地味系な彼女がイメチェンした結果、世間にバレて別れることになった
春町
第1話 私、藤前君と別れます
※ こちらは加筆前の内容になります。
内容は加筆修正版よりも先のところまで進んでいます。
「初めまして
——自慢じゃないが、俺、
女性向け雑誌『Light-moon』の専属モデルを務めていて、誰もが認めるほど容姿端麗で勉強もできるのだからモテて当然だ。
高校に入ってからはクラスメイトにどうやって夏菜と付き合えたのかとよく訊ねられる。
実は俺たちが付き合い始めたのは、まだ世間に見つかる前の中学生の頃だった。
その時の夏菜は目が隠れるくらい伸ばした髪に眼鏡をかけていて、地味で垢抜けないと言われていた。
今では髪も明るいグレージュに染め上げ、有名スタイリストに管理されたショートウルフには当時の面影はない。
気づけばコミュ症でガリ勉というマイナスイメージも、ダウナーで天才肌というプラスのイメージに変わっている。
『お前の彼女ってさー、地味じゃね?』
中学の頃は友達にそんなふうに彼女をディスられて何度も喧嘩したことが懐かしい。
「神崎さんの彼氏ってなんか普通だよね」
「友達としてはOKだけど彼氏にはしたくないかなー」
高校二年生になった今では見事に釣り合いの天秤が逆転してしまった。
「まあ、だよね」
今では俺がいる教室で平然と悪口を言われる始末。「そこは否定してよ」と目で訴えるが、夏菜は取り巻きに囲まれていて俺なんか気にもしていない様子だった。
お察しの通り、俺と夏菜の関係は冷え切っていた。
いつ頃からか教室内でも会話をしない日が多くなった。
会っても軽い挨拶だけ。
デートに誘っても、「撮影で忙しいから」と断られてばかり。
何度かスタジオについて行ったことがあったが、スタッフさんのウケが悪かったのか、しばらくすると二度と呼ばれなくなった。
「相変わらず神崎は人気だな」
「嫌味かよ」
教室の隅で細々と帰宅の準備をしている俺を友人の
祐介は高校に入ってからの友人で、中学生時代の夏菜を知らない。
だからか、よく俺と夏菜を比べて弄ってくる。
不本意ではあるが今の俺ではとても言い返せない。
鞄に荷物を詰め込んで立ち上がると、ふいに夏菜と目が合った。
「ねえ、藤前君ちょっといい?」
「っ、ああ、うん。どうしたの?」
夏菜は俺を呼び止めると、手招きして俺を廊下まで連れ出した。
かつては下の名前で『牧君』と呼んでくれたのに、高校に入学してからはずっと苗字呼びだ。そのことで感傷に浸っていると、
「今日の放課後、ちょっと付き合って欲しいんだよね」
「……うぇ!? あ、ああ! うん! わかった!」
夏菜から約一年ぶりのデートの誘いを受けた。
今まで散々と俺を避けてきたくせにと思ったが、悲しいことに俺の都合の良い思考回路はたった一回のデートでつい舞い上がってしまっていた。
「いつものスタジオで撮影の予定あるから」
「え、でも、ついていってもいいの?」
「今日は許可取ってある。大事な話もしたいし」
珍しく好感触だ。
夏菜がここまで積極的になってくれたのは、それこそ中学以来だった。
「神崎さんデート行くの?」
「いいなあ、羨ましいぞ! 藤前!」
デートが決まると、クラスメイトから黄色いヤジが飛んだのだった。
◇◇◇
『Light―moon』の撮影場所は雑貨ビルが立ち並ぶ狭苦しい路地にあった。
夏菜に案内されたのは五階建てのビルのフロア一階だ。
「東横線に乗って、中目黒で降りて、西口を抜けて、」
「そんなの憶えなくていいから」
「次は現地集合とかするかもしれないじゃん」
「今回が特別。もう二度と呼ぶことないし」
夏菜にそっけなくあしらわれてばかりだったが、なんだかんだ二人きりのデートは楽しかった。
撮影時間が迫っているらしくて寄り道ができなかったのが残念で仕方ない。
「こんにちは」
「お、神崎来たか! それと君は……あーえー……」
「藤前牧です」
「おー! そうそう、藤前君だっかあ! 久しぶり!」
夏菜を見るなりやってきたのは、マネージャーの
ツートンカラーのラフなシャツを着こなすダンディなアラサー男性だ。
敏治さんはどことなく高圧的で、豪快に笑いながら俺の背中をばしばし叩く。悪い人ではないと思いたいが、ちょっと苦手意識がある。
撮影の準備はある程度整っていて、スタジオにはスタッフさんが待機していた。カラーバック紙と対面する位置に数十万はしそうな撮影機材があって、素人の俺にはとても踏み込める雰囲気ではない。
「マネさん。ちょっといいですか?」
