第35話 廃棄コロニー



 ワープを繰り返して左手の小指が示す方角へ33光年ほど進むと、真っ暗な宇宙空間に漂う巨大な人工物が姿を現した。

 船の舵輪ハンドルを連想させる輪の形。分厚い金属の外壁。長く伸びた宇宙船の発着場。宇宙ゴミスペースデブリ


「スペースコロニーか……」


 この建造物は、一般的にスペースコロニーと呼ばれる、人工的に造られた巨大な居住施設である。数十万人もしくは数百万人も収容できる規模のコロニーだろう。


 どうやら私の小指の骨は、このスペースコロニーに存在しているらしい。つまり、宙賊『黒鯨ブラックホエール』の母船に置かれていたニトクリスの鏡の転移先は、このコロニーということだ。


 だがどうも様子がおかしい。宇宙船を誘導する照明等は点いておらず、近づく”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”の存在に気づいた様子もない。ところどころ外壁は剥がれ落ち、金属は錆びて、メンテナンスがされていないのではなかろうか。


 全体的に古びて廃れた印象を覚えるコロニーだ。


「ルルイエ。あのスペースコロニーの情報の検索を頼めるか?」

命令受諾アクセプト


 数秒後、画面モニターに検索結果が表示される。


「検索、終了しました。あれはセントセレファイス神星国の国境沿いに建造された第48号スペースコロニー『コーンウォール』です。全長約30キロメートル。最大収容人数330万人。建造期間5年221日。49年86日前に全滅し、廃棄されました」

「廃棄コロニー……なるほどな。だから照明が消えて廃れているのか」


 深く納得したところで、私はふとおかしな単語があったことに気が付く。


「いや待て。全滅したと言わなかったか?」

「はい。スペースコロニー『コーンウォール』は大規模魔導テロによって全滅しました。住民コロニストのほとんどがアンデッド化したのです」


 当時の『コーンウォール』と思われるアンデッドが蔓延る画像や映像が映し出され、いまいち現実感が無くて映画のワンシーンを観ているようである。


「引き起こしたのは、当時、セントセレファイス神星国の首都星セレナリアで大学教授をしていたナグーブ・ホー。現在彼は国際指名手配されている第一級魔導犯罪者です。年齢は現在93歳。得意魔法は死霊術。通称『屍使い』。『コーンウォール』の後にスペースコロニーを3つ、街を5つ殲滅させています」


 ナグーブ・ホーの過去の画像が表示される。少し落ち窪んだ目をギラギラと輝かせる男だ。快楽主義者というよりは、目的のためには手段を選ばない真面目で頑固で非情そうな印象だ。


 大学教授をしていた男がなぜ魔導テロを引き起こす凶悪な犯罪者に身を落としてしまったのだろうか……。


 コロニーだけで合計4つということは、被害者は何十万人、いや下手したら数百万人に上るに違いない。第一級魔導犯罪者に認定されて国際指名手配されるだけはある。


セントセレファイス神星国による『コーンウォール』奪還作戦が何度か実行されましたが、アンデッドの量が多くて甚大な被害を被り、当時”戦女神ヌトスの再来”と呼ばれた聖女騎士パラディネスも戦死したことから、完全に廃棄することが決定されました」


 廃棄されたコロニーが放置されているのは、解体するにも多大なお金と時間がかかるからだろう。再利用ができないのならば、宇宙の粗大ゴミにしたほうがいろいろとお得だ。国が決定すれば不法投棄には当てはまらないし。


 もし外壁が剥がれて中からアンデッドが溢れ出てきたとしても、外は何もない宇宙空間である。被害を気にする必要はない。


「死後に列福された彼女は、戦没50年の節目に列聖されて聖女の地位にあげられるそうですよ」

「ふーん」


 その情報は今回の状況にあまり関係なさそうだ。世の中のニュースの一つとして記憶に留めておこう。


「フィギュアデータの入手……ゴホン! 奪われた鎌と小指を取り戻すためにはコロニー内に侵入する必要があるが、それは可能か?」

「相変わらずですね、マスターは」

『ゴブゴブ』


 い、いいではないか。幽玄提督閣下のフィギュアデータだぞ! もう手に入らない激レアな逸品だぞ! 私は欲しい!


「スペースコロニー『コーンウォール』に接続アクセスを試みてみます」

「期待せず待っていよう」


 約50年間もメンテナンスされずに放置されていたのだ。動力やシステムが生きている可能性は望み薄だ。

 もしダメだった場合は、外壁に穴をあけて力づくで侵入するしかあるまい。

 そんなことを考えていると、


接続アクセスに成功。第13番ゲートを開放します」


 接続アクセスを試みていたルルイエが無感情な声音で淡々と報告する。


「なに? システムがまだ動いていたのか?」

「肯定。予備の小型魔導炉が起動中です。それによって設備やシステムの一部がまだ稼働しています」

「それは重畳。手間が省けた。まだ動いているということは、もしや生き残りが――」

「いえ、それはないでしょう。コロニーの内部はこのようになっています」


 私の思い付きを遮ってルルイエが制御盤コンソールを操作すると、大量のアンデッドが蠢いているコロニー内部のリアルタイム映像を画面モニターに映し出した。


 ホラー映画のワンシーンというか、まさに終末世界というか……。

 腐りかけたゾンビが共食いしている様子は、グロテスクで正直あまり見たくない光景である。


 水も食料もなく大量のアンデッドがひしめくコロニーの内部で約50年も生き延びるのは無理だろう。もし生きている者がいるとするならば、宙賊と非合法の取引をするような後ろ暗い者たちだけだ。


「いつまでもモタモタしていると神星国に捕捉されかねん。さっさとフィギュアデータを入手……ゴホン! いろいろと用事を済ませるとしよう」


 ここはすでにセントセレファイス神星国の領域内だから定期的に巡回をしているはずだ。


 今は”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”のステルスシステムによってレーダー等には観測されていないとはいえ、目視されたらバレてしまう。


 そうなった場合、神星国の軍艦と交戦することになり、フィギュアデータの入手ができなくなる可能性もある。


 なんとしてもそれは避けたい。神星国にバレる前にコロニー内部を探索してアッハンを見つけ出し、一刻も早く幽玄提督閣下のナノマシンフィギュアデータを我が手に!


「完全に言ってしまっていますし、誤魔化す必要はないのでは?」

『ゴブゴブ』

「ゴホンゴホン! オーッホン!」

「咳き込んで誤魔化しても無駄ですよ。骸骨スケルトンのマスターには咳き込む喉が存在していませんから」

『ゴブブ!』

「おっと。これは一本取られたな」


「「アッハッハ!」」

『ゴッブッブ!』


 ひとしきり笑い合い、私は違う手段で話を誤魔化すことにする。


「そういえばー、アッハンが愛用のエプロンを持っていると言っていなかったかー?」

「ハッ!? そうでしたっ! やはり虹色に輝いているのでしょうか!? こうしてはいられません! ”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”を直ちにスペースコロニー『コーンウォール』の第13番ゲートに入港させます! 待っていてください、まだ見ぬエプロン様ぁ!」


 よし。これで完全に誤魔化せただろう。”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”を操作するルルイエは、エプロンのことで頭がいっぱいで私のことなどもはや眼中にないに違いない。計算通り。

 しかし、相変わらずルルイエはエプロンに対する執着が異常だな。いっそのこと清々しいくらいだ。この残念さがルルイエらしい。


『ゴブゴブ……』


 若干一名、誤魔化せずに『やれやれ』と呆れている子もいる中、 ”混沌の玉座ケイオス・レガリア号”はアンデッドがひしめく廃棄コロニーに入港した。


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