第37話 邂逅
首から下が吹き飛ばされ、頭蓋骨のみとなったスケルトン。額に埋め込まれた宝石のような
生への執着に似た諦めの悪さで手足が床を這いずって私に縋りつこうとしてくるが、無造作に魔導銃アル=アジフで撃ち抜いて粉々に粉砕する。
しかし、手足が完全に失われた程度でスケルトンが死ぬことはない。
我が同族ながら、一体どんな生態? いや死態? をしているのだ、と思う。だがまあ、今回に限っては好都合だ。
「これで何もできまい。少々私の実験に付き合ってくれ」
カタカタと顎を鳴らすスケルトンの頭蓋骨を掴んで、私は問答無用で死霊術を発動させる。
私の術が野良スケルトンを侵食していく。
――カタカタカタッ!?
スケルトンもただ無抵抗で受け入れることはなく、激しく震えて死霊術に抗う。
ほんの少し、ちょっとずつではあるが、スケルトンを侵食しているのが感覚でわかる。冷たく硬い粘土を無理やり圧し潰すような根気のいる作業だ。
このスケルトンは死霊術を使えないようで、逆に私を侵食し返してくることが無いのは安心である。だから安全に実験を行なうことができる。
――カタ……カ……タ……。
「まあこんなものか。死霊術でアンデッドの支配は可能、と……む?」
上手くできたと思った私の骨の手の中で、ビシッとガラスにヒビが入るような音が聞こえたかと思うと、侵食したスケルトンの頭蓋骨がサラサラと崩れ始めてしまう。
最後に残ったヒビ割れた
「……注ぎ込んだ魔力の量が多かったのだろか? 検証が必要だな」
次の
「マスターなりのお人形遊びですか? 私のような
「ルルイエは
「ワタシは人型魔導兵器ですから。感情などありません」
「…………」
ツバキに尊敬されてはしゃぎ、エプロンを見つけて大興奮していたのはどこの誰だろうな。
まあいい。それが自称なのはとうの昔に分かっていることだ。その設定を貫くのであれば、私は厨二病に罹患した我が子を見守る親の気持ちでいようではないか。
「私は遊んでいたわけではないぞ。レベル上げも兼ねて死霊術を試していたのだ。相手を支配する方法を知れば、自ずと抗う方法もわかるのではないかと思ってな」
「なるほど。ならばマスターを揶揄って遊んでいる場合ではありませんね」
「そうだな……いや待て! やはり私を揶揄って遊んでいたのかっ!?」
「もしよろしければ無力化したアンデッドを持ってきましょうか?」
ぐっ! 飄々としたすまし顔を浮かべおって……! 私は誤魔化されんぞ!
「ああ、頼む。私を揶揄って遊んだ件は労働で許そう」
「ブ・ラジャー! マスターのご慈悲に感謝申し上げます!」
「ブは要らん! やはり私を揶揄って遊んでいるだろう!?」
ルルイエはアンデッドを確保しに姿を消してしまい、私の言葉が彼女に届くことはなかった。
■■■
次から次に無力化したアンデッドを運んでくれるルルイエのおかげで、私の死霊術の実験は大いに捗った。その結果、わかったことがいくつかある。
死霊術で魔力を注ぎ込む量は、少ないと支配できず、多すぎると
他にも詳しく実験をすると法則を見つけることができるだろうが、あまり時間をかけることはできないので、一区切りついたら実験終了だ。
「どうでしたか、マスター? なにか対抗策を見つけることはできましたか?」
『ゴブゴブ?』
私と同じように死霊術に影響があるツバキの頭を撫でながら、
「そうだな……死霊術を上回る魔力を放てば抵抗できる、ということが分かったくらいだ」
「魔法の基本法則ですね」
「そうだ」
魔法はより強い魔力を浴びせれば掻き消すことができる、というのはまず最初に教わることの一つである。要するに力業ということだ。
結界だろうが契約や隷属の魔法だろうが、ほとんどの場合、魔力量に物を言わせた強引な力業で突破することが可能なのだ。
これは物理法則にも当てはまる。より強い力を与えれば、受け止めるどころか押し返すこともできるはずだ。それと原理は同じ。
私が無意識に抗った方法は何も間違っていない。むしろ最善の手段だったらしい。
「私の死霊術のレベルが高くてもっと造詣が深ければ他の方法もあったかもしれんが、今取れる手段は魔力による抵抗しかなさそうだ」
「となるとツバキはワタシたちの後ろにいたほうが安全ですね」
『ゴブゥー』
ツバキの魔力量は少なく、上手く制御することもできない。そろそろコロニーの中心部分に到達することもあり、傍にいてくれたほうが安心か。
周囲にアンデッドは残っていない。私が実験を行なっている間に、ツバキとルルイエが掃討してしまったのだ。
残っているのは、乗り捨てられた乗り物や破壊された店舗が広がる廃墟の街並みと、あちこちに付着した血やよくわからない液体のシミだけである。
「さてと、私の小指はどこにある……?」
「おや。覚えていたのですね。驚きました」
『ゴブブー!』
「人のことを言えないルルイエはともかく、ツバキに驚かれるのは地味にショックだぞ……」
私は忘れていたわけではない。幽玄提督閣下のフィギュアデータと死霊術の検証の優先順位が自分の小指よりも高かっただけの話だ。
「近づいていると思うが……」
意識を集中して小指の場所を探ろうとしたその時、
『ふふっ――!』
耳元で嘲笑に似た誰かの笑い声が聞こえた気がした。
「誰だっ!?」
反射的に振り返って魔導銃アル=アジフを向ける。しかし、そこには誰もいない。
「マスター?」
『ゴブブ?』
咄嗟に警戒するルルイエとツバキは私の声に反応しただけで、笑い声が聞こえたわけではなさそうだ。誰もいない場所に銃を向けた私を訝しんでいる。
「声が聞こえたのだ。誰かの笑い声がはっきりと、な……」
「ワタシには聞こえませんでした。ツバキは?」
『ゴブゴブ』
「聞こえていませんか。ならマスターだけに聞こえたようですね。霊体系のアンデッドが悪戯をしたのでしょうか?」
「うーむ。その可能性もあるか……む?」
――チリンチリン……!
