剣術はお遊戯程度、ならば出来ることはひとつしかない。
〝相手の魔力が尽きるまで、耐え続ける〟
イノリは相手の心を折ろうとしているのだ。
「い、いい加減しつこいのよ!」
ワンドの先から射出される火球の大きさと勢いが明らかに弱まっている。逆にイノリの脚は止まらない。ローブを上手く使って火球をいなし、紙一重で避けていく。
「く、くそ……もう魔力が……」
少女の上体がふらりと揺れた。ワンドを持つ反対の手で頭を抑える。それは魔力切れの兆候に他ならない。
初期症状は軽い頭痛と立ち眩み、悪化すれば激しい頭痛と吐き気。さらに使い続ければ意識を失い、最悪死亡する。
死んでも勝つ――、イノリと対峙するあの少女にそれだけの覚悟があるか。もちろんそんな覚悟は持ち合わせていないだろう。
この戦いの勝敗は始まる前から決まっていた。
ついに火炎魔術が止まった。ワンドから放たれる火球は不発に終わり、灰色の煙だけが立ち昇る。少女の腕が力なく落ちていき、手からワンドが離れた。もはや立っているのがやっとの状態だ。
イノリもすでに限界だ。それでも彼女はふらふらしながら足を前に出し、虚ろな眼をした少女の胸ぐらを絞るように両手で掴んだ。
「やったことを……、取り消して……」
乾いてひび割れた声。
おそらくイノリは気管に火傷を負っている。早く治療しないと浮腫で喉が塞がってしまう。
どちらも限界だが、相手の眼にはもう力がなく戦意を喪失している。対してイノリの眼の光は衰えていない。
彼女は絶対に屈しない。
彼女は絶対に折れない。
なぜなら彼女こそ《
「と、とりけす……、取り消すから離して……ぐるじい……」
その言葉を聞いたイノリの表情から強張りが溶けていく。
「や、やった……」と呟き、そのまま後ろに倒れていく彼女の体を俺は抱きかかえて支えた。
「……ロ、ランさん……、わたし、やりました……」
俺の顔を見てイノリが微笑む。
彼女の煤けた頬を指で拭った俺は、「ああ、良くやった」と頷いた。
こくりと頷き返し、目を閉じたイノリは俺に支えられたまま両手を胸の前で重ねて祈りはじめる。
「ロラン! すぐに医務室に運ばないと!」
「大丈夫だ」俺は首を振る。
イノリが変身するまでに掛かる時間、三分間。
祈り続けなければならないその間、彼女の周囲を飛び交う白い光の粒子は治癒魔法の光と酷似している。
俺は気付いていた。
彼女が変身した後、その足元にあった枯れた草花が生気を取り戻していることに、あの光には完全回復術と同等の効果があることを――
やがて魔法少女が放つ光は優しく彼女の傷を癒していき、煤けた顔や焼けた肌が元に戻っていった。
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