第15話◆ 試合開始

 決戦の場に至る選手専用の薄暗い通路を抜けると太陽の光が降り注いだ。闘技場に出た瞬間、スタンドから歓声が湧き上がる。


 すごい人数だ。満員とまではいかないが席の半分は埋まっている。《紅き鮫》の名がそこそこ有名とはいえ、無名の新人パーティとの練習試合が、こんなに注目されているなんて思わなかった。


 おそらく、ほとんどがギャンブル目当ての観客なのだろう。残りは単なる祭り好きかイノリのファンといったところだ。


 そう、彼女にはファンがいる。

 行き場がなく街を彷徨っていた以前と違い、本来の明るさを取り戻りたイノリはマーケットを中心に次第に人気者になっていった。

 ただでさえ東方人が珍しく、さらに異国のミステリアスな少女という要素もあいまって、今ではマーケットのマスコット的な扱いになってきている。

 さらについ先日、イノリ親衛隊なる組織が発足したらしい。


 アホか、親衛隊を名乗るならまずはてめえらが戦えってんだ――、なんて愚痴っても仕方がない。


 俺は前方で待ち構える対戦相手の面々を確認していく。

 騎士に弓使い、白と黒の魔術士が二人、それからあっちの槍使いは最近、《紅き鮫》に加入した冒険者だ。ティナからの情報によると、そこそこの使い手らしい。


 並び立つ《紅き鮫》の連中が遅れて登場した俺たちを睨み付けている。


「待たせたな。まさかお前らに先輩を敬う殊勝な気持ちがあったなんて驚いたよ、これは考えを改めなきゃいかんようだ」


 俺が軽口をたたくとスヴァンが舌を打った。


「けっ……、大物きどりかよ。余裕の態度がムカつくぜ」


「いや、逃げなかっただけでも賞賛に値するさ」


 リーダーのカインがくつくつと笑う。


「それに、すぐに我々の方が格上だと知ることになるんだ。言わせておけばいい」


「ははっ! 確かにそうだな、粋がっているヤツを叩き潰す方がオモシレー」


 ほくそ笑むカインにスヴァンが調子を合わせた。彼らの隣にいる魔術士のふたりは実にかったるそうだ。はやく終わらないかぁと欠伸を掻いている。槍使いもあまり興味はなさそうだ。キョロキョロと観客席の方を眺めている。恋人が来ているのかもしれない。


 若くて実力のあるパーティだが、対人戦において大切なことを師匠から教わらなかったらしい。


 若人よ、こんなダラダラ話してていいのかね――、俺は肩をすくめる。


「そういや、今回の模擬戦が賭けの対象になるなんて一言も聞いていなかったぞ。そういうことは両者の同意が必要のはずじゃないのか?」俺は言った。


「賭け? なんのことか分からないな」


 そう答えたカインだが、白々しさを隠そうともしない。


「そうかよ……、そんじゃ始めるようぜ。審判、開始の合図を」


 さっきから待ちぼうけしていた審判が、ハッと我に返った。双方のパーティに目を配り彼は宣言する。


「冒険者憲章第十三条に則り、これより《紅き鮫》対 《不撓の鯱》の模擬戦を執り行う。戦闘開始!!」


 開始の合図と同時に俺は後方に下がった。代わりにローブを纏ったイノリが地面を蹴って前に出る。

 想定外のフォーメーションに《紅き鮫》の連中は虚をつかれて固まった。


「……なんだと?」


 カインは眉を歪めた。観客がざわめき始める。前衛がいきなり前衛を放棄したのだから驚くのも無理はない。







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