114,見えない真相

 ――事件から二日後

 ――中央騎士団本部


「エリカが〝異端者〟でシャノン殿下がその協力者!? 何ですか、それ!? そんなことあるわけないじゃないですか!?」

 アンジェリカは思わず憤慨してしまっていた。

 ヨハンは慌てて彼女をなだめた。

「ま、まだそうと決まったわけじゃないよ。その疑いがある――というだけだ」

「疑いがある時点でおかしいですよ! 誰がそんな嘘っぱち言ってるんですか!? わたしがボコボコにしてやりますッ!! そいつら全員連れてきてくださいッ!!」

「お、落ち着いてアンジェリカ。ほら、どうどう」

「がるるるるッ!!」

 事件から二日が経過していた。

 現在、騎士団は王命により全力で王都の復旧に当たっているところだった。

 アンジェリカも本当なら王都内の復旧作業に従事するはずだったが、ヨハンに呼ばれて本部までやって来たのだ。

 ここは副団長ヨハンの執務室で、室内にいるのはヨハンとアンジェリカの二人だけだった。

 他に誰もいないからか、アンジェリカの怒りは収まるどころか燃え上がり続ける一方だった。

「だいたい、誰が城門を守ったと思ってるんですか!? 殿下が魔族を倒してくれなかったら、被害はもっと増えていたかもしれないんですよ!? それに、わたしたちだって生きていたかどうか……」

「大丈夫、僕はちゃんとそれを理解しているよ。君たちの証言も疑っていない。けれど……エリカさんが〝異端者〟だというのは、どうも単なるデマではないようなんだ。目撃者が大勢いるんだよ。女性の〝異端者〟が魔法を使うところを見た――という市民の目撃情報が。その女性の特徴は確かにエリカさんと合致する」

「そ、そんな」

 アンジェリカは非常にショックを受けた顔になった。

 同時に、かなり困惑してもいる様子だった。

 それはそうだ。

 彼女はエリカと長い付き合いだ。そんな相手が〝異端者〟などと言われて、動揺しないはずがない。

 〝異端者〟というのは、ようするに人間社会に隠れ潜んでいる魔族のことだ。

 ならば、エリカが〝異端者〟であるわけがなかった。彼女は確かにエインワーズ家の人間で、両親であるダリルとティナはドーソン家と旧知である。魔族が二人の娘に成りすましている――なんて、どう考えてもあり得ないのだ。

「ぜ、絶対に何かの間違いですよ!? エリカが〝異端者〟なわけないじゃないですか!? ヨハン様だってそう思うでしょう!?」

「もちろん、僕も信じられない。でも……目撃者が多すぎる。最初は異端審問会がシャノンを貶めるためにデマを流しているんじゃないかと僕も疑ったんだけど……騎士団の中にも、エリカさんらしき人物が使という人間がいるんだ。街中で市民を襲ったらしい」

「そ、そいつも異端審問会の回し者ですよ! そうに違いありません!」

「いや、彼は異端審問会と繋がりはない。信用のおける人物だ。嘘を言うとは思えない」

「で、でも……」

「状況だけ見れば、エリカさんが〝異端者〟であるという話にはかなり信憑性がある」

「……」

 ヨハンにそう言われてしまって、アンジェリカはそれ以上何も言えなくなってしまった。

 彼女が絶望的な気分になっていると、

「だが、色々と気に掛かることもある」

 と、ヨハンは真剣な様子で続けた。

「気になること、ですか?」

「ああ。まず第一に……これは辻馬車の御者をしている男の証言なんだけど、彼はエリカさんと思わしき人物を馬車に乗せていたらしい。彼女は城門に連れて行ってくれと言ったそうだ。これから旅行にでも行くような、とても大きな荷物を持っていたとも言っている」

