第20話◆ 心なし

「ふぅ……」

  

 自室に戻ってきた俺はベッドに腰を降した。


「これでよかったんだ」と独りごちる。


 試合の後、リーネに手を引かれるイノリを見送ってからギルドに立ち寄った。受付カウンターの近くに《鈍色の兎》がいることを確認した俺は、それとなく彼らに聞こえるようにティナと会話しながらパーティ解散届を提出した。


 ティナの驚いた声にニナが振り返っていたから確実に聞こえていただろう。俺の読み通りなら彼女は今夜中にイノリに声を掛けるはずだ。冒険者ならあれだけの素材をほっとくはずがない。


《鈍色の兎》、今どき珍しい安全第一で堅実なパーティだ。リーダーのニナを筆頭に人格者が揃っている。

 あいつらならイノリを任せされる。イノリの特性を理解した上で役割を与えて作戦を組み立ててくれる。もう彼女が疎外されることはない。


 俺の役目はここまでだ。


 もしもイノリが元の世界に帰れなかったとしたら、彼女はこっちで生きていくことになる。なら実力があってこれから伸びるパーティにいた方が彼女のためだ。俺といたら、しょぼいクエストで日銭を稼ぐしがない冒険者になるほかない。


 ここからは別の役目を果たす。そのための解散だ。


 あのときに受けた毒の影響が進行している。ゆっくりとだが確実に、左腕の感覚が鈍くなっている。指先から手首、肘まで、そして今は肩まで痺れが広がっている。いずれ物が持てなくなり、全身に毒が周り動けなくなる。

 おそらく来年には肺や心臓にまで痺れが達して俺は死ぬ。


 それまでになんとしてもイノリを元の世界に帰す。残りの時間は帰還方法を探すことだけに専念する。

 俺はイノリとの出会いは運命だったと考ええるようになっていた。

 死が訪れるまでダラダラと過ごして生きようと思っていたそんな俺に、残りの時間をどうやって使うかその意味を神さまが与えてくれたんだ。

 異世界の少女のために命を燃やすなんて人生の最後として最高じゃないか。

 ずっと憧れていたんだ、誰かのために命を賭して戦うヒーローになることを。


 彼女との出会いを運命と呼ばずなんと呼ぶ。


 異世界への帰還方法、そのヒントがあるとすればあそこだ。かつて黄金郷を目指した俺たちがたどり着き、目前で夢破れたあの迷宮の最奥部。

 そこには黄金郷へ通じる扉があるとされている。黄金郷がイノリの住んでいた異世界である可能はゼロではない。

 調査に向かうならまだ両手足が動く今しかない。


 俺がベッドに寝転んだそのとき、隣の部屋のドアが開き、ばたんと閉じた。


 彼女が帰ってきたようだ。

 薄い壁から伝わってくる足音には、心なしか元気がない。


 

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