第12話☆ リーネさん

 部屋に戻ったわたしはシャワーを浴びてパジャマに着替えます。ランタンの火を消してベッドに横になりました。

 

 結局、ロランさんの作戦がなんなのか教えてはくれませんでした。

 もちろん、わたしはロランさんを信じています。きっと今は言えない理由があるのです。


 そもそもわたしのせいでこんなことになったのだから、自分でも少し考えてみなさいというロランさんなりの教育なのかもしれません。


 そして、朝を迎えました。

 今日は週に一度の安息日で《不撓の鯱》の活動もお休みです。

 

 ロランさんを朝食に誘おうと部屋に行ってみたけど留守でした。どうやら朝早くからどこかに出掛けたようです。

 

 反省です。いくら面倒みの良いロランさんだからって甘え過ぎていました。彼だって四六時中、わたしの面倒をみてはいられません。これからは気を付けたと思います。

 良好な関係を維持するにはメリハリが大事だと、葵ちゃんも言っていました。

 

 朝食の後、わたしは街に出ました。向かったのは食料や日常品が揃うマーケットです。

 ロランさんにくっついていたおかげで馴染みのお店も出来ました。でも今日は新規開拓したいと思います。実は気になるお店があるので、勇気を出して入ってみたいです。


 思い返せば、こちらの世界に来てからマーケットをゆっくり見て回るのは初めてです。

 今まで生きることに精一杯で、周りを見る余裕がありませんでした。


 異なる街並み、異なる文化、異なる容姿、異なる価値観、今になってやっと自分が異世界に来たことを実感します。

 

「イノリちゃん」


 名前を呼ばれて振り返ると、そこにいたのは野菜の入った籠を両手に抱えた女性でした。


「リーネさん、おはようございます」


 わたしはぺこりと頭を下げます。

 彼女の名前はリーネ=ロロット、猫鍋亭で給仕係として働くお姉さんです。

 

 リーネさんはロランさんと出会う前、右も左も分からなかったわたしに親切にしてくれた数少ない人物です。

 余った料理を内緒で渡してくれたり、衣服もいただきました。今でもわたしのことを気に掛けてくれています。


「《紅き鮫》の連中と模擬試合するなんて、あなた何考えているのよ!」


 籠を抱えたまま彼女は怒った顔でわたしに詰め寄ります。


「それは……」


 その場の勢いでつい……、とはさすがに言えませんでした。


「試合だから殺されることはなくても怪我はするし、性格の悪いあいつらのことだからイノリちゃんをいたぶるつもりよ」


「はい、でもロランさんがいますので」


「ロラン? ロランってたまにうちに顔を出すパッとしない人でしょ? あんな頼りないおっさんがあいつらに敵う訳ないじゃない……って、まさかあなた、あの人とパーティ組んでるの?」


「はい。ですがロランさんは強いですよ、みんなが知らないだけです」


 溜め息を付いたリーネさんは、額に手を当てます。

 

「ロランって人が受けている依頼はどれも初級なの、強いと思っているならあなたの錯覚よ。その辺にゴロゴロいるレベルなの。それに引き換え《紅き鮫》はランクBだし、この辺じゃ一番の有望株なのよ」


 確かにロランさんが選ぶ依頼は初級のものばかりです。それはきっとリスクを減らすためだろうし、五つのパーティを渡り歩いたわたしの感覚では他の前衛職と比べて見劣りはしません。むしろ動きに無駄がなく、葵ちゃんたちといるみたいに息が合わせやすいです。


「それでもわたしはロランさんを信じます。なにか考えがあるみたいですので」


 リーネさんは大きく溜め息を付きました。


「無理しないで、怪我する前にすぐに降参するのよ」


「心配してくれてありがとうございます。勝ったら猫鍋亭で祝勝会をやらせていただきますね」


 わたしがにこりと微笑むとリーネさんは困り顔で眉根を寄せました。


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