第3話◆

「よう、忙しそうだな」


 カウンターの内側で山のような台帳を整理しているギルドの受付嬢に俺は声を掛けた。


 見れば分かるだろと言いたげな表情で顔をしかめた彼女だったが、声を掛けたのが俺だと分かると微笑んでくれた。


「ロランさん、お久しぶりです。今日はどういったご用向ですか?」


「実はあの子とパーティを組むことになってな」


 俺は親指を後方に向ける。その先にいるイノリは、少し離れた場所で壁に張り出されたクエストの依頼書を眺めていた。


「え……」


 受付嬢のティナは目を細めて俺を見つめた。じっとりと湿った訝しい視線だ。


「おいおい、そんな目で見るなよ。ちゃんと互いの合意の上さ」


「それって性犯罪者がよく言うセリフですよ」


 た、確かに……。

 俺はこほんと咳払いして言い直す。


「……互いの利害の一致の上だ」


「あの子、イノリちゃんですよね」


「知っているのか?」


「受付やっているんだから当たり前ですよ。ギルドに出入りしている冒険者の顔と名前はほとんど覚えていますから」


「さすがだな、俺なんかパーティ組んでいても解散したらすぐに忘れちまうけどな」


「ボケてきたんじゃないですか?」


「おいおい、今日は一段と手厳しいな。まだそんな歳じゃないぜ……」


「彼女、うちのギルドに来てからもう五回はパーティを首になっているんですよ」


「五回か……。彼女、ジョブは魔術士で登録してる?」


「はい、でも未だ彼女が魔術を使うところは誰も見たことがないそうです」


「それが首になる原因だそうだ。発動までに条件があって時間が掛かるらしい」


「駆け出しの冒険者ともなると一撃の威力よりも機動力や瞬発力が重要ですからね」


「あの子の素性は?」


「それが私の知らない国から来たみたいで、よく分からないんです。家に帰るためにお金が必要だって言っていましたから、家出少女ではなさそうですね。最初にギルドハウスに来たときも切羽詰まっている感じでした」


「まあ、冒険者になるヤツなんてスネに傷がある連中ばかりだからな」


「ロランさんが一緒にいるってことは彼女……、先週入ったばかりの《ルベウススクァルス》を脱退したってことですよね」


「まあな、そのタイミングで俺が声を掛けたんだ」


「あんなところいない方が彼女のためですよ。それに彼女とパーティを組んでくれたのがロランさんで安心しました」


 そう言ってティナは胸をなでおろす。

 さっきは真逆なことを言っていたけど、俺の人格はそれなりに信用されているようだ。


「そんな風に買い被りされても反応に困るな……。とにかく、ちゃっちゃと登録を済ませるか。おーい、嬢ちゃん、こっちに来てくれ」


 俺に呼ばれて駆け寄ってきたイノリはティナにぺこりと頭を下げる。


「パーティの名前、なにか良いアイデアはないか?」


 ペンで指し示した申請書の記載欄に目を向けたイノリは、顎に指先を当てて少し考えてから「オルカ……」と答えた。


「オルカ?」


「……不撓テナークス・オルカでお願いします」


 海洋の生態系の頂点に君臨するシャチ、自分を追い出した鮫共を喰ってやろうってことか。思っていたよりもずっと芯が強くて負けず嫌いの少女のようだ。


 あまり表情に出さない彼女の感情が、少しだけ垣間見えた気がした。


「いいね、気に入った。おっし、テナークス・オルカであいつらを見返してやろうぜ」

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