【第三章】ナレッジイズパワー

第22話◆ 魔導学校

 パーティ解散届は受理されたら基本的に取り消しはできない。ティナが個人的に保留してくれたおかげで《不撓の鯱》は解散せずに済んだ。


 これにて一件落着――、とはいかず俺はティナからも説教を受けるハメになった。

 いい歳のおっさんが十も離れた娘に説教されるなんて、なんとも情けない話である。

 しかし、ティナの苦言はもっともであり、俺は先走り過ぎてしまったことを猛烈に反省したのだった。


 それから数日後――。


「学校ですか? 魔術の?」


 イノリは振り返った。俺たちは現在、家畜を襲うモンスターの討伐クエストが終わって帰っているところだ。


「そう、俺の知り合いが運営している魔導学校だ。通ってみないか?」


「でもわたしはこっちの魔術は使えませんよ」と、俺の前を歩くイノリは言う。


「ちゃんと習えば習得できるかもしれない。魔術の素養があるかないかはやってみないと分からないんだ。もし魔術が使えれば戦闘でも役立つだろ?」


「そしたらまた勝手に移籍させられるかもしれませんね」


 トゲのある言い方だ。いや、トゲを持たせているのは間違いない。


「おいおい、この前のことは悪かったって……」


「別にいいですよ。引く手あまたになって今度はロランさんを後悔させてあげます」


「まいったな……」


 俺は苦笑して頭を掻く。

 歩く速度を緩めたイノリは困っている俺の顔をちらりと横目で見てきた。


「……それに授業料とか高いんじゃないんですか?」


「実はその学校は魔導の研究機関でもあるんだ。イノリか使う魔法について調べたいと言っていてな。その代わりギブアンドテイクで授業料はすべてタダになる」


「……」


 イノリが立ち止まり、俺も少し遅れて立ち止まった。


「あまり気は乗らないかい?」


「わたしは……、わたしはロランさんとクエストしたりお買い物したりして過ごしていたいです。それで今は十分です」


「えっと……それは、なんて返したらいいのかな」


 イノリの顔が見る見る紅潮していく。


「へ、変な意味じゃないですよ! 勘違いしないでください!」


「あ、ああ……。イノリの魔法を研究することで、元の世界に帰る手掛かりを見つけられることができるかもしれないだろ?」


「元の世界……」


 彼女が俺と一緒にいるのは、クエストをこなして有名になるためでも日銭を稼ぐためでもない。元の世界への帰還だ。


「それに魔術の習得だけじゃなくて、こっちの世界でしばらく暮らすなら同世代の友達を作っておいた方がいいんじゃないかと思ったんだ。イノリの知り合いって結局は俺の知り合いだし、けっこう偏ってるし……。ギルド関係者や冒険者たちに囲まれているのはあまり良い環境とはいえない」


 これはもしも帰れなかったときの保険だ。この世界で共に生きて行く同世代の仲間が彼女には必要だ。帰還の目処がついた場合は、別れを辛くさせてしまうが仕方ない。


 むぅ、イノリは不満げに口を窄めた。

 しっかりしていそうだけど、こういうところはまだまだ子供だな。


「なんだかひとりの時間が欲しいように聞こえます。それならそうと言ってください」


「そ、そんなことないって……。それに俺も剣術の外部講師として招かれているんだ。つまり俺とイノリは学校にいる間は先生と生徒ってことだ」


「先生と生徒……」


 彼女は考えた後、再び俺を見つめる。


「わかりました。魔術学校に通います」


「お? そうか」


「でも、どうして魔術士が剣術を習うんですか?」


「最近では魔導剣士ってのがトレンドになってきているらしくてな、魔導剣士コースを新設したそうだ。流行りを取り込んで生徒を集めようって魂胆さ、あの拝金主義が考えそうなことだ」


「魔導剣士……、なんだかカッコイイですね!」とイノリは声を弾ませた。


 叶うのならば、俺が生きている間に彼女を帰して上げたい。


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