前世で殺し合った〝魔王〟と〝勇者〟が、生まれ変わってから結婚するまでの話
遊川率
プロローグ
子供時代
……これはまだ、人間と魔族が共存していた頃の話だ。
わたしが本当の意味で子供だった頃、
魔族にとって、人間は良き隣人だった。
この頃のわたしは幸せだった。
毎日が楽しかった。
だから、これから間もなく戦争が始まるなんて思ってもいなかったし――十五年後、初恋の相手に殺されるなんて、想像すらしていなかった。
μβψ
「ちょ、ちょっと待ってよミオ! 速すぎるよ!」
「どうした、ヴァージル! 遅いぞ!」
ヴァージルがいつものように泣き言を言っていた。
わたしは笑いながら走る。
今は山道を駆け上がっているところだ。
人間の男の子が涙目で後をついてくる。
こいつはヴァージル・パーシーという。
わたし――ミオソティス・ゲネティラにとって初めての友達と呼べる相手であり、そして、ひそかにわたしが好きだった初恋の相手でもある。
ちょっと可哀想になってきたので、わたしは立ち止まってヴァージルが追いついてくるのを待った。
「ひぃ……ひぃ……もう無理……走れない……」
追いついてきたヴァージルは、わたしの隣に来るとそのままへたり込んでしまった。
わたしはやれやれ、という顔をしてみせた。
「まったく、お前は本当に軟弱者だな。この程度でへばるやつなんて見たことないぞ」
「そ、そりゃ人間と魔族じゃ体力が違い過ぎるよ……それに君たちはぼくらより魔力だって多いんだ。まともにやって勝てるわけないよ」
「人間というのは本当に軟弱な種族だな」
そう、人間はとても弱い。
魔力は少ないし、そもそも魔力制御もできないし、魔法だって使えない。
よくこんな種族が今まで生き残ってきたものだと不思議なくらいだ。
まぁそれだけ人間の住む領土には豊かで広大な土地があるということだろう。魔族が住んでいる領土は非常に過酷な環境だ。土地は痩せているし、魔獣はたくさんいるし、そこらじゅうに火山があって後は荒野ばっかりだ。
「うわぁ!?」
いきなりヴァージルが悲鳴を上げた。
「ミオ、後ろ! 後ろ!」
「後ろ?」
やたらと後ろを指差すので何かと思って振り返ったら、ワイバーンが木々の間から首を出してこちらを睨みつけていた。
ワイバーンというのは小型のドラゴンだ。
ドラゴンというのは魔獣の一種だ。ちなみにワイバーンはドラゴン種の中でも弱い部類だ。
「なんだワイバーンか」
「なんだ、じゃないよ!? に、逃げないと!? 食べられちゃうよ!?」
「ワイバーンなんかに食われるわけないだろう」
わたしは手に魔力を集中させた。
周囲の火元素を操って火の玉を生み出す。ファイヤーボールという初歩的な魔法だ。
えい、とファイヤーボールを撃ちだした。
爆炎でワイバーンは吹っ飛んだ。
「ギギャア!?」
ひるんだワイバーンは文字通り尻尾を巻いて、すぐさま飛んで逃げていった。
「な? 大丈夫だっただろう?」
わたしが得意げに振り返ると、ヴァージルは完全にドン引きした顔になっていた。
……ありゃ? ちょっとやり過ぎたかな?
μβψ
実は、わたしは魔王の娘だ。
魔王というのは全ての魔族を統治する最強の存在だ。
わたしはその一人娘で、将来は魔王にならねばならないとすでに決まっている身だった。
だから物心ついた頃から色んなことを勉強して、礼儀や作法を覚えさせられた。
魔族の国にだって人間の国のような社交界は存在している。わたしはそういうのがとにかく大嫌いだった。もちろん勉強だって嫌いだった。
子供にはあまりに厳しい教育環境だったと思う。
十歳になる頃には頻繁に城から脱走するようになった。とにかくあれやこれやと課題を押し付けられるのがイヤになったのだ。
城を脱走しては城下街や王都の周りの森で遊び回っていた。
そんな時に偶然出会ったのがヴァージルだ。
わたしが適当に城下街を散歩していると、何やらめそめそと泣いている人間の男の子を見つけた。
わたしと同じような背丈だった。しかも見たところ人間だ。これまで実際に人間と出会ったことのなかったわたしは、興味本位でそいつに話しかけた。もちろん人間の言葉で話しかけた。勉強は不真面目だったわりに、わたしはそれなりに人間語には堪能だったのだ。
「お前、どうした? なんで泣いてる?」
「み、道に迷った……」
「は? 迷子か?」
「う、うん」
「迷子になったくらいで泣いてるのか、お前は?」
「う、うん……だって心細くて……」
と、そいつはやはりめそめそしながら言った。
……正直、第一印象は最悪だった。
何て情けないヤツだろう、と思った。魔族の価値観で言えば、人前で泣くなんてあり得ないことだ。魔族は男も女もみんな戦士だ。強いやつこそ正義、という感じなので、まず人前で泣いて弱みを見せることなんてない。
仕方ないやつだとは思ったが、放っておくのも可哀想なので家まで送ってやった。わたしにとって城下街は庭みたいなものなので、そいつの家の場所はすぐに分かった。
「だいたい自分の家も分からんというのはどういうことだ」
「ぼ、ぼく最近親の仕事の都合でゲネティラに来たんだ……だからこの王都の道はまだよく分かんなくて……周りは魔族ばっかりだし……」
「そりゃ
そんな話をしながら、そいつを家まで送ってやった。
この頃、人間と魔族は当たり前のように共存していた。人間がこの王都にいることなど、別に珍しいことじゃなかった。
「ありがとう、君とっても優しいね」
家に着く頃にはそいつは泣き止んでいた。
笑顔でお礼を言われた。
