異世界帰りの聖女は逃走する

マーチ•メイ

第1話 始まり


聖女様こちらの治癒をお願いします


聖女様瘴気の浄化をお願いします


聖女様結界の展開をお願いします


分かりました。


聖女様、聖女様、聖女様……



……分かりました。




私がこの国に召喚されて数十年。


帰れないと知り召喚された国に囚われてから数十年。


年若い時間は過ぎ去り、晩年の年になった。


召喚時、この国には年老いた王と王女しか残っていなかった。


王家の威信が揺らぐとの理由で婚姻も許されなかった。


誘拐の恐れありとの理由で護衛という名の監視を付けられ、聖女としての仕事以外の外出は許されなかった。


(まぁ私も望んだのだけれどもね……)


婚姻の件はあちらが望んだことで許されなかったのは本当だ。


だけれども元々結婚とかそんな事どうでも良かった私は快諾した。


その代わりなのか贖罪なのか分からないが、王女とその配偶者である勇者からは長年に渡り丁寧に扱ってもらい何不自由なく過ごさせてもらった。



(王女なのに私みたいな小娘に頭を下げて……そんな彼女達だから子供たちも素直で優しい子に育ったんだね)


王女の子供たちは私を第二の母と慕ってくれて大切にしてくれた。


だから私もこの年になるまでこの国の為に頑張れた。


大変ではなかったと言えば嘘になる。

そんな日々からようやく……解放される。


ベッドの傍らでは今では王位を継承した子供たちと、さらにその子供たちが涙している。

私からしたら孫のような子供たちだ。


肩の荷が下り、晴れやかな気持ちで重くなった瞼をゆっくりと下ろす。


聖女としての一生はここで終わり、私の意識はそこで途絶えた。


今までありがとう。





+++




「元聖女ちゃん、こっち来て」


「分かりました」


「こっちもお願いね元聖女ちゃん」


「はい」


私は今元聖女と呼ばれている。

それは私が異世界で聖女をしていたからだ。



ダンジョンがこの世界に出現してから数十年。


そんな世界に生まれ、ダンジョンがそばにあるのが当たり前だった。


ダンジョンから回収された食品や鉱物、素材、それらは国が定めた規定の中社会に流通し、一般市民の食卓に上るまでになっていた。


そんな中で私は普通に学校に通い、就職し、ダンジョン産の食品卸売会社の事務員として働いていた。

一応小さいころは人並みにダンジョンに憧れを持っていたりもした。

それも祖父がダンジョンで死ぬまではだけど。

ダンジョン産の食品卸売会社に就職したのは、そんな小さい頃の憧れが燻っていたからかもしれない。


話題が逸れた。




26歳の時である。


会社から帰宅するときに足元が光り私が異世界に聖女として召喚された。

異世界で聖女として祭り上げられ、こちらの世界に帰ることを諦め、あちらの世界で聖女として骨を埋めるまでの期間は、こちらの世界で生きた年月をはるかに上回っていた。


こちらの世界に帰ることが出来ないと知った時は涙も流した。

こっちの世界に家族も居たからね。


瘴気によって減らされた人類の光となり、異世界に順応し歳を重ね、皆に敬われ、王家の人達から家族と言われ、聖女として役目を終えた。

と思ったら次の瞬間こちらの世界で目を覚ましたのだ。


(は?)


その時の私の心境は混乱だ。


だってあちらの世界でこちらの世界に帰る術はないと聞かされていたからだ。


それが今、あれほど懐かしみ焦がれていた場所に居る。

これが走馬灯なのか、夢なのか幻なのか、現実なのか幻想なのか、自分が生きているのか死んでいるのかすらよく分からなかった。


現状を把握する前に、私はスーツを着た人たちに囲まれ、有無を言わさず車に乗せられ日本政府に保護された。

未だにどうやって突き止めたのかは分からない。

一度誰かに聞いたが知らないと言われてしまった。

それ以降、考えたところで分からないので考えないようにしている。


そしてあれよあれよという間に勤めていた食品卸会社は退職させられ、保護という名の監禁の下、聖女としての能力研究の時間が待っていた。


幸か不幸か分からない。

異世界で聖女として生きてきた時間は日本で過ごしていた時間よりも長かった。



要するに聖女ムーブが抜けずに「必要とされているなら微力ではありますがご協力致します」と安請け合いしたのだ。

元々の性格であることなかれ主義も多少作用していたと思う。

食品卸売会社の給与よりも高い額面を提示されたことも理由の一つだ。

生活する上でお金は大事だからね。


そこで知ったのは聖女としての能力が現代向けにアップデートされていたこと。


異世界で使えていた魔法は全て【スキル:医療】 という名に置き換わって結合されていた。


つまり聖女の魔法は使えなくなっていたのだ。

異世界で使えていた四肢欠損の治癒や病気の快癒、絶対的な防御魔法、その他にも色々それらが全てだ。


それが立証されたときの研究員たちの表情は筆舌しがたいものだった。

あからさまに私から顔を背ける者、顔をしかめる者、手で顔を覆う者、苦虫をかみつぶしたような顔をする者。


期待された聖女がお荷物に変わったんだからね。


申し訳ないと思う気持ちが無かったかというと少ないがあった。

だってそれなりに良いお給料頂いているからね。

私から持ち掛けたんじゃないけど詐欺してる気分だった。


私のせいじゃないんだけれどもね。





相手からしたら……役に立たないどころか、一般研究員からしたら異世界から帰還した姿も見ていないので異世界があるかどうかも疑わしい。

それゆえ聖女疑惑から自称聖女と名乗る痛い子扱いになった。









****


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