第38話 決裂
「ほほう?
「すまないが少し待っていてくれないか?」
神官風の衣装を着て話し出すナグーブ・ホーの言葉を私は遮る。
「お、おおぅ。まあよかろう。存分に時間をくれてやる」
まさかそんな申し出をされるとは思ってもいなかったナグーブは一瞬戸惑った様子だったものの、そこは強者の余裕の表れか、私たちに猶予を与えてくれた。
時間をもらったので私たちは遠慮なく話し合いを開始する。
「ほら言ったでしょう? やはりナグーブ・ホーだったじゃないですか。マスターがフラグを建築するから」
『ゴブゴブ』
「私のせいなのかっ!? 冗談で言ったのにまさか本当にいるとは思わないではないか」
「マスター、黒幕がナグーブ・ホーだった場合、何をどうするんでしたっけ?」
「ぐっ! 仕方があるまい……ツバキよ、一思いに頼む」
『ゴブッ!』
――パァァンッ!
「あいたっ! キ、キレのある良い一撃を繰り出すようになったではないか。危うく首が取れるところだったぞ……」
『ゴブゥ! ゴブゴブゥー!』
「ツバキ、もう一回くらい叩いてもいいと思いますよ」
『ゴブ?』
「や、やめいっ! 叩き足りないのならルルイエの尻でも叩いてやれ」
「セクハラですか? マスターの最低――」
――パァァンッ!
「あいたっ! ツバキ、なぜワタシのお尻をっ!?」
私の頭とルルイエの尻を引っ叩いたツバキは、一仕事終えたような清々しい表情を浮かべて額を拭う動作をする。
あまりに満足げな表情に、私たちはそれ以上何も言うことができず、そっと口を閉じた。
私もルルイエもツバキに甘いところがあるのだ。
「君たちは一体何をしている……?」
「ああ、すまない。ちと罰ゲームをな……。それで? お主が第一級魔導犯罪者『屍使い』ナグーブ・ホーで相違ないか?」
「如何にも! と言いたいところだが、
狂気にも似た執念に囚われてギラギラと輝く瞳。しかし、元大学教授という学者でもあったからか、大規模魔導テロを引き起こした凶悪なテロリストとは思えないほど知的で理性的な印象を覚える。
「なるほど。大切な者を蘇らせたい気持ちはわからなくもない」
実際、私は死んだツバキを蘇らせたからな。彼の言葉を否定はできない。
「お主の行動理念は死者蘇生か。大学教授だったお主がなぜコロニーを全滅させるほどの魔導テロを引き起こしたのかずっと謎だったのだが、ようやく腑に落ちたぞ。繰り返していた魔導テロは復讐か? それとも死者蘇生の対価か?」
私の言葉が意外だったのか、ナグーブは興味深そうにしげしげと眺めてきて、
「ほほう。自我のある理性的なスケルトンか。珍しい。君に敬意を表して正直に答えよう。答えは後者。死者蘇生の対価だよ。それと実験も含まれている。アンデッド如きを造れないと死者蘇生など夢のまた夢だろう?」
「確かにそうだ」
死者蘇生もいろいろな方法がある。私がツバキに施したように死者をアンデッド化させるのは一番難易度が低いものだろう。より生者に近づければ近づけるほど難易度が桁外れに上昇していく。
完全なる死者蘇生よりも
「話を分かってくれるのか。今まで出会ってきた者たちはみんな激昂して詰め寄ってきたが、君たちは違うらしい。生前は学者だったのかな?」
「いいや。錬金術で生計を立てていた、宇宙船の船長を夢見るただの男だったぞ」
「ふむ……」
真偽を確かめようとじっと見つめてきたナグーブは、私の骨の表情を読み取れなかったようで、肩をすくめて調子が悪そうに咳き込んだ。
「ゲホッ! ゲホッ! まあいい。そういえばまだ聞いていなかったな。君たちがこのコロニーを訪れた理由は?
