146,資料回収
「いや何でおれも同行しなきゃいけないんだよ!?」
エリオットは喚いていた。
アンジェリカは実に面倒くさそうな顔をした。
二人は山間の道を、お互いに
「はあ? これはシャノン殿下から直々に頼まれた〝密命〟なのよ? 分かる? 密命? かっこいいでしょ?」
「いやそれは分かったけどさ!? おれは別に頼まれてねえけど!?」
「わたしが頼まれたのよ!? じゃあ、あんたが頼まれたも同然でしょ!? なに言ってるの!?」
「お前がなに言ってるの!?」
例によって、アンジェリカはエリオットを同行させていた。
現在、アンジェリカたちは国外にいた。
ここはウルティマ山脈と呼ばれる、世界一の高さを誇る山の麓だった。
シャノンの話によれば、前世の彼はかつてこの付近に潜伏していて、集めた機密資料もこのあたりに隠したという。
「だいたいさぁ……前世? の話だか何だか知らないけど、それって信用できるのか?」
「何よ? あんたもしかして殿下のこと疑ってるわけ? 命の恩人なのに?」
「うぐ……いやまぁ、命の恩人なのは間違いないけどさ……それとこれとはまた話が別じゃないか?」
「なに言ってるのよ。殿下の言うとおり、本当に資料が見つかれば殿下の話は本当だったって何よりの証拠になるのよ? だったら、わたしたちはむしろ殿下のために率先してその資料探すべきじゃない? 恩返しするためにさ。違う?」
「……」
「……ん? 何よ、呆けた顔で人のこと見て?」
「……いや、お前にして珍しく人の道理に適ってるようなこと言ってるなぁと――いでぇ!? 危ねえな!?
「うっさい!」
アンジェリカたちが騒いでいると、別の方向からも騒がしい声が聞こえてきた。
何とか馬上に戻ったエリオットは、遠くから聞こえてくる声にげんなりした様子を見せた。
「げえ、おい。お前の親父と姉貴、また何か変な魔物見つけたんじゃないのか? 嬉々とした声が聞こえてくるぞ」
「みたいね。随分テンションが高いみたいだけど……もしかして
「んなもんいたら速攻で逃げるだろ!?」
「え? 何で? 滅多にいない〝獲物〟よ? 全力で狩りに行くに決まってるでしょ?」
「ああ、そうだった……こいつもドーソン家の人間だった……」
エリオットは本気で頭を抱えた。
彼はこれまでのことを思い返していた。
(アンジェリカや三番隊と一緒に密命で国外に行くって聞かされた段階で嫌な予感はしてたが……全てが予想を超えてたからな。そもそもここまで来るのに、普通なら一週間はかかるんだぞ? それを二日――いや、正味1日半で踏破するってどんな無茶なスケジュールなんだよ。危うく死にかけたぞ、マジで)
道中は地獄だった。
三番隊はアンジェリカの父親が率いる部隊で、しかも〝狂犬〟として有名なアンジェリカの姉も所属している。団員もとにかく血の気が多い連中ばかりで、あらゆる騎士団の中で最も警戒――もとい、注目されている荒くれ者――ではなく、精鋭集団だ。
三番隊の噂は見習いのエリオットも聞いていたが、実際に行動を共にすると噂以上にとんでもなかった。というか噂はまだ生温かったくらいだ。
(ああ、おれは絶対にこの部隊には配属されませんように――)
エリオットはそのことを切に願った。
「……ていうか、お前の親父たち当初の目的忘れてんじゃねえの? 殿下からもらった地図ってこの当たりだろ? だから手分けして探すって話だったはずだと思うんだが……」
「もちろん忘れてないわよ。みんなきっちり仕事はしてるわ。多分ね」
「だといいが……ていうか、もう一回地図見せてくれ」
「はい」
「……うーん。まぁこの当たりで間違いはなさそうなんだけどなぁ」
エリオットはいったん、
横に並んだアンジェリカも地図を覗き込む。
「わたしにはよく分かんないけど、この辺になんかでっかい木があるんでしょ? その根元を探せばいいんじゃないの?」
「いや、この地図さ、実際の地形とちょっとそぐわない箇所があるんだよな……大筋は合ってるような気はするんだけど」
「殿下が覚え間違ってたってこと?」
「いや、それにしてはかなり詳しく書いてある。だから多分、殿下が知ってる時と地形が変わってるんじゃないかな」
「どういうこと?」
「地殻変動って聞いたことないか? 地震とかあると地形が変わるんだよ。実際、この当たりは半世紀前にすげー大地震があったって話だ。多分それで地形が変わったんだよ」
「え? じゃあもしかして見つからないの?」
「見つかりませんでした――じゃ、おれたちも殿下も困るだろ? だからもう、とにかく見つけるしかねえよ。何が何でも」
エリオットはかなり真剣な表情で地図を睨み続けた。
これまで歩いてきた地形と、地図の地形を頭の中で照らし合わせて、重なる場所を見つけ、それを基点にしながら新たな地図を自分の中に作り上げていく。
「……」(じー)
「……ん? 何だよ?」
エリオットが顔を上げると、アンジェリカがじっと彼のことを見ていた。
目が合うと、アンジェリカは慌てて目を逸らした。
