in the twinkleing
ニートになるために。
girl meets girl
教室の窓から西日が射し込み、空気が微かに金色に染まる。
蜩の声は甲子園のサイレンのように、高く、遠く響く。
なんてことのない、夏の終わりの夕暮れの風景。
かび臭い冷房に冷やされたこの教室は、夏の終わりにも拘わらず、参考書のめくれる音とペンが走る音に満たされた、なんとも無機質な箱のようだった。
それでも、私はこの空間で、ただひたすらに、勉強するのが嫌いではない。夏という、騒がしい季節の喧騒から逃れ、凪いだ空間で、方程式を解く。
青春は戻ってこない、らしい。誰が言ったか知らないが。世間一般からしたら、高校3年生の夏に勉強漬けになってるのは青春していない、と思われるだろう。それでも、私は思う。こういった青春があってもいいじゃないか。
そんな雑念を振りほどくように、漸化式を解く私の右腕は、速度を上げていく。
数問解き終え、窓の外を見ると、さっきまであんなに眩しかった西日は弱まって、道端の街灯には明かりが灯る。そこでようやく7時を回っていることに気付き、参考書を鞄にしまい、教室を後にした。
外は窓から見るよりも薄暗く、周囲の輪郭がぼやけているように感じた。蝉もおやすみの時間なのか、合唱は聞こえない。わずかに残っていた生徒の話し声が聞こえてくる程度。校門をくぐろうとした、そのときだった。
「あの、ここの生徒ですよね。」
髪は茶髪で、いかにも今風な女の子がそこに立っていた。制服はうちのじゃない、そのうえ、近くの高校のものではないはず。ひと昔前の制服のような、セーラー服。ただ水平線上に微かに残った陽光が彼女の茶髪に差し込み、琥珀のようにきらめいて、この世のものではないように感じた。
「綺麗。」
と、おもわずつぶやいてしまい、赤面する。よかった、暗くてあまり顔尾を見られなくて。
あはは、と苦笑いしながら彼女は言葉を発する。
「改めて聞くけど、ここの生徒ですよね。何年生ですか?」
「3年生です。あまり見かけない制服だけど。」
「おお、同い年じゃん。言葉崩すね。あ、うち?前はこの学校に通ってたんだけど、いろいろあって。そんでこの夏、戻ってきたんだよ。」
「そ、そうなんだ。でも私、今年の4月に引っ越してきたばっかりだから。」
彼女の真夏の日差しのような、圧倒的な陽気の前に若干気圧される私。
「あ、そうだ。うちはね、島本真夏。あんたは?」
太陽に焼かれたような亜麻色の髪、そして何より少し話しただけで伝わる、明るい性格。名は体を表すという言葉があるが、その通りだと思った。
「私は、凪野日陰。」
その言葉は、例外なく、私のも当てはまるのである。
「日陰ちゃん、よろしくね!うち、友達いなくて。明日も学校来るの?」
「ま、まあ受験生だし。」
「よし、私も一緒にお勉強する!いつもどこで勉強してるの?何時からする?」
「3C教室。今日は8時から学校いたから、明日もそのくらいかな。」
「了解です、日陰ちゃん!んじゃ、私はこの辺で。また明日ね!」
凪のように、穏やかで静かに、何もなく終わるはずだった、この夏。夏嵐のような彼女によって、すこし色づいた、騒がしい夏になりそうな予感がしている。
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