「いいや、違う。お主の隣に立つクティーラに物を奪われてな。取り戻しに来たのだ。ニトクリスの鏡を使っただろう? 運び込んだ物の中に
「ああ、あれの持ち主か。ちょうど良い触媒だったので使わせてもらっているよ。なに、壊しはしない。儀式が終わるまで借りていてもいいだろうか?」
ふむ。『クティーラ』と呼んだのに一切反応がなかったな。やはり彼女は
「その儀式とやらはいつ終わる?」
「さほど時間はかからんよ。最後の大詰めを迎えているところだ」
「ふむ。では別の質問だ。アッハンという商人の女はどこにいる?」
「商人……ああ、あの聡明なお嬢さんのことか。もしかして君の大切な人かい?」
「いいや。彼女とは取引をしていたのだが、まだ報酬を貰っていないのだ。鎌を取り戻すついでに報酬を受け取ろうと思ってな」
『ついで……?』と首を傾げたルルイエの呟きは無視である。無視ったら無視なのだ。
ナグーブは、なるほど、と少しの間思慮し、
「彼女は儀式場にいるよ。話をしたいのなら案内しよう」
「そうか。助かる――」
話のわかる相手との理性的な会話に私は頷きかけ、
「――と言うとでも思っていたのか? 『屍使い』ナグーブ・ホー」
私は魔導銃アル=アジフを第一級魔導犯罪者に向ける。隣でツバキが臨戦態勢で刀に手をかけ、ルルイエは自然体のまま深淵の如き漆黒の瞳でナグーブを見据える。
しかし、突然銃口を向けられてもナグーブは泰然と首を傾げるだけで、
「どうしたのかな? 案内するだけだから武器を下ろしたまえ」
「隣に立つクティーラを介して死霊術を放っていながら白々しい。貴様がホログラムでこの場にいないこともお見通しだ。正直不快である。これが貴様なりの礼儀ならば、我らも相応の礼儀で返そう」
建物の入り口で待ち構えていた時点でおかしいと思っていた。
彼らが立っているのは私の錬金術の効果範囲内。<解析>をしてナグーブがホログラム映像であるのは一発でわかった。
道理で余裕綽々でいられるわけだ。銃口や敵意を向けられようが、いくら攻撃されようが、この場にいない彼を傷つけることは不可能である。
そして、会話し始めてすぐに物言わぬクティーラから薄く放たれていた、そよ風に似た死霊術の不快な波動。それは引き連れた大量のアンデッドが放つ気配に紛れて私たちを取り囲み、ひっそりと侵食して支配しようと狡猾に狙っていたのだ。
相手は死霊術を得意とする第一級魔導犯罪者。これくらいのことはすると予想していたぞ。
「おやおや。バレてしまったかね。死霊術で操ろうとしたことは謝ろう。だが、どうかね? その体を少し調べさせてくれないか? 明確な自我のあるスケルトンとゴブリンのリビングデッド……いや、腐敗していないがゾンビかな? そして、ほぼ人間に近い人形。クティーラと同じような
調べたいとは言っても無事に解放するとは言っていない。
彼は自分の研究のためならどんな人体実験をも厭わない類の人間だ。
私利私欲のためにあらゆる犠牲も許容する……いや、彼は犠牲とすら思わないだろう。『必要だからやった』――彼は自分以外の生物を全て実験動物としか見ていない。
「断る。死霊術を強める貴様など信用できぬ」
静かに告げる私は全身から魔力を噴き出し、クティーラを介して放たれる死霊術を押し留める。
魔力と魔力がぶつかり合い、互いに拮抗する。
ナグーブはまだ様子見をしているようで、私はなんとか耐えている状態だ。彼が本気になったらどうなるかわからない。
しかし、偉大なる幽玄提督閣下に憧れる者として、敵の前では常に冷静かつ泰然と構えていなければ!
ハッタリでもいい。余裕のある強者の振りをするのだ!
「やれやれ。交渉は決裂か……残念だが仕方ない。クティーラ。彼らを無力化して捕らえるのだ」
「…………」
物言わぬ赤髪の人形がコクリと頷き、主人の命令を受けて動き出す。
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