第19話☆ 騎士
大きな剣を背負った騎士がお店にやってきたのは、ロランさんが猫鍋亭を出て行ってしばらく経ってからでした。
騎士は店内を見回すと、真っ直ぐわたしに向かって歩いてきたのです。人垣が左右に別れて騎士に道を譲ります。
しんと静まり返る店内に、がしゃんがしゃと甲冑が擦れる音を鳴り響かせて近づいてきたその騎士さんの顔を見て、わたしは少し驚いてしまいました。
なぜなら騎士さんは女の人だったからです。
顔は凛々しくて綺麗で、短く切り揃えられた金色の髪と翡翠色の大きな瞳は思わず見入ってしまうほど魅力的でした。無骨な装備とはまるで対照的です。
「あなたが噂のイノリ嬢ですね」
堂々とした立ち居振る舞いで騎士さんはそう言いました。
イノリ嬢、そこはかとなく恥ずかしい呼ばれ方です。でもこんなカッコよくて素敵な女性にそう呼ばれるとお姫さまになったような気分になります。
「は、はい、そうですけど……。あなたは?」
「彼女は《
女騎士さんの代わりに答えたのは酔っ払いのリーネさんです。
「鈍色の兎?」
「そう、イノリが知らないのは仕方ないけど、この街の若手冒険者の中では《紅き鮫》に次ぐ実力者が揃うパーティーよ。攻略がとにかく堅実だからクエスト達成頻度が低いから目立たないけれど、本当の実力では《鈍色の兎》の方が《紅き鮫》より上って話は聞いたことあるわ」
「ご解説いただきありがとうございます」
女騎士さんは紳士的に微笑みます。
「さて、まずは祝いの宴の席にこの様な無粋な装いで来た非礼をお詫びいたします。なにぶんこれから迷宮に潜る予定がありまして」
「は、はあ……」
「無粋ついでに本題に入りたいと思います。私が事を急いでいる理由は、イノリ嬢がどこか他のパーティに取られてしまう前に声を掛けたかったからです」
「取られる? わたしが?」
こくりと騎士さんは頷きます。
「ですのでイノリ嬢、よろしければ我々のパーティに入っていただけませんか? 模擬戦を拝見しましたが、あなたほどの魔術士は今まで見たことがありません。是非あなたが欲しい」
「ちょっと、この子はパーティに入っているのよ、引き抜きなんてやめなさいよ」
リーネさんが注意すると、騎士さんはきょとんと目を見開かせました。
「え? でも《不撓の鯱》の解散届がギルドに提出されたはずですが……」
「え? 解散?」
「はい、一時間ほど前にロラン殿がギルドに来て解散届を提出していきましたよ。だから私は他のパーティから誘いを受ける前にイノリ嬢を獲得しようとこうして足を運んだのです。そうですよね、ティナさん?」
騎士さんが窓側の席にいるティナに問い掛けました。さっきから口数の少なかったティナが口を開きます。
「……ええ、確かに解散届を受理しました。でも、イノリちゃんが知らなかったなんて……」
「ロラン殿から聞いていないのですか?」
騎士さんは困惑しています。それ以上にわたしは動揺しています。
「……解散、どうして……ロランさん……」
立ち上がったわたしは猫鍋亭を飛び出していました。
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