「……大きな荷物を持って城門に? どこかへ行くつもりだったんでしょうか?」

「それは分からない。だが……重要なのはここからだ。襲撃直後に街中がパニックになった時、立ち往生した通りの人たち真上で建物が崩れたらしい。その瓦礫が真下にいた人々を押し潰しそうになった時――エリカさんらしき人物が確かに〝魔法〟のようなものを使ったらしい。それで瓦礫を吹き飛ばしたそうだ」

「……え? じゃ、じゃあそれって……?」

「ああ。その御者の証言だと、むしろ彼女は瓦礫から人々を守るために魔法を使ったように見えた――ということらしい」

「じゃ、じゃあ、エリカは悪いことなんてしてないじゃないですか!? あ、いや、エリカが〝異端者〟だと言ってるわけじゃないですけど……」

「だが、これはあくまでもその御者の証言だ。大多数は〝異端者〟が建物を破壊したと言っている。、と」

「ど、どっちが本当なんですか!?」

「分からない。けど……その〝異端者〟が本当にエリカさんだとすれば、僕は御者の証言を信じるよ。もう一つの証言でも、襲われた家族の前で〝異端者〟がをしていたそうだが……子供の方は『女の人がお父さんの傷を治してくれた』というようなことを言っているらしい。母親の方はあくまでも襲われたと言い張っているそうだが」

「あー、もう!? いったいどれが本当のことなんですか!?」

「それを確かめるには、方法は一つしかない――本人に聞くんだ」

「え? 本人に?」

「そうだ」

「でも……いま二人は行方不明ですよ? どうやって聞くんですか?」

「もちろん、二人を探し出すんだ。それも、異端審問会よりも早く」

「……? どういうことですか? なんで異端審問会?」

「いま、騎士団には王都の復旧命令が出ているけど……王都周辺におけるアサナトス残党の捜索は異端審問会が行っているんだよ」

「え? な、何でですか? そういうのも騎士団わたしたちの仕事なんじゃないんですか?」

「多分、ウォルターが手を回したんだろう。誰よりも早く二人の身柄を確保したいのは、間違いなくウォルターだろうからね。真実がどうであれ、二人の身柄さえ押さえてしまえば、後はどうとでも出来る。エリカさんが〝異端者〟で、シャノンはその協力者――そう思われている今この状況を、彼はそのまま利用したいんだ。これほど彼にとって都合のいい話はない。それに、これはあまり考えたくないことだが……ウォルターのことだから、このまま秘密裏に二人の存在をしてしまうということも、十分にあり得ると僕は思っている」

「だ、だったら早く捜索に行きましょうよ!」

「そうしたいのは山々なんだけど……騎士団には捜索の命令は出ていない。あくまでも復旧作業が騎士団への命令で、しかもこれは王命だ。もし捜索に出るとすれば、王命に逆らうことになってしまう」

言ってる場合ですか!? 二人が大ピンチなんですよ!? ここでわたしたちが動かないでどうするんですか!?」

 迷わず言い切ったアンジェリカに、ヨハンは少し驚いた顔をしてから、ちょっと笑ってしまっていた。

 血が煮えたぎっているアンジェリカは、ついヨハンにも噛み付いてしまった。

「何で笑うんですか!?」

「いや……君ならきっと、そう言ってくれるだろうと思っていたからね。だから君をここに呼んだんだよ」

「……え? それはつまり……?」

「僕も最初からそのつもりだよ。二人の身柄を異端審問会よりも早く見つけるんだ。そして、ちゃんとした真実を明らかにする――そのためには信用できる協力者が必要だ。アンジェリカ、君も協力してくれるかい?」

「そ、そんなの当たり前です!」

「なら、すぐにでも動くとしよう。実はすでに準備も出来ている」

 ヨハンはまるで悪戯小僧のような顔を見せた。

 アンジェリカは目を輝かせた。

「さすがヨハン様! それじゃあ早速行きましょう!」

「……お主ら、いったい何をするつもりだ?」

 その場に低い声が響いた。

 アンジェリカがぎょっとして振り返ると――そこには、いつの間にかテディが腕を組んで怖い顔で立っていたのだった。

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