澄んだ鈴の音が確かに聞こえて音がしたほうに意識を向けると、そこには鈴の首輪をつけた黒猫が我が物顔で通りを歩いていた。
『ふふっ……にゃーん』
なんだ。誰かの笑い声だと思ったものはこの黒猫の鼻息だったのか。警戒して損した気分だ。
黒猫は、燃えるような黄金の瞳で私を捉え、しかしすぐに興味がなさそうにそっぽを向いて、足音を立てず暗い路地に消えていく。
ああ、行ってしまった……。
「マスター、どうしましたか?」
「ちょっと猫がな……」
「猫?」
『ゴブ?』
「いや、何でもない。私の小指は近くにあるらしい」
廃棄されたコロニー内でしぶとく生き残る動物の逞しさに驚きと感心をしつつ、私はルルイエとツバキを案内する。
コロニー内の大通りを進んでいくと、中心部を少し過ぎたあたりでまたアンデッドの一団に囲まれてしまう。
しかし、どうもおかしい。今まで戦っていたアンデッドとは様子が違う。
動物の顔をしたゾンビだったり、手足がたくさん生えたゾンビだったり、背中から翼や人の腕の骨が生えた犬や猫型のスケルトンだったり、明らかに世界の調和から逸脱した歪さや不自然さを感じるのだ。
「これは人為的に造られたアンデッドですね」
「人為的に造られた、だと?」
『ゴブブ?』
はい、とルルイエは頷く。
どうやら彼女も私が抱いた違和感に気づいていたようだ。
「あれは『キメラゾンビ』、あれは『キメラビーストスケルトン』です。明らかに人の手が加わった形跡があります」
「キメラ……死霊術ではそんなことも可能なのだな。死霊術だけでなく錬金術も用いているのだろうか?」
『ゴブー?』
今まで姿を見せなかった人為的に改造されたアンデッドとの遭遇。これは黒幕の居場所が近い証拠に違いない。
黒幕は死霊術に相当詳しい相手のようだ。でないと改造などできはしない。
野良アンデッドを支配するにも時間がかかる私程度では決して真似できない芸当だ。できたらとうの昔に自己改造を行なっている。
そう言えば、ここのコロニーで大規模魔導テロを引き起こした第一級魔導犯罪者は死霊術が得意だったか……。
「クティーラを操る黒幕は、案外『屍使い』ナグーブ・ホーだったりしてな!」
アッハッハ、と自分の冗談に笑っていると、どこからともなくじっとりと濡れた眼差しを感じた。
「……ツバキ」
『ゴブッ!』
――スパァァンッ!
「あいたぁーっ!? 何をする、ツバキ! ルルイエもなぜ命じた!?」
ハリセンで叩かれた頭を撫でながら抗議すると、ルルイエから咎めるようなジト目で睨まれて思わず気圧されてしまう。
「マスターは何本フラグを立てれば気が済むのですか? フラグ建築は女の子だけにしてください!」
「えぇー……?」
「盛大なネタバレをくらった気分ですよ……。最低なネタバレ野郎マスターをあと10発叩いても許されると思います!」
『ゴブ?』
「ツバキよ、待つのだ。『叩く?』と言いたげに可愛く首を傾げてハリセンを構えるでない。一旦落ち着け」
ハリセンで叩かれても痛みはほぼないが反射的に叫んでしまうのだ。ツバキに叩かれるという精神的ショックもある。10発は勘弁してほしい。
「ただの冗談だぞ、冗談。真に受けるな。国際指名手配されている第一級魔導犯罪者が、最初に魔導テロを引き起こした廃棄コロニーに潜伏しているはずがなかろう?」
「その言葉もフラグにしかなりません。『屍使い』ナグーブ・ホーが潜伏しているのは確実でしょう」
『ゴブゴブ』
なぜそういう結論に到達する? そしてなぜツバキも大きく頷いている?
フラグとかいうあやふやな概念を信じるのか?
「どうせすぐわかりますよ」
「う、うむ……もし黒幕がナグーブ・ホーだったらハリセンで遠慮なく私を叩くといい! 違ったらルルイエを叩くのだぞ、ツバキ!」
『ゴブ!』
「マスター……今のうちに叩かれておきませんか?」
「ルルイエの中で私が叩かれることが確定しているだとっ!?」
いまいち釈然としないが、ルルイエの言う通り黒幕の正体はすぐわかる。その時に答え合わせと行こうではないか。
改造されたアンデッドを蹴散らしながら辿り着いた先は、コロニー内に建造された博物館だった。私の小指の骨は博物館の内部に存在しているのがなんとなくわかる。
そして、神殿を連想させる入り口で大量のアンデッドを引き連れて待ち構えていたのは、気の強そうな赤髪赤眼の女性と、紫色の神官ローブを纏う痩せこけた老人だ。
二人の顔に見覚えがある。一人はラムレイ帝星国の皇女クティラと同じ顔をしていて、もう一人は第一級魔導犯罪者の手配画像を少し老けさせた顔をしているのだ。
おいおい。まさかそんな……!
「クティーラと……『屍使い』ナグーブ・ホー」
呆然と呟く私の隣でルルイエは『だから言ったでしょう?』と呆れた眼差しを浮かべ、ツバキはハリセンをブンブンと振って私の頭を叩くウォーミングアップを開始していた。
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