「な、何でもないわよ別に」
「そうか? まぁいいけど……ひとまずこっち行ってみるか」
「分かったわ」
エリオットはある程度当たりをつけて、目標地点と思われる場所を目指した。
しばらく行くと、急にアンジェリカが「あ」と声を出した。
「どうした?」
「いや、あそこに何か……ほら? 光ってるもの見えない?」
「光ってるもの……? いや、おれには見えないけど」
「こっちよ」
「あ、おい! 危ねーぞ!?」
急に
かなり近づいたところで、アンジェリカが行っていた〝光るもの〟がようやくエリオットにも視認できた。
(あれのことか……って、あいつどんだけ遠くからあれが見えてたんだ。視力がマジで野生動物だな。いや、視力だけじゃねえか)
つくづく、アンジェリカは人並み外れている。あと10年もしたらどうなっているのか、エリオットにはとても想像できなかった。
二人がやってきたのは、とても大きな木の傍だった。
二人してその木を見上げてから、一緒に
「これ魔石だな」
エリオットが遠くから見えていた光の正体を拾い上げた。別に大したものではない。クズ魔石だ。だが、こんなところに転がっているのは妙だった。
「……何で魔石が? この辺は魔石なんてまったく産出されないはずだけどな」
「あ! もしかしてこれのことじゃない? 隠した場所の上に、目印に魔石を置いてある、って書いてるわよ?」
「え? マジで? いや、でも偶然じゃねえの? 100年も前に置いたもんがそのまま地面の上に残ってるか? 普通どっか転がっていくだろ」
「とにかく掘るのよ!」
「わーたって!」
二人は道具を引っ張り出して、すぐにその場を掘り始めた。
すると、そんなに深く掘らずにスコップの先が何かに当たった。
二人は顔を見合わせてから、すぐに手で掘り進めた。
「……マジで何か出てきたぞ」
「ごくり……」
彼らは箱を掘り当てた。
それもただの箱じゃない。見るからに魔術道具だ。大きさはそれなりの大きさで、エリオットが何とか一人で抱えられるくらいの大きさと重さだった。
「開けるぞ……」
エリオットが箱の蓋を開ける。
中に入っていたのは大量の紙の束だった。
アンジェリカはすぐに喝采を上げた。
「これよ、これ! 絶対これじゃない! やった、見つけたわ!」
「ま、待て待て。まだ中身を確認してない。とりあえず見てみよう」
エリオットもどこか興奮した様子で中にあった資料に目を通し始めた。
わずかに震えていた手が、読み進める度に大きく震え始めていた。
「……やべえ、絶対これだわ」
「ホントに!?」
「ああ……いや、これ本当にマジなのか? まだちょっとしか読んでねえけど……すでにとんでもねえこと書いてあるぞ、これ? これが昔の公的な機密資料だっていうなら……やばいな」
「どうやばいの?」
「……マジで世界を変えちまうかもしれねえ」
μβψ
その後、箱を回収したアンジェリカたちは他の団員たちと再び合流し、全速力でアシュクロフト王国に戻り始めた。
行きと同じかなり強行軍で、エリオットは再びヘロヘロになった。
ようやく野営地まで来た時には、もう体力は欠片も残っていなかった。
「……いや、だから……無理だって……体力も魔力も持たねえって……」
「何よ、これくらいでへばったの?」
「いや、何でむしろ誰もへばってねえんだよ」
三番隊はすでに酒盛りに入っていた。あれだけ
「……ん? アンジェリカ、ポケットが何か光ってるぞ?」
「え? ああ、これよ」
「……魔石?」
アンジェリカがポケットから取りだしたのは、あの目印の魔石だった。
「何だ、持ってきたのか」
「うん。だってほら、ここに書いてるでしょ? もし魔石が残っていたら、それも回収してきて欲しいって」
「あ、ホントだ……でも、それただのクズ魔石だぜ? しかも割れた跡あるし。わざわざ回収するような値打ちもんじゃねえと思うけどな」
「……」
「……ん? どうした?」
「え? あ、いや……」
アンジェリカは魔石を掲げ、まるで星空に照らし合わせるように、そのぼんやりとした光を見上げた。
「……何かよく分かんないけど、綺麗だなって思って」
「そうか? 魔石が光るなんて普通のことだろ?」
「そうね。そうかもしれないわね。でも……なんか、綺麗じゃない?」
アンジェリカに言われて、エリオットも同じように魔石の光を眺めた。
「……そう言われると、何となくそんな気もしてきたな」
「でしょ?」
アンジェリカが嬉しそうに笑う。その顔を見て、エリオットは少しどきりとしてしまった。
「ん? どうしたの?」
「あ、いや、別に何でもねえ……おれ寝るわ」
エリオットは自分のテントに戻った。
アンジェリカは首を傾げながらその背中を見送った。
「……何だろう。本当に、すごく綺麗」
その後も、アンジェリカは飽きることなく、その魔石の輝きを眺め続けていた。
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