131,真意
ヨハンの目付きがさらに厳しくなる。
……そうだ。それでいい。わたしは〝敵〟だ。お前らの〝敵〟なのだ。
もっと憎め。もっと恨め。
なぜなら、わたしがお前たちを騙していたのは本当なのだから。
所詮、わたしは半端者だ。
人間でもなければ魔族でもない。
そういう意味では、確かにわたしは〝異端者〟なのだ。
なのに、ずっと人間のふりをして、周りの人間を騙してきた。周りの人間をまた不幸にしてしまった。
このままでは、わたしはこいつらのことまで不幸にしてしまう。
こいつらのことだ。
きっと、わたしの味方になろうとするだろう。
わたしが本当に〝異端者〟だったとしても、こいつらはわたしのことをどうにか助けようとするはずだ。
それではダメだ。
それではダメなのだ。
わたしは誰も巻き込みたくない。ティナやダリルのような犠牲者を生み出したくない。
だから、わたしはこいつらの〝敵〟でなければならない。
誰が見ても明確な〝敵〟である必要がある。
そうすれば、わたしだけが消えるだけで済む。
アンジェリカが呆然とした顔でわたしを見ている。
わたしは心の中だけで謝った。
でも、それを表に出すことは決してしない。
これでいい。
これでわたしは〝首謀者〟となり、ヴァージルは協力者ではなく〝被害者〟となる。
ヨハンならば、あいつのことを任せられる。こいつなら、きっとヴァージルの味方になってくれる。全力で擁護してくれるだろう。
こいつは真面目なやつだ。〝異端者〟であるわたしを見逃すようなことはしないだろうし、ここでわたしが話した内容をきっちり公の場で証言してくれるはずだ。
わたしは断罪され、処刑される。
それで全てが終わる。
諸悪の根源が消えて無くなれば、それで全て丸く収まる。
もう、誰も、不幸にならない。
そう、これでいい。
これで――あいつは、救われる。
「ミオッ!!」
……だから、わたしは本当に、あいつの声が聞こえたことに動揺してしまった。
「――え?」
振り返る。
すると、
すぐに理解が追いつかなかった。
「な――」
馬鹿な。
なぜだ。
魔法の効果が切れるには早すぎる。
ここであいつが出てきてしまっては――本当に、取り返しが付かなくなってしまう。
来るな――そう言いたかったが、その前に、ヴァージルはわたしの前に出てきて、剣を構えているヨハンの前に立ちはだかってしまった。
わたしを庇うように両手を広げる。
「ヨハン、待ってくれ! こいつは〝異端者〟なんかじゃないんだ! 話を聞いてくれ!」
ヴァージルが現れたことで、ヨハンたちも動揺しているようだった。
「シャノン……? 無事だったのか?」
「ヨハン、剣を収めてくれ。事情を話す。最初から全て。だから、ここはいったん剣を収めてくれ、頼む」
「……」
「ど、どうしたんだよ? 何で……ちょっと迷ってるんだよ?」
「シャノン、今の君は正常なのか?」
「は? ど、どういうことだ?」
「そこの魔族に洗脳されている――そういうことはないか?」
「は、はぁ? い、いやいや……なに言ってんだよ!? んなことあるわけないだろ!? 洗脳って何の話だよ!?」
「……」
「おい、待ってくれ……何でそんな目でこいつを見るんだ」
「……そいつは〝魔法〟を使った。僕も信じたかった。エリカさんが魔族であるはずないと。目撃証言は何かの間違いだと……だが、この目で見てしまった。そいつは紛れもなく魔族だ。人間のフリをして、僕らを騙していた異端者だったんだ」
「待て! それにも理由があるんだ! 頼む、話を聞いてくれ!」
「シャノン、君が正常であることを――そいつに洗脳されていないことを証明してくれ。でなければ、この剣を収めることができない」
「何だよ……何なんだよッ!? そんなのどうやって証明しろってんだよッ!?」
ヴァージルは剣を抜いた。
両者は剣を抜いたまま対峙した。
――まずい。
二人は一触即発の状態だった。
ほんの少しでもどちらかが動けば、すぐに殺し合いになる。
いや、殺し合いになる前に、ヴァージルが一方的に斬り伏せてしまうかもしれない。そして、今のヴァージルは――本当に相手に斬りかかっていきそうな気配だった。例え、相手がヨハンであろうが。
「ミオ、逃げろ! ここはオレが食い止める! だからお前は――」
ヴァージルがわたしを守ろうとする。
こいつはもう、シャノンであることすらやめてしまっている。
……この期に及んで、わたしはほんの一瞬、誘惑に惑わされそうになった。
本当にいっそ、このままヴァージルと一緒に逃げてしまえばいいのではないか。
きっと、ヴァージルはわたしのことを守ってくれるはずだ。
何があっても、わたしの味方でいてくれるはずだ。
――なんて、そんな都合のいいことを考えてしまった。
だが、それは到底許されることではなかった。
ああ、くそ。
逃げたい。
逃げたい。
このままこいつと、一緒にどこか遠い場所に――例えそれがほんの
一緒にいたい。
こいつと一緒に、最後のその瞬間まで――
うるさい、黙れッ!!
わたしは、心の中で叫ぶ
「――〝
魔法で剣を生み出す。
「――すまん、ヴァージル」
「……え?」
わたしは、背後からヴァージルの背中を突き刺した。
μβψ
胸から剣が突き出していた。
彼はその光景を、まるで他人事のように見ていた。
随分と既視感のある光景だ。
剣はすぐに引き抜かれた。
口から血が溢れて、その場に膝を突く。
「……ミ、オ?」
呆然と振り返ると――左手に剣を携えた彼女は、とても冷たい目でこちらを見下ろしていた。
「ふん、使えん愚物め。貴様はもう用済みだ。大人しく死ね」
本当に冷たい声だった。
かつての記憶がよみがえる。
信頼していた〝戦友〟に背中を刺された時の記憶だ。
「シャノン!?」
ヨハンの慌てたような声が響いたが、何だかやけに遠く聞こえた。まるで水の中にいるみたいだ。
「殿下、大丈夫ですか!? 殿下!?」
アンジェリカが必死に呼びかけてくるが、やはりそれも遠く聞こえる。
「貴様ああああぁぁぁッッ!!!!」
ヨハンが怒り狂ったように彼女へと斬りかかっていくのが見えた。
(……待て、ヨハン。待ってくれ。そいつは違う、違うんだ)
止めようとしたが、声も出なければ腕も動かなかった。
すぐに意識が遠くなっていく。
――すまん、ヴァージル。
意識が途切れる間際、彼は耳に聞こえたのは残響だった。
それはとても……本当に、どこまでも悲しげに聞こえる残響だった。
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