「あー……神崎、悪い。ここ、次の予約がすぐなんだよ。撮影が終わってからでいい?」
「構いません。じゃあ、藤前君は外で待ってて」
扱いが雑にもほどがある。
俺は夏菜に手を引かれて、そのままスタジオルームの外に投げ出された。扉の向こうでは賑やかに撮影が始まったようだ。
「……いやまあ、俺がいたところで邪魔でしかないけどさあ」
一応はあなたの彼氏なんですよ。
そう文句を言いたかったが、撮影時間が迫っているなら仕方ない。ぐっと堪えて待つ。
「撮影って時間かかるんだな」
エントランスで夏菜を待ち始めてから三十分くらい経っただろうか。
そろそろ退屈してきた頃、入り口の自動ドアが開いた。
「こんにちは。……って、あれ? アンタ、神崎夏菜の彼氏じゃん」
スタジオにやってきた声の主は夏菜と同じくモデルのようだ。
髪の色と同じピンクラベンダーのカラーコンタクトが入った目はぱっちりしている。
胸は豊満だが、それでもスタイルが抜群に良いせいか、スレンダーに見える。
「あ、どうも。初めまして」
「あなたからすれば初めましてね。私はあなたのこと神崎夏菜から聞いて知ってるけど」
どうやら目の前の美少女は俺の事情を知っているらしい。
「えっと、君もモデルで合ってる?」
俺が訊ねると、その美少女は頷いた。
「ええそうよ。私は神原かんばら涼香すずか。女性雑誌『Light―moon』の読者モデルよ。同期としても、同じ『神』の字を名字に受け継ぐ者としても、神崎夏菜とはライバルになるわね」
そう言って神原涼香さんは自己主張している胸を張る。
「俺からすれば夏菜ほどじゃないけどね」
「っぐ、言ってくれるわね……!」
彼女補正を込めた軽口だったが、よほど堪えたようだ。
「……っ、悔しいけど、神崎夏菜はウチでも頭一つ抜けてるわ。SNSのフォロワーもダブルスコア以上つけられてるし……」
「あ、そんなに差があったんだ」
知らなかった。
「――っ! でも近いうちに私が追い越すから! 覚えておくことね!」
神原さんはそんな捨て台詞っぽい言葉を吐いて立ち去ろうとしたが、
「……あ、そうだ。あんたに一つ忠告してあげる」
「忠告?」
スタジオの扉に手をかけたところで立ち止まった。
なんの忠告だろう。夏菜のファンに襲われないよう夜道に気をつけろとかか?
「神崎夏菜だけど、あの子危ないわよ」
「なんだ。負け惜しみか」
「ち、違うし! ほら! あの子ってこういうのに慣れてないでしょ!」
神原さんは握りこぶしを思い切り引くと、声を荒げた。
こういうの、とは世間に表立って活動するインフルエンサーのことだろう。
夏菜は読者モデルとしての経歴は短いながらも、その影響力は大きいと言いたいらしい。
指摘する危うさとは軽はずみな発言による炎上とかだろうか。
「そりゃまだ高校生だし……」
神原さんは鼻を鳴らした。「この素人め」と言いたげな優越感が漂ってくる。
「甘いわよ。今の時代、学生とか関係ない。それに私が言いたいのはそーいうんじゃないわよ。……あの子、人からちやほやされてこなかったタイプでしょ」
「うっ」
鋭い。
より正確な情報を付け加えるとするならば、高校生になるまでの間、彼女は全くと言っていいほどモテていなかった。
いわゆる「高校生デビュー」に近い。
デビューしたのは雑誌の読者モデルなのだから規模は全然違うけど。
「はあ、やっぱりね……そうだと思ったわよ。足元覚束ないし、どこか浮ついてるしで、ほんと想像通りのシンデレラタイプだわ」
神原さんはひとりごとにように呟く。
どこか夏菜の心配よりかは俺に同情しているような、そんな空気を感じる。
「まるで夏菜が失敗するって言いたげだね」
「……むしろ逆ね。あの子は成功の軌道に乗ったわ。あとはもう際限なく突き進んでいって有名になる」
「良いことだよね?」
いやでもライバル視している神原さんにとっては不味いのかな。
そんな不躾な感想を抱いていた俺は呑気にも状況を楽観視していることに気づかされる。
「このままじゃあんた捨てられるわよ」
神原さんのその一言は俺が抱いていた不安を言葉にしたものだった。
「そんなこと……」
あるもんか。
そう言いたかったのだが、続く言葉は一向に出てこない。
俺が知りたいことはあの同僚の読者モデルがすべて知っているような気がした。
……そして、その予言は的中することになる。
「——私、藤前君と別れます」
夏菜は撮影後すぐに俺をマネージャーの前まで引っ張り出してくると、そう宣言したのだった。
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