第2話◆ オッサン、少女に声を掛ける
俺の名前はロラン、三十も半ばのおっさん冒険者だ。
「イノリ、お前は首だ」
この日、ひとりの少女がパーティを追放されていた。
何気なくそちらに視線を向けた俺の目に映ったのは、まだ年端も行かない黒髪の少女だった。見たところ東方大陸の出身者のようだ。
しかし、またあの連中か……。
《
見せしめなのか自分たちの自尊心を満たすためなのか、あいつらはわざと〝アレ〟を人前でやる。
あの少女の前にも同じことがあった。あのときは若い駆け出しの槍使いがなじられて首にされていた。
「ねぇ、見た? あの陰鬱で暗い顔! 超ウケるんですけど!」
白魔術士の甲高い声が耳障りだ。
「ああ、まったく傑作だぜ! てめぇの実力も知らねぇでよ!」
弓使いの調子に乗った声が胸糞悪い。品位もあったもんじゃない。
少女が出ていってからも酒のツマミにするあいつらの姿を誰もが快く思っていない。しかしそれなりに実績があるパーティだから注意する者もいない。
この猫鍋亭は冒険者たちの情報交換の場を兼ねた大衆酒場であり、彼らのパーティランクはB、実力は本物だ。だからこそ、彼女をパーティに入れる前に断ることだって出来たはずだ。最初から首にするつもりで仲間に入れているとしか思えない。
酒場の喧騒の中でも否が応でも漏れ聞こえてくる会話によれば、どうやら彼女は変身なる行為をしなければ魔術が使えないらしい。
妙なウィザードだと思った。そんなタイプは長年冒険者をやってきて今まで会ったことがない。
しかも魔術発動までに時間が掛かるというのは、相互の穴埋めが効かない小規模パーティにおいて致命的だ。
もしも仮に彼女が能力を偽って加入したのなら彼女にも落ち度はあるだろうが、それでもあんな少女を追い込むなんてどうかしている。
子供を導いてあげるのが大人の役割だ、そう思った俺は肩を落として店を出て行った彼女を追った。
「ちょっと、そこのキミ……」
振り返った少女の瞳は涙で潤んでいた。いたたまれなくなった俺は思わず視線をそらした頬を掻く。
「あー……お嬢ちゃん、よかったら俺とパーティを組まないか?」
「え……、で、でも……」
俺の顔を見て少女は視線を泳がせる。
怪しまれている。そりゃそうだよな、こんなおっさんにいきなり声を掛けられたんだ。
仮にナンパだったとしてもいきなり本題から入らずに、もっと気の利いたセリフを考えてから声を掛けるべきだったと俺は愛想笑いを浮かべる。
「いや、怪しい者じゃない。実は俺も数日前にパーティを首になってな。一緒にクエストをする仲間を探していたところなんだ」
これはただの方便だ。たまに臨時メンバーとしてパーティに参加することはあるが、俺は基本的にソロで活動している。
「でも、あの……、さっきの会話、聞こえていたんですよね?」
「あ、ああ、嫌でも聞こえてきたからな」
「わたし、変身しないと魔法が使えないんです……」
「でも、それは変身すれば魔法が使えるってことだろ?」
「はい……」
「時間なら俺が稼ぐ」
「え?」
「はっきり言っちまえば俺も嬢ちゃんと似たようなもんなんだ」
「似たようなもの、ですか?」少女は小首を傾げた。
「長年、前衛として生計を立ててきたが年のせいか体力も落ちて、動きにキレはなくなり技の冴えも衰えていく一方だ。古傷のせいで左腕は痺れが残り、唯一のスキルも反動が大きくてここ一番ってときじゃないと使えない。だから数日前にパーティを首になったんだ」
いつの間にか早口になっていることに気付く。なんか必死すぎて余計に胡散くさいかもしれない……。
俺はこほんと咳払いした。
「今の俺ができるのは囮になって敵を引き付けること、嬢ちゃんを守りながら攻撃を受け流すことくらいだ。ちなみに、嬢ちゃんの魔法ならこの辺に出現するモンスターを倒せそうかい?」
「たぶん、倒せると思います……」
「じゃあ、お互いの弱点を補うってことでどうだい? 俺がモンスターの注意を引き付けている間に変身して、魔法でモンスターを倒してくれ」
先端に大きなダイアモンドの飾りを乗せたワンドを握りしめた彼女は、伏せていた顔を上げて俺の目を見つめた。
「わかりました。いのりです、よろしくお願いします!」
ワンドを水平に持ち換えて彼女は頭を下げた。
「ロランだ。よろしくな、イノリ」
握手を交わしたその手はとても冒険者と思えないほど細くて柔らかった。
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