……あの瞬間のことは今も忘れられない。あの時、わたしは初めて『胸が高鳴る』という感覚を味わったのだ。
それからというもの、わたしは頻繁にヴァージルに会いに行くようになった。
もちろん、魔王の娘という身分は隠していた。そもそもお忍びで出歩いているのだから、自分から素性を明かすことはできなかった。
「ミオのお父さんってこの国の貴族の人なんだよね」
「う、うむ。まぁそうだな。だいたいそんな感じだ。まぁ貴族と言っても大した家じゃないけどな」
とりあえずそういう感じにしておいた。
魔族にも貴族という身分はある。そこらへんは人間の国と似たような感じだ。
わたしたちはすぐに仲良くなった。
まぁわたしが勝手に会いに行って、一方的にヴァージルを振り回していただけのような気もするが……とにかく、あの頃のわたしはあいつに会うのが楽しみでしょうがなかった。
今日もあいつに会えると思うと非常に胸が高鳴った。
ようするに、わたしはあいつに惚れていたのだ。たぶん、あの笑顔を見せられた瞬間から。
気がつくとわたしはヴァージルが好きになっていた。どうして好きになったのかなんて、自分でも分からない。魔族の基準で言えば、こいつは軟弱者の落ちこぼれだ。
でも、わたしはどうしようもなく……こいつのことが好きだったのだ。その理由を言葉で説明するのは不可能だ。好きなものは好きなんだ、としか言いようがなかった。
「それで、ミオ。どこまで行くの?」
「もうすぐだ。わたしのとっておきの場所だからな。他のヤツには秘密だぞ」
今日はヴァージルと二人で王都のすぐ傍にある山に来ていた。
ヴァージルは王都の外に出るのをビビっていたが、わたしにとっては軽めの散歩くらいの感覚だ。このへんはそんなに強い魔獣も出ないから、そんなに心配することもない。え? ワイバーン? あんなのはでかいだけのトカゲだろ?
やがて山道を抜けていくと、王都を一望できる開けた場所に出た。
「うわぁ、すごい!」
ヴァージルが感嘆の声を上げた。
その反応だけでわたしは満足した。
「どうだ、すごいだろう?」
「うん、すごいよ! やっぱりミオはすごいね! こんな場所も知ってるなんて!」
「ま、まあな……」
ヴァージルに褒められると嬉しかった。とにかく、わたしはこいつの喜ぶ顔が見たかった。ただそれだけだった。
……だから、今日はちょっと憂鬱だった。
「……なぁ、ヴァージル。実はお前に言わないといけないことがあるんだ」
「え? なに?」
「実は……しばらく会いに来られそうにないんだ」
「え!? どうして!?」
「家を抜け出して遊び回っているのが父上の耳に入ってしまったようでな……しばらく外出させてもらえそうにないんだ」
「そ、そうなの? あれ? じゃあ今日は?」
「お前にそれを言いたくてこっそり抜け出して来た」
「ええ!? また怒られちゃうよ!?」
「そうだな。だから、バレる前に戻ろうと思う。でも、その前にお前にこの場所を見せておきたかったんだ」
ここはわたしのお気に入りの場所だ。前々から一度、こいつと一緒に来たいと思っていた。しばらく会えないだろうから、今日どうしても来ておきたかったのだ。
「ミオ、もしかしてぼくたちもう会えないの……?」
気が付くとヴァージルが泣きそうな顔をしていた。
こいつは本当に泣き虫だ。最初はなんて情けないヤツだろうと思っていたが……今はそうは思っていなかった。
こいつは本当に優しいやつなのだ。いまはそれがよく分かっている。
本当はわたしも泣きたいような気持ちだったけど、魔王の娘が人前で泣き顔など見せるものではない。
だから、わたしは笑った。
「馬鹿だな、そんなこと言ってないだろう。ちょっと会えなくなるだけだ。しばらく真面目に勉強してる姿を見せれば、父上も許してくれるさ。そしたらまた会いに来られる」
「本当に? また会える?」
「心配性なやつだなぁ……じゃあ約束しよう」
「約束?」
わたしは足元を探して、綺麗な石を拾い上げた。
これは魔石という石だ。人間の国では魔術道具に使う貴重品らしいが、ゲネティラにはそこらへんに落ちてる石ころである。
わたしは魔石を二つに割って、片方をヴァージルに渡した。
「わたしたちの国では、再会を約束する時にこうするんだ。お互いにこれを持ってる限り、いつか必ずまた会える……という、おまじないみたいなものだ」
「な、なくしたらどうなるの?」
「え? うーん……そりゃ会えなくなるんじゃないか?」
「え!? い、イヤだよ! ミオと会えないなんてイヤだ! 絶対になくさないようにする!」
ヴァージルは大事そうにポケットにしまいこんだ。
それを見てわたしは可笑しいやら嬉しいやら、よく分からない気持ちになった。
正直、この時のわたしはとても憂鬱な気分だった。わたしだって、ヴァージルと会えなくなるのなんてイヤだった。
でも、少しの間のことだ――そう自分に言い聞かせた。
「大丈夫、またすぐに会いに来るから」
「絶対だよ? 約束だからね?」
「ああ、約束だ」
不安そうにするヴァージルに、わたしはなるべく平気そうな顔で笑って見せた。
……色々、こいつには伝えたいことがあった。
でも、それは次にまた会った時にしようと思った。なにもこれが今生の別れというわけじゃないのだから。
そう、次にまった会った時に伝えよう。
その時にはわたしも心の準備が出来ているはずだ。
お前のことが好きだったんだ――って。
次に会った時に、ちゃんと伝えよう。
……戦争が始まったのは、それからすぐのことだった。
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