第1話③ 神的クビ回避術

 僕は諦めずにどうにかクビを回避しようと抵抗した。そんな僕をメンバーは悲しい目で見ていた。


「本当にすまない。僕がもっと採用の時に慎重になっていればお互いに辛いこの状況にはなっていなかったはずだ。君と僕らのクランとは相性が悪かったんだ。本当にすまない」

 勇気は深く頭を下げた。ここまでされるとごね続けづらい。


(主様ならどんなところに行っても大丈夫ですよ。頑張って別のクランを探しましょう)

『いや、この鍵の家はかなりの上位クラン。名も知られている。ここをクビになったという悪評が広まれば別のクランに雇ってもらうのは難しくなる』

(神とは思えないほど世知辛いこと考えてますね)


 勇気は悪いやつじゃないが学生で人生経験が少ない。僕がクビにされた後のことを想像できていないのだろう。


『それに僕はまだ人体実験を終わらせたくない。このクランのメンバーは被験体としては最高なんだ。逃したくはない』

(どう足掻いても動機が最低)


 これは最終手段だ。

「どうか、どうか頼む、いや頼みます。どうすればクビにしないでもらえます? 土下座でもします。靴でも舐めます。だからどうにか」

 僕は屈辱的ながら膝を地につけて土下座をする体勢を作った。しかし勇気に止められた。


「いや、人が土下座をする姿を見ても気分は良くならないし、靴がよだれで汚れるのはシンプルに嫌だからやめて」

(確かに)

『拒否られるのが一番屈辱的だ』

(こんな惨めな主様見たくなかった)


「だったら雑用でも飯炊きでもなんでもしますから」

「料理人はすでに専属の人を雇っている。雑用については考えてみるけど……でもクエストには連れていけないよ」

「え」

「当たり前でしょ。戦力外通告をされた人間を危険なクエストに連れて行くことはできないわ。雑用係を守る余裕はないし補助魔導士は一人で自分の身を守れる職じゃないでしょ」


「だったら冒険者として僕に最後にもう一度だけ、どうかチャンスを」

「チャンスはあったのよ。今日のパーティのメンツ、クランの上位冒険者ばかりでしょ」

 確かに勇気と美波、そしてもう一人の忍も合わせるとこのクランで最強メンバーとされる面々だ。


「実は今日、このメンバーでクエストを成功できたらクビのことは保留しようと決めていたんだ」

「ど、どうして教えてくれなかったんだ」

「教えたらあんたは普段以上に力を入れてクエストに取り組むでしょ。それで成功したとしても普段は手を抜いていたことになるじゃない。それは十分解雇理由になるわ。収入源であるクエストで手を抜くような人間をクランに置いておきたくないってのはわかるでしょ」


「僕達は君の普段の実力を確かめたかったんだ。余計な意気込みもプレッシャーもない状態の実力を」

「そしてクエストは失敗した……。私達も手を抜いたつもりはない。クエストの難易度も適正だったと思うわ。それでも失敗した」


「じゃあ、もし今日のクエスト成功していたら僕のクビはなかった……」

「そうだ。騙して本当にすまない」


「それを聞いて安心したよ」

(え?)


『今から僕は時間魔法を使う』

(時間魔法って?)

『時間魔法はその名の通り時間を操る。僕らの種族しか使えない超越魔法だ。大量の魔力を引き換えに時間をクエストの前に巻き戻す』


(本気ですか! クビを回避するためだけにそんな大掛かりな魔法を使うんですか!)

『もちろんだ。ほらメイ、僕に掴まっていろ。離れると記憶をなくすぞ』

(別に私がついていっても関係ないと思いますけど)

『いや、お前に時間魔法を使った説明をするのが面倒なんだ』

(しょーもない理由……)

 メイが僕に掴まるのを確認して僕は時間魔法を使う。




 戻る時は一瞬だ。僕らはクエストが始まる前に集合した街の門の前にいた。勇気も美波も忍もそこにいる。


「さあ、行くわよ。凪、あんた気を引き締めなさい」

「凪くん、今日は絶対に失敗したくないクエストだ。頑張っていこう」

「凪さん、落ち着いていけば大丈夫ですからね」

 みんなが次々と僕に声をかける。


『こんなにラストチャンスを匂わせていたのか。全く気にしていなかった』

(人の話を聞かないからですよ)

『こんなに匂わせるなら言ってしまえばいいのに』

(こんなに匂わせて気づかないならやめてしまえばいいのに)


「そろそろ行こうか」

 勇気が僕に呼びかけた。


『さて、それじゃあ行くか』

(頑張りましょう)

『いや頑張るのはこいつらだ』

 僕は彼らにかけたデバフを一部解除する。


「あれ? なんだか体が軽くなったような」

「いつもより魔法の勢いが強い気がします。もしかして凪さんのバフですか」

「そうだよー」

 適当に返事をしておく。


『これでよし。後は働いているふりをするだけでクエスト成功だ』

(うーん、なんかモヤモヤする)


 結果、僕らのパーティは余裕でクエストを成功させた。僕のデバフが解除された勇気達が現れる魔物を瞬殺していった。僕はその後ろでメイと雑談をするくらい余裕だった。


「凪くん、実は君に言って置かなければならないことがあるんだ」

 クエストが終わった後、勇気は時間を巻き戻す前に話していたことを僕に説明してきた。


「黙っていてごめん。でもクエストが成功して本当に良かった。騙すような真似をしたこんなクランは嫌かもしれないがもし許してくれるならこれからもよろしく頼む」

 勇気は僕に手を差し出す。僕はその手を取って言った。

「もちろんだ。僕にとってこのクランのメンバーは最高の仲間被験体なんだから」

(言ってることと心の声が違いますね)


 クエストから帰って僕は今度はクビを宣告されることなく祝杯をあげていた。

(そういえばあんなに悩まなくても最初から時間魔法を使えばよかったのではないですか?)

『あの魔法はすごい量の魔力を使うから疲れるんだ。使えるのは年に一回ってところかな』

(えー、じゃあ主様本当に戦力外のカスじゃないですか)


『おい、確かに今の僕には残りカス程度の魔力しか残っていないがそれだけでもこの世界の全生物を不快な目に合わせるには十分だということを忘れるな。妖精族を今日一日変顔に固定してやろうか』

(思いついた嫌がらせがそれですか?)


『まあ、今日は機嫌がいいからやめておこう。ああ、そうだあの3人にデバフをかけ直しておかないと』

(まだやるんですか)

『もちろん。あ、そうだ、正論で僕を殴ってきた美波にはちょっと強めにかけておこう』

(体は私よりでかいのに器は小さいですね)


 僕より大きい器を持つというメイの体を片手で握った。そして少しぎゅっとした。

(い、痛いぃ)


『これはお前達のためでもあるんだ。人間という種族がどれだけの能力を持つのかを知ることで妖精族などが傷つけられるのを防止できる。これはそういう研究だ』

(今一番私を傷つけているのは人間ではなくて主様です)


 今回はなんとかなったが次回からは気をつけなければ。研究を続けるために僕はクビになるわけにはいかないのだ。これからも僕は研究を続ける。続けていかなくてはならない。


 第1話 完

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